60 『人類の時空大移動あるいは宇宙からの観察』
ここからは雑談である。
サツキとヒナはタイムマシンについていろいろと話した。
タイムマシンが完璧な自由度を持たず、世界の終焉があったら、不完全なタイムマシンは使い方を選ぶ。例えば、未来へ送り込む際には時代以外にも緯度経度を変えられる反面、過去から現在への転送には必ずタイムマシンのポイントへと固定されていたりとか、制限はあったろう。そうでないと、もっと過去や未来からの干渉が現在にもあるはずだ、とサツキは思っている。
そんな話をしていると、ヒナが言った。
「あたし、思ったんだけど、人類が異常気象に飽いて未来に飛んだ可能性もある気がしてるのよね」
「ふむ。そうきたか」
二人で地層を見比べ、海老川博士に「この大雨が続いた時期って最終戦争から何年後ですか?」とヒナが聞くと、
「三百年後くらいかな」
と答えが返ってきた。
ヒナはうなずく。
「あるいは、もうちょっと先の大干ばつが続いた時期。このいずれかの時期に、人類は環境を乗り越えるために、時空を飛び越えた。人類の大移動。それも、時間軸の移動よ。そして、ぽっかりと空白期間が生まれ、それが『空白の一万年』の根本原因になったと思うのよ」
「おもしろい。ありえるぞ」
サツキにそう言われて、ヒナは声を明るくして続ける。
「紀元前、つまり創暦が始まる前にはね、確実に歴史があったのは千年くらいって言われてる。それ以上はハッキリとはしない。文明レベルや風化の影響もあれど、この世界の現生人類には、やっぱり空白期間があるはずなの。それも五千年以上は。古代人は、この期間に《気象ノ卵》が地球の自浄作用を高めてくれるのを期待していたんじゃないかしら。時空大移動後の世界が、元の環境に戻ってるって計算があったのかも」
「《気象ノ卵》?」
「あ、サツキは知らないか。イストリア王国、特にマノーラじゃ去年くらいから知られるようになったけど、世界ではまだマイナーな研究だからね。大気中には、気象を保ち地球の自浄作用を高める効果を持つ、小さな魔力の玉があって、ぷかぷか宙を浮いているの」
「それが《気象ノ卵》か」
「発見は近年だけど、もっと昔からあったってことが、最新の研究でわかったらしいわ」
「へえ。《気象ノ卵》と、人類の時空大移動か。その線でもっと研究してみたいな。二人で」
なにげなくサツキは「二人で」と言ったのだが、ヒナはその言葉に顔が赤くなった。
「い、いくらでもできるわよ。あたしたちの旅はまだまだ続くんだから! そうでしょ?」
「うむ」
素直にサツキはうなずく。楽しげに想像を巡らせているサツキの顔を盗み見て、ヒナは小さく深呼吸して、気持ちを改める。
「それで、サツキはなにかほかに思いついたことある?」
サツキはニヤリとした。
「突拍子もないぞ」
「いいわよ。聞かせて?」
悪友みたいな顔でヒナが促すと、サツキは言った。
「俺の生まれた時代でさえ、人類は宇宙への移住計画を立てていた。前にもそんな話をしたよな」
「うん。まさかって思ったけど、今では不思議と信じられるわ」
「宇宙での生活が完璧なレベルで成し遂げられるまでになったら、人類は宇宙へ移住しているかもしれない。つまり、環境問題などにより人類が地球を一度離れなければならないとき、人類は地球を動植物に託し、宇宙へ行ったかもしれないし、また住めるような地球環境に戻るときを、今も宇宙から待ってるかもしれない」
「今も、宇宙に、人類が……? ふふ。案外、悪くないじゃない」
目を丸くしてから、ヒナはイタズラっぽく微笑んだ。
「そんな想像があってもいいよな」
とサツキも小さく笑った。
ナズナはリラとチナミに、
「むずかしかったね」
と笑いかけ、「リラも全部はわからなかった」とリラも苦笑を浮かべる。チナミだけは、「この可能性はロマンだし、参番隊でも研究課題にしよう」と意気込んでいた。祖父譲りの探究心が刺激されたようだ。
バンジョーはお腹がぐぅと鳴り、
「頭使うと腹が減るぜぃ」
と頭をかく。
クコもルカに言った。
「トチカ文明のことも、また聞かせてください。サツキ様がなにか気づくかもしれません」
「そうね。司令隊でも話してみる価値はあるわ」
フウサイは、昨日のサツキとの散歩の際の会話を思い出して、
――これが、サツキ殿の考えていた可能性でござったか。これだけの仮説を話してくださったということは、サツキ殿にとっても、地質研究の成果は大きなものであったでござろう。
と、主君の胸のうちを想い喜んだ。
そんなことを思ったのはミナトもだった。
「やあ、サツキ。よかったね、いろんな可能性がわかって」
サツキはまた微笑んで、みんなに言った。
「結局、可能性を見出しただけで、世界の真実は解き明かせなかった。でも、いろんなことが知れた。おかげさまで、この島での時間は、とても有意義なものになりました」
またわかったことがあれば、海老川博士と玄内が連絡を取り合うということになった。
確実にわかったことは、この島の自然環境についてだけに留まり、その当時の人類の気持ちや考えまでは映し出さないけれど、やがてサツキが辿り着く世界の真実の糧となる。
だが、それはまだ先の話である。
そして――。
翌日も一行はアキとエミに連れ回され、羽を伸ばして恐竜たちと楽しい時間を過ごした。
つかの間の休息も終わり。
ここから始まる後半戦、士衛組は再び、旅に出る。
目指すは、イストリア王国。




