38 『きりきり舞の二刀流』
女盗賊『レッグホッパー』ネバーは、チナミと一太刀合わせると、着地して後ろにびょーんと退く。シャムシールと呼ばれるサーベル状の剣二本を器用にくるくる回した。
「これは楽しめそうだわよ。アタイ、やる気になってきてんじゃん」
「そうですか」
「淡白な子ね、アンタ」
「そうですか」
あまり会話する気もないチナミにも、ネバーは構わずしゃべりかける。
「アタイのスピードについてこられる相手がいたなんてね。しかもこんなちっこいのが」
「……」
「あの帽子の子もなかなかやるし、もしかして、アンタたち強い?」
「さあ」
「まあ、弱くはないか。てことは、その後ろでさっき歌ってたのも、結構強かったりするわけ?」
さっきは、ナズナが歌ってみんなの筋力と魔力を高めてくれた。今は後ろに控えているが、ネバーはナズナにも目をつけたらしい。
「ナズナには、手出しさせない」
「へえ。なんかあんのね、あの子にも」
「友だちだから」
「え? ただそれだけ?」
「幼馴染みです」
「そんなのどうでもいいわよ。でも、おもしろそうだわね!」
チナミはナズナに言う。
「下がってて」
うん、とナズナはうなずく。
「《レッグホッパー》!」
ネバーはびょーんとバネのように飛んで、チナミの上空を通り過ぎようとした。
ナズナを狙っているのに違いなく、補助役のナズナでは、対応できないだろう。
チナミは手足の腱を弾ませて、くノ一のごとく飛んで扇子を舞わせる。
「《気流演舞》」
空中で踊るように扇子を振るい、気流を発生させた。
気流の乱れにより、ネバーの動きが鈍る。
だが、ナズナへと向かって進む推進力を消すことまではできない。
そこで、気流によって生まれた隙をつき、チナミが下へ向かっても風を起こして気流でネバーとの距離も詰める。
「《鴎流し》」
愛刀『冷泉飛鳥』で、ネバーの剣を受け流す。二刀流のネバーの二撃目も雅に流してみせた。
これは、フウサイに学んだ忍術だった。ただ技を流すだけでなく、もう一つの効用まである。
「しびれ……!?」
手にしびれがある。打ち込み方により、手にしびれをもたらす。ただ、それもほんのわずかのものでしかない。
「危なっ……!」
重なる手のしびれで、ネバーは剣を取りこぼしそうになる。
ナズナは心の中でつぶやく。
――手への《超音波直撃》で合わせたけど、ちょっと威力不足だったかな。
二重にしびれをもたらされて危うく剣が手放しそうになったネバーだが、柄を強く握ると、また振り回した。
「《ハンドホッパー》!」
サーベルが再びチナミの刀にぶつかった瞬間、びょーんと後方へと飛んだ。
手がバネになったような動きだった。
「なるほど。脚だけではありませんか」
チナミも、まさか脚だけしかバネにできない中途半端な魔法が相手だとは思っていない。
やはりといった感じだった。
――でも、そうなるとかなり厄介。せっかく近づいても、ぶつかった瞬間にどこかに飛んで逃げてしまう。動き方によっては、私にとって都合の悪い方向へ飛んでいっちゃう。しかも、さっきの《超音波直撃》みたいにナズナが補助攻撃で合わせるのも、難しくなる。
一方、ネバーはチナミの魔法の多様性には感心しても、勝ち筋を作れた気になっていた。
――確かにあのおちびの魔法は多種多様でやりにくい。でも、後ろの飛んでるのを狙えば、あとはどうとでも……。
ネバーはぐっとバネが運動エネルギーをためるように脚を縮め、一気に解放する。
「《レッグホッパー》!」
勢いよくチナミの上空に飛んできた。
しかし、今度は弾道が低く、地上二メートルほどしかない。
チナミは扇子を舞わせて、二つの技を繰り出した。
「《気流演舞》、《砂塵演舞》」
気流の乱れを作ってネバーの動きを鈍らせる程度には邪魔しつつ、砂を巻き上げて目隠しの幕を張る。
さらに、チナミはまた刀を抜いてネバーに斬りかかった。
「知ってるわよ、アンタの手は!」
だが、ネバーは砂煙の中でもチナミの『冷泉飛鳥』に対抗して、二本の剣が刀に当たった。
「力を受けた方向にしか飛べないと思った? 残念、ハズレ」
「!」
「《ハンドホッパー》!」
びょーん、とバネのようにネバーは飛んだ。飛び出す向きを変えてうまいことチナミの後ろへと回り込んでしまった。
――まずい。二本の剣を使う理由は、これだったんだ。二刀流は自分の動く軌道を調整するため。どおりで剣術としてはちょっと微妙だと思った。
腕力で剣術の腕をカバーしているのではなく、二刀流の本質はこれにあったのだとやっと気づいた。
「アタイはどの方向にも飛べるんだよ! くらいな!」
サーベルがチナミに襲いかかる。
チナミは地面を転がって紙一重に剣を避けると、ダッと駆け出した。
さらに、扇子を手にナズナへと声を上げる。
「飛んで! 《疾手》」
「わ、わかった!」
ナズナが答え、飛び上がったときには、ネバーはナズナの目の前三メートルの距離にまできていた。
が。
チナミが風を送っていた。
ネバーがナズナのいた場所に行くのと、ナズナが上に飛んだのはほとんど入れ替わりだった。
前方に送り込んだ風の勢いで、ネバーはナズナのいた場所を遥かに通り越してしまう。勢いがつき過ぎなければ、ナズナの真下で地面を蹴り、ナズナに向かって飛び上がっていたことだろう。
チナミはさっきまでナズナが立っていた地点に到着し、今度は真上に向かって扇子を舞わせた。ちょうど真上には、ナズナが空に向かって上昇している。
――ナズナのいた地点に、下から突き上げる風を起こす。
「《疾手》。飛んで。バネじゃ飛べないところまで」
チナミが繰り返し言って、ナズナは下から吹き込む突風に乗って空高くに飛んでいった。
上空で、ナズナが見たものは……。




