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39 『流動する絵本』

 ミナトが走っていると、前方にケイトを発見した。


「いた」


 ケイトに追いつく。

 横に並んで、ミナトは謝った。


「すみません、遅くなりました」


 本を奪われてしまったケイトは、ミナトに合わせる顔がないと思って気が沈んでいた。しかし、ミナトの顔を見ると、なぜだかすごく安心もしてしまう。つい表情が和らいだのが自分でもわかった。


「あ、ミナトさん」

「なにかありませんでしたか?」


 この質問に、ケイトは目を伏せる。


「申し訳ありません。ミナトさんに託された、大事な本を……」

「ああ」


 と、ミナトは明るい声で言う。


「これのことですね」


 ケイトが目を上げると、ミナトはふところから本を取り出した。まさに、さっきヌンフに奪われた本である。


「どうして、ミナトさんが……!」

「あはは」


 ミナトは笑って、


「なんだかすごくえばった人が持っていたのですが、怒鳴ってばかりで会話もできそうにないし、少し静かにしてもらって、返してもらってきました」


 ミナトに合わせる顔がない原因になったヌンフのことを言っているのだろう。

 ケイトは、ミナトのあんまりな言い方にぷっと噴き出して笑ってしまった。


「おかしいな、ミナトさんは」


 ――怒鳴ってばかりで会話もできない。なのに、静かにしてもらった。つまり、対話ではなく静かにさせたってことになる。あんまり丁寧な言い方だから一瞬ヌンフさんが普通にミナトさんへと本を返したのかと思ってしまったよ。


 なんだかミナトとしてはわからないけど、ケイトが笑っているので、自分も笑った。


「あはは。おかしかったのはその方です」

「あの人が……?」

「随分と静かになさっているところへ、バミアドパトロール隊の方がやって来ましてね、盗賊なんかじゃないかということで連行されておりました」

「え」

「僕も事情を聴かれ、彼が人の物を盗って自慢していたんだと告げたんです。バミアドパトロール隊の方も、士衛組の方々によろしくとおっしゃってましたよ」

「えっと……」


 少しばかりよくわからないところもあるが、ミナトはバミアドパトロール隊に感謝されたらしい。だが、ミナトがヌンフを倒したことなどは理解されてなく、ミナトも気にしていないようだ。

 もうちょっと話を聞けば推測できることもあるだろうが、あえてそれはしなかった。

 ミナトがケイトの髪に手をかける。


「髪が乱れていますよ」

「すみません」

「なにか、大丈夫ですか?」


 あんまり深刻そうにでもなく、いつもの柔らかな微笑で聞いた。

 普段から綺麗に整っているケイトらしくない。傷や服装に汚れもないから気づきにくいはずだが、意外にもミナトは変なところをよく見ている。

 ケイトは首を横に振った。


「いいえ。なんでもありません」

「そうですか」


 不意に、ミナトが咳をする。


「コホ、コホ」

「ミナトさん!」


 ケイトがミナトの背中をさすると、手のひらを向けられる。


「なんでもありませんよ」

「案外、ボクたちは似た者同士かもしれません」


 そう言ってケイトが苦笑を浮かべると、ミナトも笑った。


「確かに僕らは見栄っ張りですね」




 二人は、司令隊からの指示にあった、『カルハザード()(ねん)()』を目指して歩いていた。

 栗を二つに割った形をした、青い石碑ということである。

 ミナトが聞いた。


「確か天才建築家の方の作品でしたっけ」

「はい。『()まぐれな(てん)(さい)(けん)(ちく)()絵流画巧塗(エル・ガウマーヌ)が手がけたものです。特殊なデザインだから、見ればだれがつくったかわかるそうですね」

「へえ。おもしろいなァ」

「浦浜マリンタワーなんかも彼の作品ですよ」

「そうでしたか」


 あそこで、フウサイと戦った思い出がミナトの胸によみがえる。懐かしがって歩いていると、三人の盗賊がいた。


「なんだあいつら! ジドさんを負ぶってるぞ!」

「あの『完璧な未来を喚ぶ者パーフェクト・フューチャー』ジドさんがか!」

「ジドさんは(つえ)ェーはずなのに」


 盗賊・ジドを負ぶっているのはミナトだった。ケイトと交代したのである。

 三人の盗賊を見つけると、ミナトはケイトにひと言断りを入れる。


「すみませんが僕に譲ってください。ケイトさんが手を煩わせるほどの相手じゃァありません」

「それは構いませんが……」


 と言いかけたときには、ミナトはジドを空に放り投げ、三人の盗賊の剣を払って、刃の峰で逆刃に打って三人を気絶させていた。


 ――速い。まさに神速。


 ミナトは空から降ってきたジドをキャッチしてまた背負う。

 ケイトは目を瞠り、それから一拍遅れて駆け寄って行く。


 ――しかし、この距離を一瞬で詰める居合いのような脚、すごいな。


 近づき、ケイトは縄で三人を縛る。


「さすがです、ミナトさん」

「いいえ。彼らがぼーっとしている隙に働かせてもらっただけですよ」


 冗談めかすようにそう答えて、やにわに、ミナトは口を押さえた。


「コホッ、コホッ」

「ミナトさん。また……」


 ケイトが顔を上げるが、ミナトはまた微笑を浮かべ、


「そんな顔していやだなあ。なんでもありませんよ。どうも身体が冷えたのかな」


 とごまかす。

 そういえば前にも、ケイトはミナトがひとりで修業をしているところへ「いっしょに修業しましょう」と声をかけに行ったことがあった。そのとき、ミナトが変な咳をしていて、最初は物陰に隠れてしまったが、そのあとそっと近づくケイトに気づくと、ミナトは今みたいに笑ったものだった。


 ――八月も上旬、夏にそう冷えることもないでしょう。最近……それもボクと出会ったあとあたりから咳が出るような節がある。元々身体が弱いわけでもなさそうだ。だとすると、最近なにか病気でも患ったのだろうか……? 大事でなければいいが……。


 ただ、今は戦場にいる。壱番隊としての働きはほとんど終わったようにも思われるが、ほかの仲間とも合流せねばならなかった。


「少し、休みますか?」


 ケイトの問いに、ミナトは頭を横に振った。後ろで結わえた黒髪が、可憐に揺れる。


「いいえ。行きましょう。サツキたちが待ってる」

「わかりました」


 壱番隊は駆け出した。

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