18 『着信あり、傘を差して待つ』
晴和王国、武賀ノ国。
鹿志和城の一室。
ババ抜きを始めたトウリとウメノとチカマル。
最初に、ウメノの手元にあったババがトウリに移り、次にチカマルが引くがババは動かず。
ぐるっと一周して、またチカマルがトウリの手札を引く番になった。
チカマルはトウリ同様、相手の表情などまったく意に介することなくカードを選ぶ。
それは、ババだった。
しかしチカマルはまったく表情を変えない。
「それにしましても」
と、チカマルは口を開く。
「洒落た柄でございますね。火ノ鳥と言えば、こんな話をご存知ですか?」
別にトウリとウメノ、どちらに言ったというふうでもない。
「別名フェニックス、この伝説の鳥は、原初にはルフの名で生まれたそうです。メイルパルト王国の伝説ですね。伝説としてはメイルパルト王国のルフが最古のようです。そのルフ、再生するのは自分ばかりでなく、世界そのものもルフの加護で再生されたとか。しかし、世界樹までが再生されたものなのかはわからないといいます」
「世界樹がババの絵柄なのも、そうした伝説や自然とは別の特殊な性格から来ているのかもね」
相槌を打つトウリを見て、ウメノは首をかしげる。
「やっぱり、姫にはわかりません」
「難しかったかな」
「お二人のどちらがババを持っているのか、姫は考えています」
「ああ、そっちの意味か」
とトウリは理解して、苦笑した。
王都。
スモモが向かったのは、歌舞伎座の前だった。
馬車から降りて、魔法道具でもある巾着、《召玄袋》から小瓶を取り出した。
「ヒサシさんの買ってきた《瓶詰ノ船着場》って、意外にも馬車にも使えたんだよねえ。馬も睡眠状態と同じになるから居心地がいいらしいし、ホント便利だわ。じゃあ、ちょっとお休みしててね。スズカ」
愛馬スズカに声をかけ、《瓶詰ノ船着場》で馬車を小瓶に収納し、小瓶を巾着にしまった。
歌舞伎座は白壁の四階建て。ちょっとしたお城のような立派さである。
持っていた紙コップが震える。
「あ、着信。はい、スモモだよ」
『あと五分で着くよ』
「わかった。気をつけてね」
通信を切り、スモモは小さく息を吐く。
「あ、降ってきた。すぐに歌舞伎座に入るし、タイミングとしては悪くないか」
魔法道具でもある《召玄袋》という巾着袋から、スモモは傘を取り出した。
バッと傘を広げて差す。
傘を差して待っている間、提灯を眺める。
長尾宏右という人の作品らしい《百面灯》なる提灯は、いろんな顔になっていて、明かりは灯っていない。対して、その隣に並ぶ田留木提灯と呼ばれる《花提灯》は、水を栄養とするため明かりを灯している。鉛色の雲に覆われた暗い天候では、この灯りは絵になった。
きっかり五分すると、友人がやってきた。
大卯木美織。
昔、スモモが王都の学び舎に通っていた頃に知り合った。兄のオウシやトウリにとって大事な友と呼べるコジロウやキミヨシやミナトと同じように、スモモにとってはかけがえのない親友である。
ミオリは一五八センチほど。年はスモモと同じく今年十八歳になる。いかにも江戸っ子な父親とは顔つきも性格も割と似ているとスモモは思っている。
「やあ、スモモ。待たせたね」
「まだ全然待ってないよ」
「この前はスモモの要望で王都少年歌劇団『東組』を見たから、今日はあたしに付き合ってもらうよ」
「オッケー。ミオリ、歌舞伎好きだもんね」
「それだけじゃない。この時間からの演目は、お笑いもやるからいいんだ。行こう」
「あはは。ミオリはお笑いも好きだねえ」
「前にもいっしょに観た、今昔亭山蔵太さんが目当てといっていい」
「だれだっけ?」
「『講談界の未来の大看板』と呼ばれる講談師さ」
「へえ」
それがだれだったか、スモモは覚えていない。しかし楽しみだった。
――わたしとしては遊べればなんでもいいんだけど、ミオリはうれしそうだなあ。
嬉々とスモモはミオリと劇場に入った。




