12 『食べ方あるいはピカピカ』
サツキはバンジョーの部屋を訪れてみたがいなかったので、黒いドアノブをひねって玄内の別荘に行った。
馬車には、玄内が魔法によって取りつけたドアがある。
《拡張扉》という魔法で、レバー式のドアノブを壁に取りつけると、部屋を作り出すことができる。四次元空間を利用するため、壁の裏面にはなんの変化も起きない。
これがあるおかげで、十人以上いる士衛組が馬車で生活できていた。しかも、《拡張扉》の中は重さもないため、バンジョーの愛馬・スペシャルは疲れにくくなる。今では大量の武器を使用するルカに、管理がしやすいようにと、玄内はこの魔法を与えている。すでに取りつけた分は消えないから、魔法の持ち主が変わっても影響はない。
各部屋についてだが、最初に十二畳のロビーにつながるドアがあり、そこにはサツキたち個人の部屋につなぐドアが用意されている。個人の部屋は十二畳の広さ。十二畳が銀色のドアノブの《銀色ノ部屋》で、料理道具も収納できるバンジョーの部屋が金色のドアノブの《金色ノ部屋》。この《金色ノ部屋》は《銀色ノ部屋》の倍の二十四畳の広さがある。
さらに、黒いドアノブの《黒色ノ部屋》は、玄内の別荘とつながっている。玄内本人しか別荘の場所は知らないが、晴和王国とサツキたちはみている。晴和王国のおいしい井戸水が飲めて、普通の家と同じように料理をするための台所もある。馬車での移動中でも風呂にもトイレにも入れるから、快適な旅ができるのである。
バンジョーは士衛組に入る前に自分が旅をしていたときの料理道具を広げて外で料理を作ることもあるが、玄内の別荘で調理するほうが多い。バンジョーが自室にいないとき、大抵は料理の試作と修業のためにこの別荘の台所にいる。
サツキがやってくると、やはりバンジョーはそこにいた。
ノートを開いて自作のレシピを書いているようだった。
「勉強中だったかね、バンジョー」
パッとノートから顔を上げて、バンジョーはニカッと笑った。
「おう! なあ、サツキ! 過去なんだか異世界なんだかはわかんねーけどよ」
そこまで言われただけで、サツキはわかった。
――そうか。これまでと関係なく、接してくれるってことか。
意外に人間の機微に通じるバンジョーだからこそ、そんな気遣いをしてくれるのだろう。そう思った。
だが。
ぐいっとバンジョーは前のめりになって言った。
「おまえがいた世界の料理をオレに教えてくれよ! オレは料理バカ、オレから料理を取ったらなんにも残らねえ」
料理バカから料理を取ったら残るものは少ないが、今のサツキはバンジョーが料理以外にもたくさんの美点を持っていると知っている。
相変わらずなバンジョーに、サツキは噴き出した。
「ふ。もちろんだぞ」
「よっしゃあ! さっそく頼むぜ!」
陽気なバンジョーにつりこまれて、サツキは自分の知ってる料理について話す。
バンジョーはメモを取りながら、料理を始める。真剣な目と口元に微笑みを浮かべて、
「ピカピカ輝いてる未来ってのはさ、苦しくて辛いほうにしかないのかもしれないよな。いつか手にする未来を選ぶのに、苦しい今と辛い明日を選ぶって、大変なことだ。よくわかんねえけど、そんな気がする」
「……そうかな」
「おう」
明るく言って、バンジョーはまた別の話をする。
「食べることってよ、なんかその人間の生き方そのものだとオレは思ったこともあるんだぜ」
「どういうことかね?」
「サツキはどんな食事の前にも後にも、ちゃんと『いただきます』と『ごちそうさま』を言うだろ? どんな人にも、挨拶とか礼儀をしっかりするやつだってわかる。食べ方もキレイだ。人にも誠実に、米の一粒分まで丁寧なやつだってわかる」
「そうできているといいのだが」
「食い方が汚くても、本気でうまそうに食うやつもいるよな。そういうやつの顔見るの、オレは好きだ。そういう食い方も悪くない」
「ふむ」
「食事の内容もそうだよな。貧しいときは質素な食事をするけど、金持ちになった途端に食いもん粗末にするやつは、辛いとき周りにいてくれた人たちを大切にできないやつかもしれない。金持ちになっても食う物を変えないやつは、身近なやつをずっと大切にするやつな気もする。結局、オレはなにを言いたいのか自分でもわかんねえけど、とにかく大丈夫だって言いたかったんだ。サツキのいつもの飯の食い方見てりゃあ、ちゃんと向き合った結果、辛い明日を選んだってわかる。ピカピカの未来が待ってんぞってことだ!」
「ありがとう。バンジョー」
「おう!」
ついサツキは帽子で目を隠して、口元をほころばせる。
サツキがミナトとケイトのことで、気分が落ち込んでいると察して言ってくれたのだろう。




