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領土開拓


俺たち野球部は、キャプテンの俺を先頭に、今日も今日とてせっせとグラウンドに足を運んでいた。美人な彼女と手を繋いで、正門を通り過ぎる少年を尻目に、季節外れのユニフォームに身を包んだ球児の群れは、裏門から駆け出した。


簡素な住宅街をジョギングで進みゆく俺たち。名門野球部…この地域の人なら知らぬものはいないため、当然大人たちの目にも留まる。


「あら奥さん、あの子達…もしかして北高校の?」

「そうですよ!去年も甲子園まで進んで、やっぱりやる気に満ち満ちてますね」


こんな視線にももう慣れてしまった。1年生の頃はくすぐったくて仕方が無かったが。

到着したグラウンドは、校舎から徒歩15分程度離れた丘にある。名門だけあって、豪華な設備が整えられた大規模なもので、部員たちに僅かばかりの優越感を与えていた。他の部活は校庭や体育館の使用を巡って領土争いを行う中、俺たちは専用グラウンドでの安息を保証されていたのだ。


「黒崎さん…今日ってやっぱり…」

「ええ、本当に来ないっすね…」


昨日の監督の宣言…当分のあいだ1時間遅れてグラウンドを訪れるとのことだ。しかも今は4月で新学期が始まったばかり、下手をすれば引退までこのままということも…


「よし、5分だけジョグだ!適当にグラウンド散らかしたら、後は寝てもサボっていいぞ!」

「「おおおおお!!!!!」」


監督が不在のこの空間では、キャプテンである俺の言葉が法律だ。王様気分に浸っていた俺の肩を軽く叩く者がいた。俺にこんなことができるのは、たった1人しかいない。


「やあ、黒崎。名門野球部の長が随分と面白いことを言うものだね」

「くっ、お前も同じ穴のムジナだろう?副キャプテン九条様?もうスポーツ推薦はほぼ確定なんだ。後は好き勝手やるだけさ」

「ふむ…高校に入って、初めてバットを握ったが…ここまで計画が順調に進むとはね」


こいつは中学時代からの腐れ縁、九条である。ヒョロガリで野球も上手くはないが、なかなかに頭が切れる。俺が王ならこいつは宰相、俺の天性のオーラと、こいつの頭脳でこの野球部は八割方手中に収めたと言っていい。


「てか、オメエは一般入試でも和瀬拿(わせだ)なんか余裕で入れるだろ?」

「なあに…この1年で少しやりたいことがあるのでね…」


長髪でやや影がかかった顔から、不気味な笑みが浮かぶ。何を考えているのか知らんが、まあどうだっていいか。どうせ残りの1年は消化試合なのだ。


「おい、村田!昨日言ってた寿述海鮮、ちゃんと持ってきたか?」

「はい、もちろんです黒崎さん!」

「俺、レジャーシート持ってきました!あっちの木陰で読みましょう!」

「俺は双眼鏡持ってきました!駐車場見張ってるんで、明日は俺に読ませてください!」


何も言わずとも、何人かの取り巻きが俺の玉座を構築していく…近くにいない者たちも、各々談笑やスマホゲームに興じ、とても名門野球部のグラウンドには見えなかった。


「俺、中華サイトで賢弱vs津雲のラストまで見たんだよ、あれ何巻だ?」

「ああ!あの自爆シーンっすよね!それなら22巻ですね」

「おい!俺まだ渋谷痔便までしか見てねえのに!」


カキーーン!!


非日常の空間に、突如聞き慣れた金属音が鳴り響く。

怠惰に支配され、寂しくになったグラウンドへノックで球を打ち込む者があった。


彼の名は西田、細身だが筋肉質な体躯から放たれるボールは、的確にグラウンドの部員たちに送球を行う。


キャッチされた球は、走り出した勢いをそのままに、ベース側へ投げ返される。


「おーらーい!!」


返却された球を、隣で一番弟子(自称)の松田が受け取り、手渡しをしていく。最近になってようやくキャッチのミスが無くなってきたようだ。


「やれやれ…ご苦労なこった」

「流石は名門野球部っすね。まだ15人くらいはあっちに残ってますよ?」

「真面目ちゃん達はほっとけ。まだ30分はあるな…俺は倉庫で寝てくるから、片付けは任せた」

「はい、お疲れ様です!」


そうして俺は、気怠い顔でグラウンド側の草原を後にした。倉庫に辿りつく、滑らかに回転する車輪で、静かに扉を開いた。十数年物ながら、埃や損傷も少なく、ここにも予算的な余裕を感じさせられた。


寝具の如く柔らかなマットに自重を託していく。重力が分散され、力が抜けていくのを感じた。疲れた体には……いや別に疲れちゃいねえや。もう3週間くらい女と例のスポーツをしてねえからな…そろそろ目をつけた新入生のあの娘にでも声をかけ………


「うん?なんじゃこりゃ?」


大量のボールやヘルメットが格納された重厚な棚が、不自然にずらされている。そうして、その隙間から見たことも無い鉄の枠組みが覗いていた。どうでもいいと言えば、どうでもいいが…どうせ暇なんだ、ちょっくらカスどもに調べさせよう。


「おーい!誰か、倉庫に!」

「何か見つけたかい?黒崎?」


刹那だけ間を置いて、九条が髪を掻き上げながら顔を見せた。


「おう、随分早えな九条、何してやがった」

「なあに、少し世界平和について考えていたのさ」

「なるほど、この扉はてめえの仕業だな」

「何の話だい?」


少し遅れて、続々と部員達が倉庫に集結する。マンパワーに物を言わせて、壁も同然にそびえ立つその棚を、ミシミシ鳴る音も気にせず、ずらしていった。


「これは…正方形の扉?」

「2人くらいなら余裕で通れそうか?」

「でも南京錠がされてる、これじゃあ何の扉か…」


少しばかりの重労働でその全貌が見えたが、結局は中身の見えない開かずの扉、何とも言えない空気感が広がる倉庫で、九条はポケットから細い金属棒を取り出した。


「少し待つといい、私も全貌は知らないが、きっといいものが見られるさ」


まったく、こいつはどこまで知っていたのやら。

数分程度、九条は南京錠と格闘した後、やがてパキッっと、軽快な音を立ててその禁は破られた。皆が息を呑み、身を見開きながらその開帳を見届ける……


「おいおい九条、まさかこれって…」

「その通りだよ。私の情報が正しければね」


ガガガがガガガ


その扉は開かれ、ついに目に触れたもの…それはコンクリートで覆われた無骨な階段であった。


「おおおおお!!!!」

「何じゃこれ!入れるのか!」


コンクリートの冷たさと裏腹に、突如見つけた地下空間に、部員達は声をあげて沸き立っていた。この時ばかりは、俺も思わず眼球周りが力んでしまう。


「よし、オマエら!来い!」

「はい!」


俺と九条を先頭に、俺たちはゾロゾロと階段を駆け降りる。勇足で下っていく俺たちの足音が、空間の奥で何度も反響するのを感じた。


「ライト!」


その掛け声で、俺たちスマートフォンを手に持ち、四方八方を照らし始めた。階段と同様に冷淡なコンクリートに覆われた殺風景な部屋だがが、最大の特徴はその広さにある。少し歩かなければ、光で照らしても壁も見えやしない。


「おいおい、九条てめえ…まさかこんな爆弾情報隠し持ってやがったとはな」

「隠したつもりはない…ただ君が力をつけるまで温めていただけさ。君はこの空間で何を成し遂げるんだい?」

「もちろん…俺の王国を立ち上げる!高校生活の集大成だ!今日からここが俺の領土だ!」


その宣誓は地下室に響き、地上の寂しげなグラウンドまで届くことはなく消えるのであった。

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