39 『芸術の塔あるいは世界樹』
サツキは、自分の今いるこの世界が、急に、地に足ついたものに感じられた。
なぜならば、この世界はサツキの元いた世界と地続きの可能性が高まったばかりでなく、その時期というものさえある程度の予測がついたからである。
「俺の生きていた約千年後、世界が一度滅んだ。そして、約一万年を経てまた文明が再興され、そこから一五七二年が経った」
「そうなるな」
と、玄内がうなずく。
現在、創暦一五七二年八月。
「一応、創暦が始まる前の紀元前にもある程度の文明があり、今の四大国ではない七大国で創暦という暦を決めたんだが、紀元前の文明がどれほどの期間栄えていたのかは定かじゃない」
「古代の七大国は、メラキア合衆国、晴和王国、アルブレア王国までは同じで、古代宗之国、イストリア王国、ソクラナ共和国、メイルパルト王国がそれです」
とクコが解説を加えてくれた。
これらはサツキにとっては初めて聞く知識だった。
古代宗之国については、現在では三国に分かれて争っている三国時代で、黎之国、丙之国、趨之国がそれである。
ソクラナ共和国は『大陸の五叉路』と呼ばれる首都バミアドを擁する交易の要、メイルパルト王国はピラミッドなど古代の文化遺産を抱えるラドリア大陸の最大国家で、それぞれサツキもこの旅の中で訪れた場所だった。
イストリア王国は、まさにこれから向かう、地動説証明のための裁判の地だ。裁判が開かれるのは、『永久の都』マノーラ。イストリア王国の首都にして、紀元前より栄華を誇り、未来永劫、繁栄を約束されたと信じられたメトロポリスである。
「古代の七大国か。古代宗之国は聞いたことがあったが、紀元前にも文明の花は開いていたんだな」
「なにか、気がかりでもあるのか?」
玄内に問われ、サツキはかぶりを振った。
「いいえ。むしろ、よかったです。俺の世界とこの世界がつながってるとわかって、なんだかほっとしました」
「ほっと?」
横で、ナズナが首をかたむけた。
サツキはナズナに微笑する。
「なんとなくな。やっぱり、ここも、この世界の人たちも、遠くなかったんだなって」
「それでも、おとぎ話みたいだけど、わたしも、サツキさんもサツキさんの世界も、前より近くに感じます」
と、ナズナも微笑みを返した。
「これがわかったことで、また新たな真実が解き明かされるかもしれない。この先の世界の研究が楽しみだ」
「はい。リラもそう思います!」
リラが明るい声をあげた。
ふと、サツキは気になっていたことを思い出した。
「海老川博士。『芸術の塔』《ARTS》の話です。あれが世界樹なのではないか、と俺たちは思いましたが、世界樹の周囲の植物はどうなっていますか」
「ああ、なるほど。確かに、世界樹の周りの木々、というより、世界樹そのものが、約一万年前に生まれた植物だとも言われています。ただあの大樹は、ほかのどの植物とも異なる特殊な桜だということですから、その約一万年前というのも正しいかどうかはわかりかねますが」
「特殊な桜……」
「ええ、もしかしたら、いくつもの樹木が組み合わさって一つの桜になったのでは、と言っている学者もいます。成長速度もほかの桜と違いますからね」
――それだ。
と、サツキは思った。
「だとすれば、『芸術の塔』《ARTS》は世界樹の本体なのかもしれない。科学技術によってつくられた、人間に魔法を与える塔――そこに、複数の樹木が巻きつきなんらかの突然変異が起こって一つの桜になった。塔を覆い隠す桜の木に」
思い出すのは、ルカが仲間になったばかりの頃に見た、桜杉である。
――桜杉。あれも、植物の突然変異で桜と杉が一つの植物になって共存した。世界樹がある、同じ照花ノ国で。だから、ない話じゃない。
ルカの家があった『王都の奥座敷』紀努衣川温泉街。そこから王都へ向かうために、列車が出発する光北ノ宮を目指して星廊杉並木街道を歩いていた。光北ノ宮に着く手前に、市文ノ村という村が通る。その村の近くで、桜杉を見た。
ルカ曰く、そのあたりでは遥か昔、杉の木に山桜が芽吹いて突然変異体が生まれた。それが桜杉だという。その後、何千年と時間をかけて、少しずつその個体数を増やしたと聞いた。
これを、ルカは異種との共存共栄だと教えてくれた。その象徴として、新戦国時代の武将たちは縁起物と考えているらしい。二つを一つにする生態が、天下統一を意味し、共に過ごす人との相互補完や平和を願うのだ。
「……ルカ、桜杉のこと、覚えてるかね」
「ええ。もちろん」
「もしかしたら、魔法を人類に与えし『芸術の塔』《ARTS》も、魔法そのものさえも、平和と共存のために生まれたものなのかもしれない。なんて、考え過ぎだろうか……」
「え」
「古代人がそんな願いを込めて創ったなんて、できすぎてるよな。塔に木々が巻きついて一つの木になるなんて、思いもしなかっただろうし」
だが、ルカは首を横に振った。
「私は、古代人の気持ちを考えるなんて発想はなかった。でも、いいと思うわ」
「はい! わたしも、素敵な考えだと思います。そうだったらうれしいです」
クコはサツキの仮説と呼ぶには根拠もない想像に、目を輝かせていた。
ほかの面々はなんの話なのか、ピンときていない。サツキは、今はただ、ルカの言葉を思い出す。
あのときルカは、「私は、あなたたち二人と互いに補完し助け合える仲間になりたいと思う」と言ってくれた。
――今も思いは変わらない。アルブレア王国を一つにまとめて、平和な国にしてみせる。
玄内が言っていた、サツキが勝つ未来とブロッキニオ大臣が勝つ未来、どちらの道を辿って、世界や科学、魔法文明がどうなるのかは、まだまだ考え中だ。とにかく、この世界のことをより深く知ることが先だと思っている。
ヒナが文句を言いたげに、
「わかるように話しなさいよ」
「桜杉にあやかろうと思う現代の人も、魔法の塔を創った古代人も、気持ちは同じだったということです」
クコがにこやかに言うが、ヒナは「それじゃわかんないの」とつっこむ。
「感情論はさておき、塔に複数の植物が巻きつき、あの世界樹になったという仮説は成り立つという話だ。桜杉がその証拠と言っていい。わかったかね?」
「そうならそうって言いなさいよね」
と、ヒナもサツキの説明でやっと納得した。
桜杉について、知識もある海老川博士は「なるほど」と納得して、
「桜は、交配によって新しい品種ができやすいと言われています。そういった樹種であることからも、あながち、サツキさんの考えもない話ではないかもしれませんね」
と微笑んだ。
確かに、日本は桜の美しさを尊び、さらには求めて、美しい桜を交配させていくつもの品種を生み出してきた。桜の国だからできるというだけでなく、桜には進化しやすい特徴もあるということらしい。
これが、この世界を創る魔力と魔法の進化につながっているのかもしれない、とサツキは思った。
話を聞いていたのかどうか、バンジョーが首をひねる。
「えっと、要するに、サツキのいた時代の人間がのちにつくった科学技術によって、今日のオレたちは魔法を使えるってことか」
「うむ」
サツキはうなずくが、
「ちょっと」
と、バンジョーがヒナに小突かれる。
「なんだよ」
「あんたは魔法使えないでしょ」
「そうだったぜ」
なっはっは、とバンジョーとヒナが陽気に笑い、
「て、オレもこれから使えるようになるんだっつーの! なはは」
ノリツッコミを入れた。
「ていうか、話戻り過ぎなんですけど。ちゃんと話聞いてた?」
「おうよ!」
ヒナとバンジョーが話すのを横目に見て、サツキは小さく苦笑した。
「まあ、これは俺の仮説だ。おそらく、魔法がイメージの力によるところが大きいことから鑑みても、イメージコントロールなどの力が原動力ではないかと考えられる。俺の知識と比べても異次元レベルに高度な科学で、それを可能にしたのではないだろうか」
イメージコントロールなんて代物は、サツキにとってはSF作品に登場するようなものだが、その実現もいずれは可能になると思っていた。
「いくら長い年月をかけたところで、俺の知る樹木は世界樹ほど大きくはならない。しかし、イメージコントロールのような科学や人智を超えた魔法があれば可能だろう。また、俺のいた時代とこの時代の世界地図が大きく変わらないことも不思議だった。俺の知る定説では、陸地は動き地殻変動によって、また一つの大陸となるはずなんだ。これすらも、『世界はこの形だ』という大勢の人間たちによるイメージコントロールの力が働いて、地殻変動を抑えた結果かもしれない」
「リラたちにとっては過去ですが、きっとこの先科学技術が進めば、わかることもあるかもしれませんね」
と、リラが相槌を打つ。
「そのレベルに科学技術が発展するまで、俺たちは生きていないだろうけどな」
「ふふ。そうですね」
リラはおかしそうに笑うが、クコはまじめな顔で「な、なるほど……」と納得する。
そして、
「でも、科学技術の発展は楽しみです!」
と、すぐに笑顔になった。




