14 『インテリジェンスサービス』
クコは、妹の恩人だというヴァレンとルーチェの二人からの誘いならばと、話を受けることにした。
移動した場所は、近くのレストラン。
店の名前は『センティ』。
カルボナーラが自慢のパスタの店である。
店内に入り、ヴァレンは気安い調子で店員に声をかける。
「今からいいかしら?」
「はい」
答えると、二十歳くらいの女性店員は店の外に出て「OPEN」の看板を「CLOSED」にひっくり返した。
しかし、まだ店内には十人以上のお客さんがいる。
「ルーチェ」
「はい。では、呼んでまいります」
「頼むわ」
「お任せを。《出没自在》、ロマンスジーノ城」
ルーチェは姿を消した。これがリラの言っていたワープの魔法らしいとサツキとクコは思った。
席についてすぐ、ルーチェは姿を消してからものの一分で、突然現れた。二人の少年を伴っている。
「ただいま戻りました、ヴァレン様」
「お呼びいただき光栄です」
「ランチ楽しみだぞ」
小さな男の子二人組。日本でいうところの小学五年生、つまり十一歳、参番隊の一つ下である。背は二人共チナミよりも高いが、それでもリラやナズナよりわずかに低い。
片方はやや弱い癖がある、品のよい金髪。聡明そうな顔つきをしている。
もう一方は、灰色の髪で、隣の子とは反対に明るい表情がとても子供らしく見える。
二人共、どこかの学院の制服をまとっているらしい。半ズボンが似合っていた。
金髪の子はヴァレンの姿に一瞬だけ笑みを見せたが、すぐに士衛組の面々に気づき、警戒したように表情を改める。
ヴァレンは席を立ち、二人の男の子の頭に手を置いた。
「ラファエルちゃん、リディオちゃん。ちょっとお手伝いしてちょうだい」
「おう! おれにできることはやるぞ」
「うん。それより……」
リディオが灰色の髪の少年で、ラファエルが金髪の少年である。二人のうちラファエルがちらと士衛組を見やる。ヴァレンはうなずいた。
「そうよ。お客さん」
「そうですか」
「お客さんか!」
斜に構えたように冷静なラファエルと士衛組に興味を示すリディオは対照的である。
「まずは、ラファエルちゃん」
「はい。《プライベート・スケアクロウ》」
ラファエルが貴族然とお客さんたちにお辞儀をすると、その所作をハッと見てお客さんたちは店を出て行ってしまった。
「人払いの魔法よ。特定の人間以外を、その空間から排除するわ。残す人を選べるとも言えるわね。人以外にも生物はすべて対象。部屋単位、あるいは広さ単位の空間から生物を全て外へ追い出すことも可能よ。建物単位では不可。かなり小さな建物なら可」
ヴァレンが説明を終える頃には最後の一人も出て行って、バタンとドアが閉まった。
そこで、ヴァレンは二人の少年に言った。
「じゃあ、お客さんたちにご挨拶して」
「おう! おれはリディオ。狩合璃照緒だぞ。よろしくな!」
「ボクは、或縁丹等笛瑠。ヴァレン様の側近の一人です」
ニコニコ楽しそうに挨拶するリディオに、クールなラファエルが続ける。ヴァレンが紹介するには、
「二人は、『ASTRA』の情報局を担う情報官よ。リディオちゃんは技術部、ラファエルちゃんは保安部ってところからしら」
「正式名称を、『ASTRA情報局』。あるいは、『ASTRA Intelligence Service』ともいって、『ASTRA』内部ではインテリジェンスサービスを略して『ISコンビ』と呼ぶ方々もいらっしゃいます」
とルーチェが付け加える。
「『ASTRA』にそんな部署まであったなんてな」
玄内がつぶやくと、ルーチェが説明する。
「最近になって設立できたんです。情報局といっても、機密情報を任せられるのはあの二人以外この子たちだけですから、局員も二人しかいませんが」
あの二人、という言葉にサツキは引っかかった。
『ASTRA情報局』の二人『ISコンビ』。
『技術部』狩合璃照緒と『保安部』或縁丹等笛瑠。
ヴァレンの信任厚い少年コンビのほかにも、ヴァレンがあの二人ならと任せられる人物が、内部にいるらしい。
その人物に、サツキは心当たりがあった。
リディオの名前と容姿から、これまで出会った中で、一人似た人物を思い出したのである。
――顔立ち……髪の色……。それと、名字。ゴーグルはないが……。
サツキが記憶をつないでいるところで。
先頭にいたクコが腰をかがめて視線の高さを合わせ、にこやかに挨拶を返す。
「こちらこそよろしくお願いします。わたしはクコです。そして、わたしたちは士衛組といいます。局長から順にご紹介しますね」
クコが士衛組全員の紹介もした。
ヴァレンは片目を閉じて、
「さて。お互い自己紹介も終わったし、人払いもできた。好きなだけ話し合えるようになったけれど、アタシたちの話を先にしたほうがよさそうね」
「はい。お願いします」とクコ。
「まずは座ってちょうだい」
ヴァレンに促され、一同は席についた。
「リラがお世話になった恩返し。わたしたちはそれをできる限りしたいと思っています」
クコが友好的な微笑みで言うと、ヴァレンはクールな微笑で返す。
「あんなものはたいしたことないわ。アタシとルーチェはあのとき、晴和王国で知人と会う予定があっただけだからそのついでよ。あの二人とはいっしょに大仏様を見たり、楽しい旅だったわ……」
最後のつぶやきは《兎ノ耳》を持つヒナにしか聞こえなかったが、どうでもいいことだと思い流す。
「でも、風の便りでは、リラちゃんを王都まで送ったせいで、かえって士衛組との再会を遅らせちゃったかしら?」
リラはうれしそうに胸の前で両手の指先を合わせ、首を横に振る。
「いいえ! おかげさまで、素敵な出会いにたくさん巡り会うことができたんです! 感謝してもしきれません」
頭に浮かぶのは、とある陰陽師、歌劇団の少女たち、新戦国の武将たち、法師と戦士、商人であり船乗りである四人、そして長らく共に旅をしてきた二人の青年。どれもがヴァレンとルーチェに出会わなければ交わることのなかった運命だったようにも思う。
「ンフ。その巡り合わせへの感謝なら別人にすべきだけれど、あの二人は無自覚だしキョトンとするだけかも。さて、挨拶はこのくらいにして、さっそくアタシから言いたいことがあるの」
来た、とサツキは思った。
――なにか要求があるだろうか。無茶なことでなければいいが。
警戒するサツキだが、表情は澄ましたものである。
ヴァレンは申し出た。
「アタシを、あなたたちの仲間にしてくれないかしら。士衛組の仲間の一人に」




