浦浜編×裏1 『新星ウェイブ』
黄崎ノ国。
『難攻不落の城下町』田留木、その中心にあるのが田留木城。
ここで、一声が響く。
「さあて。浦浜をもらいに来たぞ」
そして、三人のよそ者が城門をくぐった。
海の見える一室に、数にして六人が集まった。
「わしこそが鷹不二桜士である。りゃりゃ」
オウシは名乗り、笑い、腰を下ろした。
トウリの双子の兄にして、武賀ノ国の国主。
『波動使い』の異名を持つ『青き新星』。
白い着物に黒い袴、そこに西洋風のウルトラマリンのマントといった奇抜な衣装、大きなまげとキリリとした眉、なにを考えているのかわからない顔をしている。床に置いた太刀は、混合六十五振りの一つ、『一期長寿花』である。
「秘書をしております、巴智花丸でございます」
チカマルはぺこりとお辞儀し、オウシの一歩後ろに控えている。
年はリラやナズナやチナミよりも一つ下の十歳、この年十一になり、ウメノと同じになる。常に愛らしい微笑をうっすらと顔に貼り付けた美少年で、おかっぱ頭が幼さを強調するが、利発そうだった。『賢弟なる秘書』としてこの若さですでに近国にも知られている。彼の太刀は、業物の『不動明衣』である。
最後に、茶人風の人物が挨拶する。
「ボクは、鷹不二氏五奉行兼黒袖大人衆の一人にして鷹不二水軍総長、人呼んで『鷹不二の御意見番』あるいは『便利屋』の『茶聖』辻元恒です。よろしくお願いしますね、小座川さん」
軽妙かつ雄弁な挨拶をし、オウシの半歩後ろに腰を下ろす。
茶人か易者かと思う出で立ちである。年は四十二歳、背は一七九センチと長身で、手には杖を持っている。その杖を床に置く。
今度は、反対側にいる三人が挨拶する。
真ん中の人物が着座のまま一礼する。
「小座川黙練、ここ黄崎ノ国の国主です」
「存じていますよ。久しぶりですね」
ヒサシが軽い調子で言うと、モクレンは硬い顔で顎を引いた。
モクレンは、四十五歳。『関東の覇者』の異名をとる関東一の大名らしい力強い目で一同を睥睨する。衣装も豪華、武力も知られており、名家としての尊厳も備えている。
「子の小座川善毎です」
ゼンマイはそんなモクレンの一歩後ろに座っており、深々と頭を下げた。
第一子、つまり次期当主である。年はまだ十八だから、オウシよりも四つ下になる。父に比べて線は細く、武闘派という感じではないが、知性派というほど鋭そうに見えない。背は父より少し高く、総じて優しげだった。それゆえ、『優しい若君』としてこの田留木城下町でも親しまれている。
三人目は、家老にして参謀である。
「家老の小座川粋仙です。モクレンの叔父に当たります。『黄崎の粋人』なんて呼ばれたりもしますが、ただの趣味人だと思ってください」
スイセンは、国主モクレンの父の弟になる。つまりモクレンは彼の甥であり、スイセンはかつてモクレンの父の右腕だった。父の代でも仕えており、父、兄、甥と実に三代に渡り小座川氏を支える智将である。現在、六十四歳。
「こうして顔を合わせるのは久しぶりだけどさ、お二人は変わらないなあ。それに比べ、ゼンマイくんは二年前と比べてすっかり大きくなったねえ」
双方挨拶が済むと、ヒサシがつらつらとしゃべり出す。
落ち着き払った声で、スイセンがまろやかに言った。
「前回、オウシさんとトウリさんがお越しになったとき、ヒサシさんもいっしょでしたな。その頃に比べれば、オウシさんもまた一層大きな風格が備わってきたものですね」
「ねえ。まったく立派になってきてますよ。うちの大将も」
「あはは。茶会や和歌の会でときたま顔を合わせる我々ばかりがしゃべっても仕方ない。文化人は見守ることにして、オウシさん、どうぞ」
スイセンに促され、オウシは切り出した。
「はい。さて、わしの用件は単純明快、浦浜をもらいに来ました」
「黄崎ノ国と武賀ノ国の今後についての大事な会談。そう言われたから話を受けて招待したが、話にならん」
国主モクレンは威厳を持ってそれだけ言う。話し合いたくはなさそうにオウシの目を見ない。
モクレンとしては、新興の弱国・武賀ノ国が、関東最強の黄崎ノ国と同盟を結びたい、と願い出るためにやってきたものと思っていたのである。それがまさか、同盟どころか晴和王国最大の貿易拠点、浦浜を寄越せと言ってくるとは予想外だった。話にならない。
「まあそこまではまだ伝えてなかったもんねえ。うちとしてはタダで浦浜をもらうのも悪いから代替案もあるわけだしさ、話し合いましょうか」
飄々とヒサシが言ってのける。
「代替案? ワシは、そもそもこの国の領地を少しも渡したくはないが」
「そう言わずに、話を聞いたらどうですか」
叔父スイセンに諭され、モクレンは渋々ヒサシに問うた。
「では、どういったお話がしたいのか、詳しくお聞かせくださいますか?」
「そうだよねえ。詳しく聞いてこそ、自分たちがどれだけ危うい状況かわかって、結果、浦浜を手放したいって思うだろうしね。大将」
ヒサシがオウシに視線を送る。オウシはうなずいた。
――ひーさんに任せてもいいが、やはり、わしが言うべきじゃ。
オウシは口を開く。
「浦浜は、晴和王国の辻になる場所じゃ。西は東海道、北は王都を貫きその先へと続く星廊街道、他にも細かな街道が入り込む。また、東は海を挟むといえ安総ノ国がある。こうした地形は、新戦国の世には軍事的に重要な意味を持つ。攻め込まれやすいんじゃ」
「その儀はよく存じていますがな」
と、モクレンは眉をひそめた。
「二年前、浦浜は安総ノ国からの襲撃を受け、我ら武賀ノ国が守った。それゆえ、川蔵をいただいたわけですが。今度は、浦浜もいただきたい」
モクレンが眉をひそめたのも、過去にそうしたことがあって、武賀ノ国には恩があるから持ち出されたくなかったからである。脅しにも聞こえたことだろう。
「確かに北伐のためワタシが国を離れたところを付け狙われたのは、ワタシの不覚が招いたこと。しかし同盟により、浦浜はワタシたち黄崎ノ国のものと決まったはず。それをなぜ今更」
「だからこそ申し上げにくかった。折衷案として、浦浜を王都直轄領にするのも一つです」
「いや、待て。どうしてワタシが浦浜を手放すことは決まったように言うか」
「少しでも気を抜いていたら簡単に斬り取られてしまう要所。しかも貿易拠点だから価値も高い。みなが欲しい。それをここまで守り抜いてきたモクレンさんをはじめ小座川氏の功績は素晴らしいものです。が。残念ながら今は危機感がない」
「あると自負しているからこそ、今も浦浜は我らが黄崎ノ国に属している」
ここは、『関東の覇者』モクレンも自信があることだった。胸を張る彼に、オウシは笑いかけた。
「りゃりゃ。これはますます危ない。対外的な危機感がこうもないとは」
「なんだと?」
「今、晴和王国には力があると思って眠りの中にいる侍も多い。諸外国がみな危険なわけじゃない。黎之国じゃ。あそこの人間が多いのが浦浜の特徴。それはいい。結構なことである。しかし、友好的な丙之国や趨之国ならばそれでよいが、黎之国からは土地を買う者や経済を抱き込む者もある」
「なにが言いたい」
「浦浜ばかりじゃなく、晴和王国を守る気運がないということです。今も、商業船の顔をした軍艦も来ている。気づいておられましたか」
「い……む、むろん」
気づいてなどいない。だが、そう答えるしかない。
そのとき、オウシはおもむろに立ち上がった。
「なんだ」
やる気なのかと身構えるモクレンだが、オウシは刀を置いたままだし、窓の外を見ている。
「船が見える」
「ああ。見えるな」
「ちょうどあれじゃ。あれがまずい」
そうつぶやくと、オウシは窓からひょいと飛んだ。
飛んだらそのまま宙をゆく。
――やつは、空を飛べるのか。
この世界で、飛行する魔法はかなり貴重なのである。これを見るだけで、オウシの特殊性がモクレンにも多少はわかる。
オウシは空中を飛び、途中でピタリと静止し、右手を上げ、手のひらを空に向けた。
手のひらの上に球状の渦が巻かれてどんどん大きくなる。渦は水とも空気とも違った、不思議なエネルギー体のように見える。
「はあああああああああああっ! 《波動砲》!」
力を溜めるようにして叫び、技を繰り出した。
球状の渦が身体の三倍くらいの大きさにまで膨れ上がり、その手を船に向かって下ろすと、球状の渦は船へと一直線に飛んで行った。
直撃。
船が爆発し、無事な箇所も残らないほどに吹き飛んだ。
海面からは三十メートルを超えるほどの水しぶきが上がる。
ものすごい爆音がここまで鳴り響き、モクレンの息子ゼンマイが頭を抱えてうずくまってしまった。
「ひぃっ!」
「こ、こら。落ち着け」
父モクレンに注意され、ゼンマイは顔だけゆっくり上げる。そこには、この派手な音にも一切ひるまずにこやかな微笑を浮かべ続けるチカマルの顔があった。まだ十歳なのに肝の据わったことだ、とモクレンは思う。
――それ以上に、やはりゼンマイはダメだ。臆病で武も才もない。知略にも期待できない。この年にもなって米とおかずの配分もできない程度の計算能力では、小座川の先が思いやられるわ。いつまでも『関東の覇者』を名乗れないだろうな。
「それにしても、なんて爆発だ……」
あまりのことにモクレンはこのあと引き起こされる自然災害の可能性をまるで考えられずにいる。
だが。
オウシは海の上まで来て、波に触れる。
すると、津波も起きそうなうねりがしんと静まった。
「あんなことまで……」
モクレンは驚き目をむいた。
その横からヒサシがニヤニヤ笑いながら口を挟む。
「あの程度はうちの大将には軽いことですよ。《波動》でね、波を鎮めたんです。あの《波動砲》にしたって全然本気じゃないしねえ。半分くらいじゃない?」
「さあ。あのお方は底が知れませんので」
にこやかにチカマルは相槌を打つ。
オウシは波を落ち着かせると、悠々と空を飛んで窓を通り戻って来た。
「余計な爆発までしくさるわ。りゃりゃ」
「ん?」
眉根を寄せるモクレンに、オウシは言った。
「爆音の話です。つまり、あの船が爆破物を積んでいた証拠。ああいった輩を近づけさせず。それが我らの目的。ゆえに、王都直轄領にして見廻組なんぞに任せてもいい。そういうことです」
ふぅっと、モクレンは長嘆した。
「もうわかった」
「それはよかった」
再び、オウシはどかっと腰を下ろす。
「そういえば、噂ばかりで実際に聞いたことはなかったか。オウシさん。あなたの魔法は、《波動》でしたか」
「はい」
「なるほど。この目で見ればわかる」
『波動使い』鷹不二桜士。
これは値打ちのある男だ、とモクレンも認めた。
「ワタシは決めました」
あらゆることを《波動》によってできる『波動使い』。この時代の寵児が狙う浦浜を、現在手にしている『関東の覇者』モクレンがした決断は……。
そして、その浦浜で現在巻き起こっている喜劇はこのあとどうなるのか。
重なることのない二つの場面と、重なり合う浦浜の人間模様は複雑に交錯してゆく。




