33 『潜在能力の階段』
道の途中で、サツキは聞いた。
「マフィアたちの居場所はわかってるんですか?」
「おおよそはこっちにいる仲間が情報をくれたが、正確な場所はわからない。だから、さっきカードを投げておいた」
と、レオーネが答える。
最後、逃げてゆくマフィアにカードを投げていたが、そのカードはマフィアの背中に当たると消えてしまっていた。
「確か、《伝磁誘導》と言ってましたね」
「そうです。レオーネが使ったその魔法は、相手に特殊な磁力を与え、右手がその場所へ導いてくれます」
「と言っても、軽く引っ張られる感覚があるだけなんだけどね」
ロメオとレオーネの説明を受け、サツキは感心してしまう。さっきからいくつの魔法を見せてくれたことだろうか。
だが、レオーネの魔法は止まらない。
「そうだ。手伝ってくれるキミたちに、前もってお礼をしておこう」
カードを一枚宙に浮かべると、それがハンマーになる。
「《発掘魔鎚》。このハンマーで叩くと潜在能力を引き出せる。まだ眠っている才能を発掘するようなものだ」
「眠っている、才能……」
「ああ。能力というものを、階段のように何段もあると仮定してみると、人によってはその階段の段数が多かったり一段の高さが高い場所もあるんだ。まだ昇っていない部分が潜在能力、現在地がその人が身につけた実力というふうに言える。そいつを、一つ叩くと一段分引き出し昇らせる――つまり一段分上にいけるって魔法さ」
「そのとき、潜在能力の上限も一段分増えますから、頑張り次第でさらなる高みへ行けます」
レオーネとロメオの言葉に、サツキは自分なりの要約をしてみた。
――つまり、ゲームで例えれば、レベルが1つ上がってレベルの上限も1増えるようなものだろう。最大100レベル、現在50レベルのキャラクターが、51レベルにレベルアップして最大レベルも101になるようなものか。
実際、その考えで合っている。
以前、トウリがそろばんを使って《偏差値操作》をリラにしてやったが、あれも上限を上げて現在のレベルも変更できる効果を持つ珠もあり、さらにパラメータの配分を自由にいじれるようなものだったが、それに比べるとレオーネの《発掘魔鎚》はシンプルである。
「じゃあ、行くよ」
トン、トン、とサツキとルカの肩をハンマーで叩く。痛くはないが、パコンと身体の中のどこか一カ所だけを打たれたような謎の衝撃を感じられた。
「自分では気づきにくいけど、これでキミたちは才能が一つ開花した」
「ありがとうございます」
と、サツキとルカは声をそろえた。
レオーネは自分の右手にビリッとした電磁反応を感じる。
「さあ。もう少しで着くらしい。急ごう」
マフィアのアジトは、存外に立派な建物だった。
三階建てのビルで、外から見れば閑散とした静けさがあった。
「マフィアには組織の単位としてファミリーってのがあるんだ。その中でも彼らコルチリア・ファミリーはやりたい放題で街を荒らして、抗争によってイストリア王国を去った。コルチリア・ファミリーは解散したはずだった。だが、また集まり、ガンダスで力を蓄えようとしていると聞いてね」
「勢力を拡大させる前に潰しておこうとなったんですよ」
レオーネとロメオの説明を聞いて、サツキは聞いた。
「もしかして、お二人もマフィアなんですか?」
くすっとレオーネが笑う。
「いいや。うちのリーダーは世界中に配下を持つカリスマでね、マフィアとはまったくの別物さ。でも、拠点のイストリア王国ではマフィアとも縄張りを分け合ってるんだ。オレたちのテリトリーは首都マノーラ」
「一種の革命家だと思ってくれていいです。我々の組織が大きくなったゆえに、マフィアとも互いに不可侵条約を結び牽制し合う必要が出てきてしまっただけですから」
ロメオの言った内容も、サツキとルカにはピンとこなかった。だが、彼らはマフィアでもなければ悪い人でもないらしい。
「さあ。飛び込むよ」
「ワタシとレオーネのあとについてきてください」
レオーネとロメオが走る後ろを、サツキとルカも駆ける。
アジトの内部に侵入すると、マフィアたちが待ち受けていた。
サツキとルカは目を合わせる。
ルカは手のひらを前に向けて、
「《刀山剣樹》」
先制で全体攻撃を仕掛けた。
一度に十人程度が行動不能になる。
「撃て! 総攻撃だ!」
さっき指示をしていたマフィアではなく、別のマフィアが命令していた。
「彼がコルチリア・ファミリーの『ドン』凝塵合郷久新だ。しかし、ルカくんの魔法もなかなかいいね。助かるよ」
「いいえ」
レオーネに褒められても、ルカはクールに謙遜する。
サツキはこめかみを叩く。
――《透過フィルター》、発動。
全体を見つつ、特に『ドン』ゴークアラを観察した。
流れるようなコンビネーションでレオーネとロメオは銃撃に対応する。
「《互線譜》」
「《打ち消す拳》」
銃から弾が放たれた瞬間、それらは音に互換されてしまう。音となって消えてしまった銃弾に、マフィアたちは目をしばたたかせるばかりだった。この場にはやけに音の数の多い音楽が奏でられるのみとなる。レオーネの扱う魔法だった。
さらに、ロメオが地面を思い切り殴る。
その様子を見たルカがつぶやく。
「サツキ、地面の魔法陣が……」
「ああ」
地面には魔法陣が描かれていた。それにはサツキもルカも気づいていた。だが、ペンで描かれたわけでもない魔法陣を消すのは、特殊な魔法でないと無理なことなのだ。
それをロメオはパンチひとつで破壊してしまった。
床まで割れて、建物が大きく揺れる。
「なにぃ!? オレの《牢獄陣》が、魔法陣ごと壊されるだと!?」
『ドン』ゴークアラが驚愕の表情を浮かべた。
「や、やつを撃て! ベルトルド!」
「《レーザーマシンガン》!」
ベルトルドと呼ばれた四十歳程のマフィアが拳を突き出した。キラリと光る大きな宝石を埋め込んだ指輪から、断続的なレーザーが大量に発射される。それらがロメオに当たった。
「グハハハハハ! おれは『裏社会の貴族』有尾部流採度! 相手が悪かったな若造ども! グハハハハ、ハハ……は?」
しかし、レーザーはすべてロメオをすりけてしまっている。ロメオの背後の壁が砕けるのみである。
ゴーグルをかけたロメオが口を開く。
「ワタシの《魔法透過》は、ゴーグルをかければあらゆる魔法をすり抜けることができるんです。残念でしたね」
「そういうこと。じゃあ、そいつは預からせてもらおうか。《鏡面交換》」
レオーネはカードを手に宣言した。
「へ?」
『裏社会の貴族』ベルトルドは目を丸くした。
右手の中には石ころが握られ、視線の先にいるレオーネの左手には、さっきまで自分が持っていた指輪が握られていた。
「《鏡面交換》。相手が持っている物や身につけている物と、自分の物を交換する魔法だ。相手が右手に持っている物を交換したい場合は、相手を鏡のように見立て、自分が左手に持っている物を差し出さないといけない」
レオーネは指輪をコインのように指で弾き、宙に上げる。
「《レーザーマシンガン》って言ったか。悪くない魔法だし、盗っておこうかな。媒介はなくてもよかったんだけどね」
真っ白なカードを宙に投げる。すると、カードに情報が書き込まれ、指輪がカードの中に入り込んでしまった。
「おれの指輪が……」
その間に、隠れていた別のマフィア一人が銃を撃ちかけてきた。
飛んでくる銃弾。
サツキはそれを一閃。
「なに!? 銃弾が斬られた!?」
愛刀『桜丸亀吉』で銃弾を斬ったあと、ルカが手のひらを向け《お取り寄せ》で槍を飛ばして銃を持っていたマフィアの肩を貫く。
「やるね。いい目だ。コンビネーションもいい」
「助かります」
レオーネとロメオにそう言ってもらえるが、この二人ならサツキが援護するまでもなくなんとかしていたことだろう。二人の活躍に比べるとたいしたことはない。
「いいえ」
謙遜しながらも、サツキは自身の剣に驚いていた。
――斬れた……! まさか本当に斬れるとは。《透過フィルター》で隠れている一人にも気づいていたから銃弾が飛んで来る予想はしてた。二発連続じゃ対応するのは無理だった。でも、身体のキレ、パワー、瞬発力、どれを取っても、今までの自分の身体と違う。《緋色ノ魔眼》も能力が開発されたらしい。前より動体視力が上がってる。まるで、コマ送りで見る機能がついたみたいに。
よりスムーズに桜丸へと力が伝わり、より正確な太刀筋で刀を振ることができた。ただ冴えていたわけではない。
――これが、俺の力か。レオーネさんに潜在能力を引き出してもらったおかげなのか。
ルカも、サツキの反応速度の向上と自分の《思念操作》の精度が上がった実感があった。
――サツキ、動きが違う。これも《発掘魔鎚》の力かしら。私も以前はできなかった微細なコントロールが効いていたわ。
ドロー、と言ってレオーネは一枚カードを引く。
「来たか。補助カード、《取捨選択》。手札から好きなカードを一枚選びトラッシュして、山札から好きなカードを一枚選んで手札に加える。じゃあこれを捨てて、こいつを引かせてもらおう」
手にしたカードは、
「《波動砲》」
片手を上にあげ、身体の倍以上の大きさの球体を作り出す。魔力がうねることで形作っていた。肩にかけている上着が風になびく。
レオーネは渦巻くような球体を正面に投げつけた。
「このレベルの魔法だと、本物の半分以下のパワーさえ出ないのがネックだが……」
「それでも、とてつもない威力が出せる」
と、ロメオが苦笑する。
なんとかギリギリで避けたゴークアラだが、建物は半壊している。このままでは全体が崩れ去るのも時間の問題だろう。
――まあ。正直なところ、彼の全力はオレも見たことがないんだけどな。
レオーネは心の中でつぶやき、
「さすがだよ。『波動使い』」
と微笑んだ。
「外へ出ましょう。建物が……」
サツキがそう呼びかけると、レオーネは穏やかに言った。
「オレはやつらから、あるお宝を奪い返さないと行けなくてね。ロメオ、二人を外へ」
「了解。さあ、サツキさん、ルカさん。外へ」
ロメオが誘導しようとするが、サツキはひと言だけレオーネに伝える。
「レオーネさん、そのお宝かはわかりませんが、ボスの左の胸ポケットになにかあります」
「ありがとう」
互いに言葉を交わして、ロメオはサツキとルカを外へ連れ出し、レオーネはカードを一枚使う。
「《ハデスの取引》。これでトラッシュしたカードの中から一枚呼び戻す。そのカードは、《鏡面交換》。『ドン』ゴークアラ。あなたがこの期に及んでも守っているのはどうやら左の胸ポケットらしい。彼の報告通りなら……」
「ななな、なんだと! 適当なことを抜かしやがって」
ゴークアラの反論もむなしく、彼が胸ポケットに手を入れると、すでに宝玉はレオーネの手に渡っていた。
「宝玉が……」
レオーネはゴークアラに宝玉を見せつけ、踵を返す。肩越しに振り返り、上着をたびなびかせて言った。
「うちのリーダーは美しい物が好きなんだ。『華麗なる大盗賊』は『美の化身』でもあってね。じゃあ、さようなら」
外に出ると、建物が崩壊していった。
たったの数分でアジトを全壊させてしまったレオーネとロメオ。
二人の能力にサツキとルカは驚かされてばかりだった。
「今回はありがとう。ファインプレイだったよ。この通り、お宝はいただけた」
「それはよかったです」
サツキは、レオーネに微笑を返す。
「お二人と過ごせて楽しかったです。サツキさん、ルカさん。この度はありがとうございました。それでは、またお会いできることを願って」
「オレたちは行くよ。またね」
二人の挨拶に、サツキとルカも丁寧にお辞儀して返す。
「アイス、おいしかったです。ごちそうさまでした。またお会いできたら」
「こちらこそありがとうございました」
サツキとルカは、背中が見えなくなるまでレオーネとロメオを見送った。
それから、ルカはサツキに向き直った。
「すごい二人だったわね」
「この世界には、あんな人たちもいるんだな」
「私たちも強くならないとね」
「うむ。帰って修業だ。あの《波動》というのを見て、俺はなにかつかみかけてる。そんな気がしてるんだ」
「うん。よかったわね。じゃあ、私たちも行きましょうか」
サツキとルカは宿への帰路についた。
『千の魔法を持つ者』振作令央音と『無敗の総督』狩合呂芽緒。二人との再会は、もうしばらく先になる。




