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40 『本気の一撃』

 クコは言った。


「勝負です!」

「勝負。それは熱いもの。本当は熱いもの。なのに、アタシはこれまで、燃えたぎる勝負をしたことがないの。でも、アタシは刺激的な勝負を望んでいるの? さあ、それはわからない。アタシはただ、パトスを知りたいの。勝負じゃなくていい、アタシを身体の底から燃えさせて。ただれさせて。『オイルボディ』バーンの身体を情熱の炎で焼き尽くして」


 長々とポエムのようなことを口走っているのは、女盗賊『オイルボディ』バーン。

 クコには、彼女の言っている意味がよくわからない。

 勝負です、と言ってもこんな言葉を返されたら、クコでなくても戸惑うだろう。


 ――《(せい)(おう)(れん)()》。サツキ様と身体の感覚をつなげる修業で身につけた、魔力圧縮の術。


 まず、魔力を練り始めた。

 だが、この時間は短い。

 クコはさっそく、剣を振るった。


「いきます! 《ロイヤルスマッシュ》」


 サツキとの修業のおかげで、高威力の攻撃を繰り出せるようになっている。

 爆発するような衝撃がバーンに襲いかかった。

 この《ロイヤルスマッシュ》は、サツキの《()(おう)()(れつ)(ざん)》とは原理的にほとんど同じだが、似て非なるものでもある。

 クコのほうが元々保有している魔力が大きいため、同等の魔力量を圧縮する場合、練り込む動作に時間がかからない。サツキのような守りをしながら行う《(せい)(おう)(れん)()》の溜めの工程がたいして必要なく、手早く高威力の技が繰り出せる。つまりクイック性能に優れる。もっとためれば威力も大きくできるだろうが、戦闘中にそれをやる器用さがクコにはない。

 また、サツキと比べて切断性・斬撃性が低く、広範囲に衝撃を与えることができる。切れ味や鋭さを重視した刀と、パワーや丈夫さ、衝撃力を重視した西洋剣の違いにも似ている。サツキは目がいいからピンポイントに切断するのも得意だが、クコは大雑把な面があるためでもあるだろう。地面に攻撃したとき、地面がえぐれるのがクコで、地面が割れるのがサツキといった感覚だろうか。

 ただし、サツキよりも遠距離の敵までは届かない。ゆえに、クコはこの技を使う際には相手との距離を大事にする必要があった。

 さらに分類すれば、「射程距離」、「切断性」、「衝撃力」の三点で比較した際の発現された効果は、《ロイヤルスマッシュ》はサツキの《(ほう)(おう)(けん)》と《()(おう)()(れつ)(ざん)》の中間に当たる性質になる。

 そして、クコとバーンの戦いにおいて。

 今は、その距離としても《ロイヤルスマッシュ》を使うのにちょうどよかった。

 が。

 バーンは、急に姿を消した。


「どこ……」


 クコが視線を巡らせると、地面には油がこびりついている。


「油……ですか?」


 うにょうにょと油が意思を持った生物のように動いて、一つに固まってゆく。

 そして、人型を形成していった。


「どうして、どうしてなの。アタシを取り巻くすべては、どうしてアタシだけを置いてどこかへ行ってしまうの? いつもアタシは、地面にこびりついたゴミのよう。どこにも行けず、いつも同じ場所から明日を見る。熱いパトスがあることを信じて」

「魔法、ですか?」

「アア、アタシを呼ぶ声が聞こえる。風の中から歌声のようなクエスチョン。そうよ、そうだと教えてあげる。アタシの魔法は、《オイルボディ》。そばにある。そばにいる。ずっと離れられない。まるで、地面にこびりついたゴミのように。いつもここにいるわ」


 と、クコの質問には答えつつも、どこか遠くの空を見上げながらしゃべっている。


 ――つまり、身体を油状に変えられる魔法ですね。そしてそれは、地面にこびりついたら離れないでいることもできる。《グリップ》の魔法も使えそうにない。吹き飛ばすこともできない。


 クコの顔に、一筋の汗が流れる。


 ――これは、わたしの魔法ではどうにもできません。相性が、最悪です。

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