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35 『刃傷沙汰の後始末』

 ヌンフは魔法によってパワーが五倍強化された。

 握りこぶしをつくるヌンフを見て、部下のひとりがつぶやいた。


「ヤバイな。こうなったときのあの人は手がつけられないんだ。力を試したくてやりすぎちまうらしい。前に、指名手配の殺人鬼を相手に傷一つ負わず血だるまにしたって逸話があるくらいだ」

「エヴォルドさんからも、ヌンフとは戦うなって言われたっけ」

「あの(いざな)()(みなと)ってやつ。敵とはいえ、恨みもないし助けてやったほうがいいのかな」

「やめとけ。そんなことしたら、今度はワタシたちが……」


 取り巻きの騎士たちがゴクリとつばを飲み、ヌンフに注目が集まる。


 ――オレは密かに思ってたんだ。常人の五倍に強化した状態なら、バスタークにだって引けを取らない実力があるんじゃねえかってな。それを、こいつらの前で証明してやろうじゃんか。ぬははははっ!


 ヌンフはニタニタと笑ってミナトを見る。

 が。

 ミナトは刺すような鋭い目でこちらを見ており、思わずヌンフは笑顔が引きつってしまった。


「さっきまでなにをひとりでしゃべっていたのかは知らない」

「は?」

「でも、仲間の侮辱は許せない」


 凍てつくほど冷たい声だった。


 ――く! オレが一瞬ひるんだ? いや、そんなわけがない。


 ヌンフは喚くように言った。


「だったらなんだってんだ! あん? おまえなんざ、オレが骨ごと粉々になるまでぶっ潰して――」

「《三位一突(さんみいっとつ)》」


 まだヌンフが喚いているが、そんなこと関係ないと言わんばかりに、ミナトは氷のような声で口にすると、


「ぶぼおッ!」


 目にも止まらぬ早業で、ヌンフが身体の正面から突かれた。

 一度の足音で、三度の突きが繰り出されていた。

 その突きはすべて同じ箇所にヒットし、最後の一撃が終わったときには、ヌンフの身体は遥か後方に吹き飛んでいた。鎧もボロボロになっている。

 石で造られた塀の連なりを、鉄砲玉が障子でも撃ち抜くようにドドドドドンと勢いよく突き抜けてゆく。


 ――嘘だろ!? このオレがぁぁああああ!?


 六つ目の塀に背中を打ちつけ、正面からバタリと倒れる。

 ヌンフの身体は腕や脚が一部複雑骨折したようないびつな形で曲がっていて、身体はピクリとも動かない。完全に気を失った。

 今の『神速の剣』を目で追える騎士など、この場にいなかった。

 五十メートルほど後方の壁まで突き飛ばされたヌンフを見て、部下の騎士たちは呆気に取られている。

 ミナトはその騎士たちに言った。


「まだ、やりますか?」


 しかし、騎士たちは返事をしない。

 その中のひとりがやっと口を開いた。


「やったのか? 五倍に強化された、あの『(きら)われ(もの)』ヌンフを……」

「ああ。そうみたいだ」


 もうひとりが答え、それからまた別の騎士が言う。


「やったぜ! やっとあいつから解放される!」

「ジャストンさんはともかく、エヴォルドさんを馬鹿にしやがって! 前からあいつ、気に入らなかったんだ!」

「そうだ! バスタークさんはマジで努力家でいつも修業してたのをオレは知ってるし、オーラフさんは強いうえにオレら新入りの下っ端にも優しい人だったのによ」

「まあ、エルゲンさんはおもしろいからアリだよな」

「ヌンフのヤツ、偉そうにしやがって」

「もうついていけねえよ、この『嫌われ者』には」

「そもそも、クコ王女と国王様、どっちがどうとかワタシにはわからなかったんだ。どちらの声もまだお聞きする機会すらない。いつも声を上げるのはブロッキニオ大臣だけだしな」

「あと、ユリシーズ補佐官な」

「おれはアルブレア王国に戻って、しばらく実家に帰る予定だけど、おまえらはどうする?」


 そんな会話を始めた騎士たちを見て、今度はミナトが呆気に取られた。さっきまでの怒りが抜けてしまう。


「みなさん、どうされたのです?」


 ミナトがつい釣り込まれるように質問すると、騎士のひとりが答えた。


「ワタシたちは別に、クコ王女と敵対したかったわけではありません。命令を受けて来たばかりです。でも、もう終わりです」

「では」

「あ。なんかあの人、ケイトくんから奪ったっていう本を持ってますよ。ふところに入れてます」


 騎士たちがミナトに挨拶さえして去ってゆくのを眺め、彼らの姿が見えなくなると、ミナトは歩き出した。

 ヌンフの前に来て、ヌンフの砕けた鎧の胸元から見える本を手に取る。


「ああ、この本はさっきの」


 ミナトは本をふところに入れる。

 すると、そこに三十代くらいの大人の男性二人組が通りかかった。ミナトに声をかける。


「キミ、この辺りで盗賊が出ていると聞いたが、おや? もしかして……」

「この倒れている人は、盗賊じゃないのかい?」


 二人に聞かれて、ミナトは教える。


「あるいはその可能性も高いでしょう。人の物を盗ったと自慢していたところを、士衛組の人にやられてこの通り」


 ミナトは、うそは言っていなかった。盗賊みたいに本を奪ったらしいし、そのヌンフを倒した張本人ミナトは「士衛組の人」なのである。


「なるほど! やっぱりこいつは盗賊だったか! 悪い顔をしてる!」

「士衛組というのは、なんて強い人たちなんだ。こんな大男を倒してしまうんだもんな。いや、でも腹に一撃しかくらってないようだ。案外、この大男も見かけ倒しかもな」

「どういたしまして。そのようです」


 ミナトがそう言うと、二人はミナトに向き直り、


「名乗るのを忘れておりました。我々はバミアドパトロール隊の者です。ご協力感謝します」

「この不届き者は、我々が連行します。士衛組の方々に会ったら、よろしくお伝えください」

「はい。お仕事お疲れ様です」


 二人はミナトに敬礼した後、ヌンフの肩を左右から抱えた。

 きびすを返したミナトに背を向けて二人も歩き出し、会話の続きを始める。


「この盗賊、骨もだいぶ粉々になるまでやられてるな」

「カルシウム不足なんだよ。カルシウムが足りてないヤツは怒りっぽいって言うぜ。迷信だったか?」

「いずれにしろ、こいつ確かにそんな顔してるな。だから一時の感情に支配されてこんな愚かなことをしちまうんだ。こういうのを生きる価値もない無能のクズって言うんだろうぜ」

「こいつはしばらく立つことさえできないだろうな」

「気ばかり立ってこの様とは笑えない冗談をやってくれるやつだぜ」

「こんな身体じゃもう二度と悪さできねえだろ。でもまあ、こいつももう一生牢の中、関係ないか」

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