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8 『可能性あるいは浪漫』

 そして、現在。

 船の中で。

 タルサ共和国の港町マリノフを出航した()(えい)(ぐみ)海老川博士(えびかわはかせ)は、クコからこれらの話を聞いた。

 玄内が小さく笑う。


「フ。やっぱりあいつらはおもしろいぜ」

「そうですねえ。さっきまではお二人もいたんだけど、まさかメイルパルト王国にも行っていたとはなァ」


 と、ミナトは感心する。


「アキさんとエミさん、来てたのか」

「うん。なんだかね、僕のことを気にかけてくれたみたいで。《笑顔ノ合図(ハイチーズ)》って魔法で笑顔にしてもらえたんだ」


 だからミナトの顔も思っていたより和らいでいたのだろう。エミは《笑顔ノ合図(ハイチーズ)》と唱えると、相手を笑顔にする魔法を持っている。

 ヒナはアキとエミの言い方を真似して、


「あの二人、『ボクら、友だちにミナトくんを元気づけて欲しいって頼まれてるからね!』とか、『気にしてないしいつまでも気にしちゃいけないし、ミナトくんにはいつもの透き通った水のような笑顔でいてもらいたいんだって。アタシもミナトくんには笑顔が一番似合うと思うよ』とか、意味不明なことだけ言って遊んでたんだから。ほんと気まぐれよね、あの二人」


 と、呆れたように肩をすくめた。


 ――アキさんとエミさんの言い方……まるで……。


 ある人物が口にした言葉と表現を思い返して、サツキは息をのんだ。一つ浮かんだその可能性は、あり得るのだろうか。

 サツキが考えるが、ヒナが口先をとがらせ語を継ぐ。


「そんなことはどうでもいいのよ。それよりもさ、なーんか変な感じ。サツキがあたしよりずっと昔の人だなんて」

「あくまで可能性の話です。でも、将棋とか囲碁を知っていたのも、そういうことなら納得できます」


 と、チナミは言った。将棋も囲碁も起源が不明なんですよ、とチナミはかねてより気になっていたことをつぶやく。

 バンジョーはおもしろかったのか楽しげだった。


「マルコ騎士団長たちもわかってくれて、プリシラもあとで合流して助けてくれるなんてありがてえぜ。アキとエミにもまた会いてえよな、サツキ」

「うむ」


 とサツキは微笑む。

 クコがアルブレア王国から(せい)()(おう)(こく)へ向かう旅の中で、バンジョーはそのときにアキとエミと旅をした仲だから、「タルサ共和国じゃあ、アキとエミとアイスを食いまくって楽しかったなあ。うにょーんって伸びるアイスでよ――」と思い出を語っていた。だれも聞いていないのにしゃべり続けて、そのまま一人で台所に行く。


「あいつ、だれに話してやがるんだか」


 と玄内が呆れて嘆息した。

 クコは話を戻して、サツキに言った。


「それにしても、歴史学者の(ふじ)()(がわ)(はか)()がこれを知ったら驚くでしょうね!」


 サツキがうむとうなずくと、リラがイタズラっぽい笑顔で、


「きっと博士はサツキ様を質問攻めにしますよ? 博士は好奇心旺盛なんです」

「ふむ。これは歴史を思い出しておく必要があるな」


 心の準備が必要だ、とサツキは冗談をきまじめな顔で言って、リラやクコを笑わせた。


「なにか思い出したら私がメモを取るわ」


 ルカの言葉に、サツキは「そのときは頼むよ」と答える。

 バンジョーが「これがそのアイスを食ってインスピレーションが湧いたジュースだ」と跳ねるように飲み物をみんなのコップに入れて置いていく。ラッシーのような感じだろうか。みんながおいしそうに飲む中、ヒナだけは「さっきの独り言、聞こえてたのは《兎ノ耳》を持ってるあたしだけなんだけど?」とジト目でつぶやき、ジュースを飲む。「おいしい……」と声を漏らすヒナにも気づかず、バンジョーはうれしそうな顔でサツキに聞く。


「サツキ、どうだ? うまいか?」

「俺の世界にはない飲み物だ。おいしい」

「ナズナちゃん、おひげができちゃってるよ」


 とリラが笑う。ナズナがあわあわして、チナミが口元を拭いてあげた。


「だ、大丈夫?」

「うん。オッケー」


 ナズナがはにかみ、「恥ずかしい。でも、おいしい」とつぶやく。


「へへ。サツキもナズナも満足みてえだな」

「私も満足です」


 とチナミがバンジョーを見上げ、バンジョーがビッと親指を立てる。


「おう!」

「甘いのがいいねえ」


 ミナトがにこにことそう言うと、バンジョーは「ミナトは甘党だからな」と腰に手をやった。


「いやあ、現代の人も昔の人も満足させるバンジョーさんはすごいや」

「スゲーのは料理の力だと思うぜ? 料理に世界の壁なんてねえって思ってたけど、異世界とか昔の世界とかのサツキに教わった料理もうめえし、やっぱり料理の可能性は無限大だよな。これがロマンってやつだろ」


 そんなバンジョーをジトッとした目で見て、フウサイが小声で、


「ちゃんと理解はできたのでござろうか……」

「おいフウサイ! 聞こえてんぞ!」


 バンジョーにつっこまれて、フウサイはつーんとそっぽを向く。


「で、理解できてんのか?」


 玄内に聞かれ、


「うっ……」


 とバンジョーは言葉に詰まっていた。正直な反応である。


「どうせ、話がわかんなくなって頭がこんがらがって、さっきは台所に逃げてたんだろうが」

「へへ」


 図星を突かれて、バンジョーは頭に手を当てて玄内に照れたような笑顔を返す。


「フ」


 とフウサイに笑われ、またバンジョーとフウサイはケンカを始めた。ケンカするほど仲がいいというが、再会したばかりというのに二人はすぐにいつもの調子で言い合っている。十年会わずとも変わらない二人なのだから、たったの半月どうということもないだろう。


「サツキ殿は異世界人ではなく、古代人かもしれぬのでござる。それはさすがの氏でもわかっておくべきこと」

「なんとなくはわかったっての! そういうおまえも、結局サツキが異世界人だか古代人だかわかってねんだろ? だったらいっしょじゃねえか」

「全然違うでござる」


 二人の言い合いを横目に、玄内はため息をついていた。

 ミナトは好奇心を瞳に浮かべて、サツキに顔を近づけた。そっと、ささやくように、


「サツキ、これは浪漫だ。バンジョーの旦那も本当はただそう言いたかったに違いない。きっと、アルブレア王国を目指すこの旅で、サツキはもっと真実に迫れるよ。この世界の真実にさ」

「だといいけどな」


 と、サツキは小さく苦笑してみせた。


 ――ミナトも、アキさんとエミさんに会ったおかげか、ひどい落ち込み方はしてないみたいだな。特にエミさんの《笑顔ノ合図(ハイチーズ)》は、笑顔になれる魔法。少し安心したよ。


 玄内と海老川博士は、学者同士でこの世界の神秘について、これはおもしろいと話していた。

 もうすぐ、日が沈む。

 月がのぼっている。

 まだ淡い光だが、サツキにはその形がくっきりと見えるようだった。

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