22 『暴走ハイジャンプ』
時間は少し戻る。
浦町矢春と名乗った『モノクロの暴走列車』と、ルカの戦闘が開始されたとき――。
ルカは二つのことを考えた。
――第一に、サツキと合流する前に、このヤーバルって女騎士を始末しておかないと。
ヤーバルはパンダ風の自転車にまたがったまま高らかに叫ぶ。
「ちゃあああああ! 《大熊猫加速》!」
自転車は、人力ではありえない初動で走り出した。
――第二に、どうやって倒すかね。
突撃してくる相手に冷静に手のひらを向け、
「《刀山剣樹》」
魔法を発動させる。
刀や剣や槍の山が地面から出現し、ヤーバルの進路を塞ぐ。
だが。
「《大熊猫加速》!」
左に急旋回してかわし、ルカに迫ろうとしていた。
――やるじゃない。
刀剣の山を地面に溶け込ませるように元の場所に戻す。これらが保管されているのは、玄内にもらった魔法《拡張扉》の一つ、《金色ノ部屋》。約二十四畳の空間によって管理されている。
その中から、ルカは《お取り寄せ》で槍を取り出す。
――やったことない使い方だけど……。
ルカは試した。
初の試みとして、槍の上に座った。
そのまま《思念操作》で槍を上空に飛ばしてみる。
「なにアルか!」
ヤーバルは目を剥く。
――できた。
槍はルカを乗せたまま上空に飛んだ。
――けれど、あんまり持たなそうね。時間的にはごく短時間での使い方がせいぜいかしら。五秒ももたない。
それでも、ルカはこの通りに面した家の屋根に降り立つことができた。
「『花園の大和撫子』……あんなマネまでできたアルか! 降りてくるアル!」
「……」
挑発にも無言を貫いて周囲を観察し、
――ここじゃ市民に迷惑がかかるわね。
と思い、屋根の上を走って移動する。
走るのが得意なわけではないが、屋根の上を飛んで渡るくらい造作もない。
ペースを落とされたヤーバルは、焦れたように声を荒げる。
「卑怯アル! 正々堂々勝負のコトよ!」
人通りが徐々に減ってゆく。
屋根の上から様子見していたルカは、ヤーバルの攻撃がないことに安堵した。
――どうやらこの女騎士、遠距離による攻撃手段はないらしいわね。自転車で距離を詰め、背中の剣で戦うか……あるいは、自転車で突っ込むくらいかしら。
そのとき、ヤーバルはとある家屋を見つけた。
「あそこアル!」
ヤーバルが見つけたのは、家の壁に立てかけられた板だった。
「……?」
「ちゃあああああ! 《大熊猫加速》!」
自転車はその板を利用して、急斜面になった壁を走り、ついに屋根の上へと飛び上がった。
「うそ……」
ルカは声を漏らす。
「度肝を抜いてやったアル!」
一直線にルカへと突進しようとするヤーバルを、ルカは冷静に対処する。
「《刀山剣樹》」
屋根の上いっぱいに刀剣の山が出現する。
「悪いわね、肝は据わってるほうなの」
「甘いネ! その技は見切ってるアルよ!」
ヤーバルは驚くべき自転車コントロールテクニックで、槍の一本の上を綺麗に走って、それを発射台にするように飛んだ。
刀剣の山が飛び越えられる。
「やるじゃない」
今度は、ルカは声に出してそう言った。
――私のコントロールの雑さのせいで、攻略ルートを与えてしまっていたのね。それに、槍一本でもそのコントロール精度が低いから高速で移動できる彼女を仕留められない。そのせいで戦闘が長引く。……やっぱり、繊細なコントロールの修業が足りてないみたいだわ。
仕方ない。
ルカは帽子を押さえて飛び降りる。
すたっと着地し、また走った。
そのとき、ルカの足首に痛みが走る。
――痛っ……ちょっと、足首をひねったみたい。でも、このくらいなんてことないわ。
しかしヤーバルは簡単には降りてこないで屋根の上をうまいこと走っている。
――私の移動速度が遅いから、あんな真似させてるのね。
とルカは歯噛みする。
苦手なタイプの相手には、相手の戦闘力がそれほどでないとしても、こうも苦戦してしまう事実がルカには悔しい。
だが、気持ちを切り替える。
まずは現状……、とルカは頭を整理する。
――もし彼女が降りてきたら、私がまた屋根の上に槍で飛ぶ。そうすれば、彼女はなにかのきっかけがないと上に来られない。おそらく、私がこの通りにおいて、彼女と反対側の屋根の上に飛んでも、彼女の自転車コントロールテクニックなら飛び移ることもできるでしょうし……隙を見せて誘い込むか、でなければ……。
そう考えたところで、ルカは発見した。
――あれは、『くじら館』。
光明を見つけた。
作戦が浮かぶ。
――戦術はこれでいい。あとはギリギリの追いかけっこをするだけだわ。
槍を飛ばす。それに乗って、ルカは通りを挟んでヤーバルがいるのと反対側の屋根に飛び乗った。
「やっぱりそう来たアルか」
歯を見せて笑い、ヤーバルは叫ぶ。
「ちゃあああああ! 《大熊猫加速》!」
ヤーバルは平気でルカのいるほうの屋根にも飛び移ってきた。ルカは槍に乗って反対側の屋根に飛び、それをヤーバルが飛び移って追いすがる。
「ほらほら! 逃げてるだけじゃなんにもならないアルよ?」
追い詰めている実感が出てきたヤーバルは口数が増えてきた。
その間にも、ルカは計算していた。
――そろそろ屋根もなくなる。そうしたら、波止場の『くじら館』はもう目の前。あとはうまく誘い込む……!
屋根から飛び、槍に乗って降りる。足首への負担を少しでも減らすための工夫は、ルカの魔法の新たな使い方と修行にもなっていた。
ルカは攻撃に転じた。
「くらいなさい!」
槍を三本、同時に《思念操作》で動かしてヤーバルを狙う。
ヤーバルは地上に着地して、水を得た魚のように軽々と避ける。
「ぬるいアル! 三本の花束なんて地味アルよ、『花園の大和撫子』」
だが、ルカは攻撃の手を緩めない。
「しつこいアルね」
波止場の先まで走り、『くじら館』の横まで来る。
そして、背中が海、という場所でルカは立ち止まって振り返った。
「追い詰めたアル!」
「……」
勝利を確信したヤーバルは、その場で自転車の前輪だけ上げてウイリーのような形でくるくる回った。
「とどめを刺してやるアルぅー! ちゃあちゃあちゃああああ!」
喜びの舞を終え、ヤーバルは魔法を唱えた。
「ちゃあああああ! 《大熊猫加速》!」
走りながら、背中の剣も引き抜く。
ルカは手のひらを向けて応じる。
「《刀山剣樹》」
「だからそれは効かないアル!」
しかし、今回の《刀山剣樹》は、道いっぱいに刀剣の山が敷き詰められ、横から回ってくることは不可能。
――だが距離があるアル! あの一本の槍が、発射台のコトよ! そう、地獄の底への!
会心の笑みでヤーバルは数ある槍の中の一本の上を、絶妙なコントロールで走る。
――上から串刺しネ!
「ちゃあああああ! 飛ぶアルぅぅぅう!」
このとき、ルカは口元に冷笑を浮かべた。
「飛びなさい」
「へ?」
ヤーバルの自転車のタイヤが乗っかっている槍は、先程、追いかけっこのときにルカが屋根の上へと飛ぶのに利用したように、上空に向かって斜めに飛んでいた。まるで発射台がいっしょに発射したかのように。
――私の力では、ここまでね……。
ふっとルカが《思念操作》をやめ、槍が力なく自転車のタイヤから離れる。
そして、自転車は発射台からもらった勢いを加えて、ビューンと海に飛んで行った。
自身が置かれた状況を理解し、ヤーバルは声の限りにこう叫んだ。
「アイヤァァァァァァアー!」
悲鳴と共に、ヤーバルは自転車ごと海の中へと突っ込んだ。
大きな水しぶきが上がり、波止場の近くにいた人たちが何事かと指差しては通り過ぎていく。
ルカはそれを見送り、ひと息つく。
「地獄という海の底へ、さようなら。まあ、命までは奪わないけれど」
さっと《刀山剣樹》を引っ込めた。
ヤーバルは気絶してしまったようで、顔を海面につけたかっこうでぷっかり浮かんできた。隣にはパンダのぬいぐるみも浮いていた。
「ぬいぐるみ……? まあいいわ」
ルカは《思念操作》で槍を飛ばす。
ヤーバルの服に大雑把に槍を刺し、彼女を波止場まで運んできた。
「重いわね」
つぶやき、ルカは近寄る。
そこで、ルカは発見した。
ヤーバルとよく似たチャイナ服風のかっこうをした女騎士が手足を縛られ、波止場の先にくくりつけてられていた。みの虫みたいにつり下がっている。
ルカは《お取り寄せ》で紐を取り出し、ヤーバルを縛りつける。そして、すでに縛られつるされている女騎士の横に、ヤーバルもつり下げておいた。
「こんなところかしら」
一仕事終え、ルカが波止場から町の中へと戻って行く。
――サツキはどうしているかしら。待ち合わせの場所と時間に私がいないから、異変は感じ取っているはず。
サツキとの合流を考えて歩く道の中で、玄内に遭遇した。
「先生」
「ルカか」
せっかく玄内に出会えた。サツキの様子を見に行くより先に、さっきの騎士の魔法を没収してもらうのを先にしたほうがいいと判断する。
「ちょうどいいところに。先生、ちょっと魔法を没収してもらいたい人がいます」
「戦ってたわけだな。わかった。行こう」
ルカは玄内を伴い、再び波止場へ向かった。




