10
「アイル嬢。ジンロウゲームはこの国にないゲームであるはずです。でもなんだか知っているような口ぶりでしたね」
「……知らないです、そんなゲーム」
「でも結構、クーデターの事を心配していましたよね。まるでこれから起こると思い込んでいるような」
「あなたが煽るような事を言ったから……」
「もしかして、知っているんじゃないですか? これからクーデターが起こるって」
私が追及するとアイルは口をつぐんだ。
「意外と発音が独特ですよね。ニホンやジンロウの言い方が言い慣れているような」
アイルは「私は悪魔じゃないです」と力なく呟いたので、私は追い詰めた。
「でも、転生者ですよね」
私が言うとアイルは「はい」と返事をした。
*
アイルの返事に全員が恐ろしいものを見たような顔で席を立って彼女から離れる。それを見てアイルは泣きそうな顔になった。
私だけはそのまま座ったまま、アイルと向き合う。
「いつ頃から転生者の記憶が戻りました?」
「……実は、今さっき、なんです」
「え? 突然じゃないですか!」
驚いたが、でもよくよく考えると昨日までと今日の彼女の態度は違っていた。アイルはミステリアスな感じでほとんど喋らず、何を考えているか分からない感じだった。でも私の話しを信じたり、良く喋っていた。そして表情も異様に豊かだった。
「パラサイトに首をつられそうになった瞬間、パアッと日本の頃の記憶が思い出されたんです」
ニアは不思議そうに「でも過去の記憶はあるよね」と話し出した。
「だってお兄ちゃんの部屋に入った記憶があるんだもの」
「転生者は以前のアイルの記憶も共有します。なので、アイルの記憶と異世界の人間の時の記憶の両方を持っているっていう感じですね」
エグニが「え? 嘘でしょ?」とワナワナと震えて怒鳴り、掴みかかった。
「おい! 悪魔! アイルの精神を乗っ取ったのか!」
「エグニ嬢。この子は悪魔じゃなくて、異世界から来た転生者です」
「同じだよ! そんなの!」
「……ごめんなさい」
威圧的にエグニが聞くので、アイルは驚き、泣いてしまった。
「とりあえず、落ち着きましょう」
エグニがアイルから手を離して、椅子に座った。そうしてニアもミーシャも席について。
グズグズと泣いているアイルが落ち着くまで待っているとニアは「でもこれで終わりだよね」と言った。
「アイルをパラサイトに引き渡して……」
「いえ、まだです」
パラサイトは楽し気に宣言して、少女たちは意味が分からないと言った表情を浮かべた。
「我々が探しているのは悪魔です。つまりこの世界で異次元の力を持った人間です」
「でもアイルはニホンと言う世界の記憶が……」
「アイルはアックスと同じで異世界のニホンの国の記憶を持った無害な転生者です。パラサイトが探しているのは、もっと強力な力を持った者です。そう、パラサイトみたいな、ちょっと訳の分からない、人とは違う形態をした生き物ですよ」
私がそう説明するとパラサイトは「酷い、一緒にしないでください」と非難した。いや、だって例えとして丁度いいでしょ。
アイルがようやく落ち着いたので「お話しできる?」と小さな子に聞くような優しい声で言うと、アイルは頷いた。
「この世界観はニホンのゲームの物語に似ていますよね。題名を教えてもらっていいですか」
「……はい。【ウィザード・ナイト】って言うゲームです」
うん、これはアックスと同じ物語だな。私は「アイルは物語ではどういった役回りなの?」と聞くと「貴族側の参謀って感じです」と答えた。
「そして主人公に恋するんですけど殺されちゃうんです」
「その物語を変えようと思って来たの?」
「はい。ゲームをやっていた時に突然、『物語を変えたくないか』って言われて、それで『変えたいな』って思ったんです。アイルは本気で主人公を愛していたから、結ばれてもいいんじゃないかなって。でも、今までずっと忘れていました」
アイル嬢に「ここにいる令嬢達もゲームに出てくるんですよね」と聞くと、頷いた。
「全員、悪役で出てきます。みんな貴族に楯突く人間は殺して主人公に立ちはだかる悪女です。そしてゲームのラスボスがミーシャ様で、あんな感じの銀色の球体を持って戦うんですよね」
最後まで言い切るとミーシャは「どういう意味よ!」と不機嫌そうに言った。確かに、ミーシャからすればラスボスとかの単語なんて知らないだろう。
「えーっと、今のアイルの話しをまとめると、みんな物語の悪役で、ミーシャ様は物語最後でパラサイトみたいな銀色の球体を使って、主人公に立ちはだかるって感じですかね」
私がそういうとアイルも「そういう感じです」と言ってくれた。
前にあった異世界から来た勇者から【ラスボス】と言う意味を教えてもらったのだ。異端審問にいると、ニホンからの偏った文化に詳しくなってしまう。
だが関係ないとばかりにミーシャは「どうでもいい! そんな事!」と怒り始めた。
「アイル、見損なったわ。異端審問の仲間だったなんて」
「へ? 仲間?」
「そうよ。異端審問と一緒になって私達を貶めるだなんて」
「仲間じゃないです。と言うか、あなた達がやっている事、最低でヤバいですよ。だってシアルって子を魔法で追い詰めて悪魔だって言わせているんだから。中世の魔女狩り並みに酷いです! このアイルって子もヤバいですけど、あなた方だって酷いですよ。物語中で悪女って言われても、殺されても文句が言えないくらいに!」
どうやら人を傷つけて証言を取る方法はニホンという異世界でもあり得ないようだ。
そしてアイルが転生して別の人間になって声を荒らげた事で、周囲の人間は驚いて怖がっているように見えた。
私はミサンガを見せてアイルに見せた。
「こういった物もニホンにあるの?」
「手芸でありますけどミサンガは日本で生まれた物じゃないですね。どこの国か忘れたけど、海外の文化です。切れるまで付けていると願いが叶う的な」
昨日までミステリアスで無口なアイルがオドオドしつつも普通に喋って、ちょっと違和感がある。でも仲間達が一番、違和感があるだろうなと思う。
ミーシャは二度と口を開かないとばかりにそっぽを向いているし、ニアとエグニは呆然と見ている。フランはまた具合が悪いのか、再び簡易ベッドで寝ている。
「それと過去のアイルって【魔力増加病】はかかった事はある?」
「ありますね。結構、重傷でした」
アイルの言葉にやっぱりと思った。アックスが死にかけた病で、完治後、転生者の記憶が出てきている。
【魔法増加病】は一時的に魔力が増加して、更に熱が上がる病だ。五歳未満の子供にかかりやすい病ではあるが、死にかけるくらいの重症になる事はあまり無い。平民の子供たちは、ほとんど軽症でただの風邪で終わってしまう。
だが貴族の子達は重症になりやすく、貴族病とさえ言われている。この病にかかると魔力が無くなってしまったり、安定しなかったり、特定の魔法が使えなくなるなどの後遺症もある。そして、転生者や悪魔が憑くのも、この病にかかって死にかけた子が多い。
私がアイルに病気を聞いたことで、エグニとニアが小声で話し出す。
「ねえ、私達の小さい頃って魔力病の流行ってあったよね。お兄ちゃんも私もかかったし」
「うん。私もかかった」
「貴族の子達、ほとんどの子がかかっているよね」
……もしかして仕組んでいないのだろうか? この魔力増加病。しかもこの国だけだぞ、こんなに流行したのは。他の国はそんなに流行した記録なんて無いし。
ミーシャが「馬鹿馬鹿しい」と言いだした。
「魔法増加病で転生者や悪魔憑きが増えたって事?」
「いや、でも共通点は多いです。他国でもこの病で転生しているようですから」
「何でもいいので、早く終わらせてください」
「だったら、魔法を見せてください」
「嫌です!」
頑なにミーシャは魔法を見せないなと思いながら、ため息をつきながら口を開く。
「でもアイルが転生者なら、この三人の中に悪魔がいるって事になりますね」
「そんなのどうでもいいわ。本当にいつまでやらされるのかしら? この茶番に」
「悪魔が見つかるまで。もしくは日が一番高い所に昇ったら」
「じゃあ、早く正体を現しなさいよ。異端審問」
相変わらず私を悪魔扱いするミーシャだったが、アイルの方を向いて鼻で笑った。それだけでアイルはちょっと不安そうな顔になる。
「アイル。お前、この国で生きていけないね。だって悪魔憑きなんだから」
「悪魔じゃないです。転生者ですよ」
「私から見たらどっちも同じよ。王の命令で処罰しないといけないね。家族を含めて」
「脅しはいけませんよ!」
私が注意してもミーシャは「フン」と鼻を鳴らす。一方、アイルは「私、殺されちゃうのかな?」と呟いて泣きそうな顔になる。
アイルが思い詰めているので今後について話す。
「とにかく、この話し合いが終わったら聖十二神の教会に行ってもらいます。でも転生者自身の意識は我々では元の世界に戻せません。悪魔を突き止めて、悪魔が持っている石版を壊せば、元の世界に帰れます。それまで教会に身を寄せないといけませんね」
アイルは鼻をすすりながら「そうですか」と言い、ため息をついた。
「あと多分、私、追い出されると思います。だってアイルのお父さんもお母さんも聖十二神の教会は大っ嫌いだから。そもそもこの国って転生者も悪魔も同一って考えてそうですし」
「教会が運営している修道院などもあります。聖十二神の教会の監視などもありますが、悪い事をしていなければ村や都市で生活する事も出来ます」
だがパラサイトは余計な事を付け足す。
「まあ、この異端審問が悪魔を見つけたら、の話ですけどね」
「そう、だからさっさと……」
「だがそれも必要なくなりました」
どういうこと? と思っていると、パラサイトは言う。
「もう話し合いはしなくても良くなったって事ですよ」