17 『森と襲撃』
タルサ共和国。
神龍島へ行くための海老川博士との合流地点は、港町マリノフ。サツキたちより一足早くこの街を目指して進むのは、弐番隊の三人とチナミ。
四人がこの夜の拠点を決めて休んでいると、アルブレア王国の騎士たちが襲ってきた。
場所は森の中。
ちょうど、メイルパルト王国でサツキとクコが二人での修業を開始しようとした時刻である。
最初に気づいたのは玄内。
「来たぜ。敵だ」
「うえっ! マジか、ずっと敵に狙われることなんてなかったのによ」
バンジョーが慌てるが、チナミはつくっていた数独パズルをすっと胸にしまい冷静に免許皆伝の巻物を口にくわえる。足下から順番にくノ一姿へと変身していった。チナミの巻物は、忍者・フウサイの故郷である『風の迷宮』鳶隠ノ里で、試練を受け、免許皆伝の証として里長からもらったものである。これを口にくわえると、変身と同時に、三つの忍術を使えるようになる。戦闘準備は整った。その横では、ヒナがキョロキョロして挙動不審になっていた。
「ヒナさん、ぼやぼやしてるヒマはないです」
「だっ、だってっ! 刀、どこだっけ」
「常に佩刀していてください」
チナミはくるんと飛んで馬車からヒナの逆刃刀を握って舞い戻る。忍者のような身のこなしにヒナは拍手した。
「おーっ」
「すげー!」
「拍手している余裕はありませんよ」
「だ、だよねっ」
「そうだぜ! ……し、しまった! オレの刀もねえ!」
定期を落とした新社会人のようにスーツの胸ポケットやお尻のポケットをポンポン叩いて慌てているバンジョーに、今度はヒナが注意する。
「あんたは刀なんて使わないじゃない! 早く臨戦態勢に入りなさいよ!」
「おう! そうだったぜ! いくか!」
バンジョーが前面に立って戦う構えをとる。
――いつもこの二人といっしょにいる玄内先生は大変だろうな。
チナミはジト目でそんな二人を見る。
だが、その呆れもすぐに改める。ヒナもバンジョーも切り替えが早い。玄内の元で鍛えられているからか。
さっそくヒナは自分がすべきこと探して行動に移る。
まだ敵の姿は見えないが、ヒナが目を閉じて耳を澄ませる。
「《兎ノ耳》で、敵の位置を捕捉します。…………あと八十メートル…………五十メートル……足音から、人数は……二十人弱」
ピンと立ったウサギの耳が音を聞き分けた。カチューシャにうさ耳がついたものだが、これがヒナの魔法だった。常人の百倍くらい聴覚に優れ、遠くの音も小さな音も拾うことができる。
その上、音になる前の音まで聞こえる。たとえば、声を発するとき、そこに含まれる息を聞き分け、どんな音になるかがわかる。
これによって、敵の情報を計った。
ヒナの報告を聞き、チナミは玄内をちらと見る。
「私も今は弐番隊隊士として扱ってください。隊長、ご指示を」
騎士たちが近づいてきて、影がくっきりしてきた。
「ヒナの報告通り、敵はざっと見て二十人弱。おれが十人を相手にするから、一人につき三人を捕縛。数じゃこっちが劣るが、やって勝てない相手じゃない。局長の言葉を思い出せ」
不意に局長であるサツキの言葉を思い出すよう玄内に言われ、隊士一同は考える。
――どの言葉……?
と。
バンジョーは以前サツキが「カレーはみんな大好きな食べ物だな。うむ、おいしいよ」と言っていたのを思い出し、チナミは王都でサツキと夜の散歩をして着物姿の玄内を見かけたとき「でも、カメって甲羅と身体は一体で外れないんじゃなかったか?」と言ったのを思い出し、ヒナは浦浜の夕日が落ちかけた砂浜で「仲間にならないか? 俺たちで、地動説を証明しよう」と言ってくれた場面を思い出して顔を赤らめた。
さらにその続きまでヒナが考えたところで、
「おまえら、揃いも揃って関係ないこと思い出してんじゃねえ。ったく、ヒナに至っては途中から妄想の世界に入ってやがる」
「あ、いや、別に!」
ぱたぱた手を振って否定するヒナに、玄内は渋い声で言った。
「負けは許されない。勝つぞってことだ」
「おう」
「は、はい!」
威勢よくバンジョーとヒナが返事をして、
こくり、とチナミがうなずく。
戦闘が始まった。
瞬間、敵の一人がバンジョーに向かって叫んだ。
「問題デース!」
「なんだ!」
バンジョーが勢い込んで答える。
すると、バンジョーがその騎士と共にこの場から消えた。瞬間移動でもしたかのような消え方である。
騎士たちが口々に言う。
「出たぞ、『なぞなぞ怪人』ドナト騎士団長の問題」
「これでやつらのリーダーを隔離。問題を解くまで出てこられねえ!」
「あとはオレたちがこいつらを――」
そこまで聞いて、玄内がつぶやく。
「なるほどな」
同時に、玄内が甲羅の中からキセルを取り出した。
「《幕引煙管》」
キセルを吹かすと、敵陣上空に真っ白い煙が漂い、続けて敵陣全体に煙幕が張り巡らされる。
同時に――
バンバンバンバンバン、バンバン、と七発の弾丸が飛び出し騎士を仕留めた。
「《痺レ弾》」
しびれ作用のある弾丸《痺レ弾》で、七人がバタバタと音を立てて倒れる。中には気絶する者もいた。一度に人間が視認できる数は『7まで』だと言われており、これをマジカルナンバーというが、煙幕をつくる前に玄内が正確に覚えていた敵の場所へ発砲したのである。さらに玄内は、指示を出しつつ、自らも動きながらマスケット銃を撃った。
「ヒナ、チナミ! 敵陣につっこめ。足下には気をつけろ。敵が転がってる。そして、二人同時に相手にしようとするな。一人ずつ着実に仕留めろ。互いの距離を大事に戦え。適宜、おれが補助する」
「はい!」
と二人が声をそろえて返事をする。
「さっそくだが、《乱レ弾》」
三発の弾丸で三人を撃つと、三人は錯乱したように剣を振り回した。
「うお! なんでこっちに身体が動くんだ」
「やめろ! なんでおれを斬るんだよ!」
「違う! オレはおまえを斬ろうなんてこれっぽちも……」
玄内はつぶやく。
「そいつは、脳の電気信号を混乱させる弾丸だ。右に行きたいのに左に行ったり、走り出そうとしたらジャンプしちまったり、意図しない動きをさせる代物でな。仲間同士、戦ってくれや」
煙幕で視界も奪われた騎士たちは、突然仲間に斬られる恐怖とも戦うはめになた。
「ちょ、やめろ。おれは今しびれてんだ、おれの上に座るな」
「座りたいわけじぇねえよぉー。戦いたくても座っちまうんだよぉー」
情けない声を出す仲間にはなにもやり返せない。しびれた身体を何度も座り直す様はヒップドロップのようであり、これをされる騎士は苦しそうにうめいていた。
さらに、玄内が小さな声で言う。《兎ノ耳》を持つヒナにだけ聞こえる声で、
「ヒナ。新技、使ってみろ」
「はい!」
煙の中から、ヒナの返事がする。
――やったね! 先生にもらった新しい魔法、使うときがきたー!
張り切るヒナ。
チナミも忍者仕込みの身のこなしで働き、ひと仕事終えた玄内がバンジョーの魔法の気配を探る。しかし、この周辺にはいない。やはり異空間に飛ばされたとみてよい。
――こっちはこれで大丈夫だ。バンジョー、舞台裏は任せろ。おまえは思い切りやってこい。
玄内はキセルを甲羅の中にしまった。




