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私は「まずはシアルと言う少女についてお話ししましょう」と言った。
彼女達の不安の種はアックスと言う青年が居なくなった時から始まっているので順番が逆かもしれない。でも彼女の話しでこの国の事件が聖十二神の教会に分かったので、シアルの話しからしようと思った。
「彼女は母親の生まれた国に母親と一緒に帰っています。彼女の母親は貴族じゃないって言われていますけど、広く豊かな農園を所有した権力者の一族でもあります」
実を言うと、シアルの母親の実家で作られた小麦粉などをこの国はかなりの量を輸入している。それを目当てに父親は結婚したとも言える。だがこの世で一番大切な食べ物を作っている家の子を虐めて、国から追い出して大丈夫なのだろうか?
異世界の人が言っていた【パンが無ければケーキを食べればいいじゃない】と言う感じで、無ければパラサイトに出してもらえばいいじゃないって思っているのだろうか?
そんな疑問が生まれたが、それよりもシアルについて語ろう。
「冬が始まる頃に彼女達は帰りました。そして自分に悪魔が憑いているというシアルの話しを聞いて母親はすぐに我々の聖十二神の教会へ助けを乞いました。ですが悪魔どころか転生者でさえなかった」
「はあ? 嘘でしょ」
エグニがそう言い、ミーシャが馬鹿にしたような感じで「やっぱりダメね」と言う。
無視して私は「話しを続けます」と言った。
「どういった経緯で悪魔が憑いているって事になったのか? シアルの学園での話しを聞くと、『悪魔が憑いているって認めるまで』幼馴染も含めた令嬢達に雷撃魔法をかけられたって話しを聞きます。教会側は可哀そうな虐めだったんだと思いました」
「虐めって。酷いわね」
「虐めの跡はありましたよ。治ってはいましたが、シアルの身体には雷撃魔法の跡がいくつかありました」
「自分でつけたんでしょ。あの子が私達を加害者にしようとしているのよ」
ミーシャが吐き捨てるようにそう言った。でも嘘に決まっている。昨日の夜も私に対して、やっているから。
「それでシアルが悪魔はこの国に居ますって言って動いたの?」
「いいえ。彼女の証言だけで動きませんよ。でもこの腕輪とアックスと言う青年の失踪の話しを聞いて、聖十二神の教会は調べ始めました」
私はミサンガを取ってテーブルに置いた。ミーシャ以外の令嬢達は沈痛な面持ちでミサンガを見ていた。
「ここの近くの国にある漁村で前にアックスと言う青年が砂浜でずぶ濡れになって倒れている情報があり、教会側は話しを聞きに行ったのです」
「え? 別の国にいるの? お兄ちゃん」
「はい。海に落ちた際に水の上を歩く魔法を使って別の国に向かって、歩いて行ったようです。国はお伝え出来ませんが、助けてくれた漁村で暮らしています。今は教会の監視もありますが、村でやっている漁の手伝いなどして元気で働いています」
「ああ、良かった」
安心したニアの言葉にミーシャは「嘘に決まっているでしょ」とバッサリと言い切った。
そこで私は「お兄さんのアックスは黒髪で、得意な魔法は水の上を歩く水歩魔法では?」と聞くとニアは嬉しそうに「そう!」と言った。
「無意識に魔法呪文である言葉が訛る時がありますよね。フォイラーをファイヤーって言ったり……」
「うん! そう、子供の時からずっと先生やお爺様に注意されていた。大人になるにつれ、直ったけど。でもやっぱり無意識だと鈍るんだよね。ファイヤーって」
クスクスと笑うニア。恐らくアックスの事を思い出しているのだろう。笑うと愛らしい女の子なのが分かる。
それを嫌そうに見るミーシャは「そんなの普通に分かるでしょ」と言った。
確かにミーシャの言う通りアックスの知り合いに聞けば、それくらいは分かる。だから、ここからは彼女達しか分からない情報を出していこう。
「では、もう一つ。彼の机の中にあった腕輪って引き出しの奥にありましたよね。しかも古びていた」
「うん。埃にまみれていた」
「と言う事は時系列が崩れていますよね。シアルが作った腕輪を渡したからアックスはおかしくなった。でも例の腕輪は埃まみれている」
「恐らく、シアルは昔にあげたのでは? 埃が被るくらい前に」
なぜかミーシャが答えた。ほんの少し、焦っているような口調だった。だがエグニは「でもさ」と答えていた。
「でもさ、シアルってこのミサンガ……っていう腕輪をつけ始めたのって、アックスが居なくなってからだよね」
「それでも! それでも、突然シアルがその腕輪をつけるのっておかしいと思わない?」
テーブルをバンッと叩いてミーシャは訴える。テーブルを叩いた瞬間、全員はビクッと身体を縮こませる。他の子達にプレッシャーをかけているなって思いつつも、ミーシャは自分の推理が間違っているって思われるのが嫌なのだろう。
みんなにプレッシャーをかけたミーシャに私は話しかけた。
「ところでミーシャ、アックスには父親が違う疑惑があったでしょう?」
ミーシャは当然の如く「そうよ」と答え、ニアが「はあ?」と言った。エグニは知っていたようで気まずそうに目を逸らして、一方のアイルは知らないようで首を傾げる。
ニアは全くそんな疑惑なんて知らないって感じでミーシャを見ている。それを馬鹿にしたようにミーシャはニアを見て話し出した。
「世間知らずで甘えん坊のニアは知らないでしょうけど、アックスが生まれる前に母親が浮気をしているって噂があったのよ。浮気相手はどっかに行ってしまったけど、その時に出来た子じゃないかって言われていたのよ」
「だが、それはニアの母親も父親も嘘だって言っていた。現にアックスは祖父と父親は顔立ちも似ているし、髪だって黒髪だ」
「だけどエグニ。浮気相手だって黒髪よ」
馬鹿にしたように笑うミーシャにエグニは「それでも!」と怒鳴った。
異世界の人間だったら、ディーエヌエー検査と言う魔法? のようなもので親子関係が分かるらしいけど、この世界の人間達には親子関係を示す証拠は髪や目の色くらいしかない。だから親族と違う髪や目の色が一緒でないと自分の子か? と疑われてしまうのだ。
また不貞疑惑があって生まれた子供は捨てられる事さえある。貴族ではよくある話のようだ。
「アックスと話ししたところ、子供の頃からこういった噂は耳に入っていたようです。もちろん家族は否定していましたが、家族がいない所で親戚から嫌味なども言われてました。まあ、気にしなかったと彼は言っていましたけど」
私の話しにニアはポロポロと涙を流す。本当に知らなかった箱入り娘なんだろうなと思った。
「それと一緒でシアルも他の貴族たちに色々と言われていたんですよね。母親が平民だって」
「そう言う奴は私が黙らせたぞ」
「でもエグニ嬢、子供は黙らせても大人はペラペラと言うでしょう?」
私の言葉にエグニは不貞腐れたように黙った。子供に容赦なく噂や嫌味を言う大人は悲しいけど、たくさんいるのだ。それを多分、貴族の子供たちは知っている。
「それで心無い大人達に傷つけられたシアルとアックスは密かに思いを寄せていたって事? どっちにしろ、その貧乏くさい腕輪をシアルはアックスに渡したんでしょ。そしてアックスを操っていた」
「……前提として違いますね。アックスは親の刺繍糸を見つけて密かにこの腕輪を作ったそうです。そこにニアの家のメイドの一人がひどい事を言われたシアルがやって来たそうです。そこでアックスは作っていた腕輪をシアルにあげたそうです。心が強くなるお守りと言って。アックスが居なくなったことでシアルはアックスのお守りをつけて無事を祈っていた」
「はあ?」
「つまり腕輪はアックスが作ってシアルが渡したって事です」
私の言葉に全員、意味が分からないと言った感じだった。すぐにミーシャは笑って「馬鹿馬鹿しい」と言った。
「男がこんな刺繍糸で腕輪を作るわけないでしょ!」
「普通に考えたら、そうでしょう」
ミーシャとエグニはあり得ないって顔になったが、ニアとアイルはちょっと驚いているが、妙に納得したような顔になっていた。
「でも海騎士の寮でお兄ちゃんの同僚と話した時、こう言っていた。貴族の坊ちゃんと思っていたけど、色々と出来て驚いたって。料理もすぐにうまく出来たし、しかも大工作業は教えなくても出来ていた。確かにお兄ちゃんって小さい頃から大工とか工作は上手だった。でも家族もメイド達も教えていないはずなのに」
「異端審問、もしかしてアックスが……」
アイルが答えを言う前に私が言っておこう。
「アックスが転生者です」
令嬢たちは呆然と私を見ている。それに構わず私は続ける。
「小さい頃に熱が下がらず死にかけたことがあったようですね。熱がようやく下がった次の日に、異世界の人間の記憶が蘇ったようです」
「……じゃあ、お兄ちゃんは小さい頃から悪魔が憑いていたの?」
「悪魔ではなく転生者です。彼らは私達とは違う世界から不可抗力で来てしまった人達」
「そんな彼が被害者みたいに言わないでよ!」
ミーシャがおぞましいと言った感じで言うので、私は「実際にそうですよ」と答えた。
「悪魔によって連れてこられた方なんですよ」
「知らないわよ! そんな事! しかも私はあいつと結婚させられそうになったのよ! 私は王族なのに!」
「そんな風に言わないでください!」
私も彼らの苦悩の話しを聞いているので、ミーシャの態度は腹が立ってしまう。
だがミーシャに怒ってばっかりじゃいけない。お兄ちゃんと言ってアックスを慕っているニアが混乱しているから、ちゃんと話さないと。
「ともかく、アックスは転生者って事で悪魔じゃないです。だからニア、異世界の記憶を持っていただけの青年。現にニアの事をとても心配していた。それに誕生日のお祝いも出来なくて申し訳ないって」
「そんな事を言っても……」
そう言ったきりニアは黙ってしまった。
ここでエグニは「あのさ、関係ないかもしれないけど」と戸惑いつつ話し出した。
「異世界の人達の男って、料理とかするの? それから、こんな腕輪を作ったり」
「ニホンでは職業としてやる方はいるらしいですが、やらない方も多いそうです。ただニホンの学校では男子も料理とか教えるし、一人暮らしだと自炊もするそうです。だから何となく覚えていたとも言っていましたね。異世界にいた時の趣味がディーアイワイ? っていう大工作業らしかったので、かなり手先は器用だったようです。ちなみにこの腕輪は小さい頃に元の世界のお姉さんから教えてもらったようで、見知らぬ世界にやってきて心細くなり作っていたそうだです」
男子が料理をする学校があるのが不思議のようで、エグニは「へえ」としか相打ちをうたなかった。確かに異世界の人間達と私達の常識は違う所があって驚く。
*
突然ニアが「ねえ、ちょっと待って!」と悲鳴に近い声で言った。
「私の誕生日の時、まだお兄ちゃんはいたはずだよ! 包帯グルグルにして家に引きこもっていたり、時々繁華街に出て行ったりしていたけど……」
「そうだ! 確か行方不明になる前にニアの誕生日パーティーをしている。アックスは参加していないけど」
エグニがそういうとアイルが「もしかして」と話し出した。
「海に落とされた時、助かったアックスは偽物だったって事?」
「ええ、そう言う事です」
私の言葉に全員が真っ青な顔になった。