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4 『抜刀フラッシュ』

「シャキシャキのもやし、おいしいです。まったりのスープもいいですね」

「お野菜がおいしいラーメンですね」

「うん。そうだね」


 向こうの三人組の声を聞きながら、ヒナはエビフライをサクサク食べてタルタルソースをたっぷりつけて最後の一口を放り込む。

 ごくりと飲み込んだ。


「うん」


 ――おいしいわね。あたしに《(うさぎ)(みみ)》の魔法がなければもっとおいしかったんでしょうけど。まあ、いいわ。ごちそうさまでした。


 手を合わせて心の中で「ごちそうさま」を小声で唱えて席を立つ。


 ――どれ。どんなやつがおいしい思いをしてたのかしら。「とうりさま」と「ひめ」じゃないもう一人は、なんか聞いたことある声だったような……。


 通りすがりにその席を見やると、


「うげっ」


 思わず声が出た。


「?」


 知っている顔だったからである。だから声が出てしまったのだが、その声に反応してこちらを見返した少女から顔を隠すように背中を向け、カニ歩きをして階段まで移動し、ダッシュで階段を下りる。


 ――王都にいた、あのときの女じゃないの!


 それは、ヒナが幼馴染みの家を訪れたとき、ちょうど同じタイミングで隣の家から出てきた、自分より少し年下っぽい女の子。

 カウンターにいた店員に、会計札を渡す。


「ごちそうさまでした」

「はい」


 店員は営業スマイルで札を受け取って、値段を告げる。それを支払い、ヒナは急いで店を出た。


「ふう」


 息を吐き、手の甲で額を拭う素振りをした。

 たまたま昼食に選んだ店で、なぜか王都でも出会った少女を見かけて慌てて外に出てしまった。それについて、だれにともなく心の内で言い訳する。


 ――見ず知らずの人となかよくなんてできないわ。べ、別に人見知りってほどじゃないけどさ。でも、結局「とうりさま」と「ひめ」って何者だったのよ……。


 考えても仕方ない。

 さて、とつぶやき気持ちを切り替える。


「出発」


 ヒナは歩き出す。

 頭についたうさぎ耳のカチューシャをぴょこぴょこ跳ねさせ、黒いセーラー服姿の胸にある黄色いリボンを揺らせる。

 港町の涼やかな風を受け、ヒナは髪を押さえる。

 ヒナはサツキと同い年で、とある目的のために天体観測を続けながら旅をしている。


「図書館には昨日行ったし、今日は浦浜宇宙科学館にでも行こうかしら。(しろ)()(さつき)を探すのも兼ねてね」


 ふと、シュウマイの串焼きを売っている店を見つけた。

()()屋』

 と看板がある。

 串焼きは一本に四種類のシュウマイが刺さっていて、『食べ比べ』の品書きがあった。

 ジト目でシュウマイの串焼きを見て、顎に手をやる。


 ――なにこれ。食べ比べ? 普通のはわかるけど、オレンジ色のこれはなに……。


「お一つ、いかがですか?」


 女性店員のにこやかな言葉に、


「あ、はひ」


 と間抜けな声で答えてしまう。

 女性店員は二十代後半から三十歳くらいだろうか。「おいしいですよ」とうれしそうに手渡してくれた。

 結局シュウマイの串焼きを買ってしまったヒナは、シュウマイにかじりつきながら歩く。


「なによ。オレンジ色のもおいしいじゃない。歯ごたえもいいわね。肉って感じがするし、シュウマイってこんなにおいしかったかしら」


 そこでようやく、『(てつ)(じん)()(ちゅう)(ぼう)』から一組が外に出て、その少しあとにまたもう一組が外に出る。

 それぞれが動き出す中。

 ヒナがシュウマイを買ったのと同じ店『戸来屋』に、入れ違いに少年が訪れた。

 少年は肉まんを買った。

 頭の後ろで髪を一つに束ねた、侍らしい髪型。

 年の頃はヒナと同じくらいか。白い羽織の袖には浅葱色のだんだら模様が入り、腰には二本の刀を下げている。


「ここで食べてもいいですか?」

「どうぞ。ごゆっくり」


 女性店員がそう言うと、「どうも」と答え、せっせとシュウマイをつくっている店主らしき男性にも会釈した。男性は女性店員と同い年くらい。もしかしたら夫婦なのかもしれない。

 少年は店の前に設えられた長椅子に座った。

 顔くらいに大きな肉まんをほおばり、感嘆の声を出す。


「いやあ。うまいなァ」


 にこにことまた一口。


「これだけおっきいんだからすごいや。ふっくら感とずっしり感がたまらないねえ」

「大きくても味にはこだわってるんです」


 他にお客さんもいないから、女性店員はにこやかに話しかけてきた。


「ええ。おいしいです」


 と、そこへ。


「父さんと母さんの肉まんとシュウマイは、滅茶苦茶おいしいんだ。いっぱい食べてってね」


 いつの間にここに顔を出していたのか、ミナトより二つ三つ年下であろう少女がニコッと笑った。


「ね、母さん」


 少女に顔を向けられ、女性店員は苦笑する。


「もう。子どもがそんなにすすめたらお客さんも気を遣っちゃうでしょ」


 そう言われて、少女はてへっと笑った。


「ムラサキ、ちょっと手伝ってくれ」

「はーい、父さん」


 少女は店主に呼ばれて手伝いに入った。

 その様子を眺めて、少年は店員に注文した。


「では、せっかくですのでシュウマイもください。その食べ比べのものを」

「はい。ありがとうございます。きっとおいしいですから、食べ比べも楽しんでいってください」

「どうも。ありがとう存じます」


 シュウマイの串も受け取る。

 両手にそれぞれ肉まんとシュウマイの串を持ち、まったりと味わった。


「しかしよ、変わった港だよな」


 通りかかった青年二人組のうちの片方がそう言うと、少年はそちらに顔を向けて微笑をたたえて言葉を返す。


「よく言われます。おまえ変わってるなって」


 だが、青年は急に声をかけられて戸惑ったように相方にささやいた。


「なんだこいつ。突然しゃべりかけてきたぞ」

「変なやつだよな」

「しかも自分が変わり者だって自分から言うんだもんよ」

「自他共に認める変なやつってことじゃねえか」

「行こうぜ」

「おう」


 二人組の青年を見送り、少年・(いざな)()(みなと)はおかしそうに笑った。


「あはは。なあんだ。僕じゃなくて、港町の浦浜港が変わってるって意味か」


 恥ずかしがるでもなく、(かい)(ぎゃく)(てき)な状況を楽しんでいるようでさえあった。

 湯気の立ち昇るほくほくした肉まんにかぶりつく。


「ああ、おいしい。具もごろごろ入ってるから楽しいなあ。歌でも歌いたくなる。お行儀が悪いから歌わないけど」


 そして、ミナトは顔を横に向け海を眺める。


「風薫る港町、か」


 ――今は肉まんの香りしかしないけど。


 と思いながら、海上の船を見やった。


「いなせだねえ」


 船は何艘もある。

 自分が乗る船はどれになるだろうか。まだ案内所にも行っていないが、急ぐつもりもない。


「あ。お姉さん。あんまんもください。持ち帰りで」

「はい。あんまんですね」


 あんまんの包みを受け取り、互いに「ありがとうございました」と挨拶を交わして、ミナトは席を立った。


「さて。どこへ行こうかな。あんまんはまったり食べたいもんねえ」


 ミナトがつぶやいたとき。

 船の修理をしていた技師が、材木を落としてしまった。


「し、しまった……」


 高さ十メートル程度。この真下で海を眺めている男の子に声を掛ける時間もない。

 ミナトはサッと良業物『()(わの)(あん)(ねい)』を抜き、一振りした。

 数メートル先で海を眺めている幼い男の子の上に落ちてきた材木が、スパッと斬れる。


 ――一度抜けば、なにかを斬らずにはいられない刀。衝撃波とも違う、不思議な斬撃の走り。おもしろい刀だねえ。


 一瞬のことで、ミナトの剣の動きにだれも気づかない。ミナトが抜刀したことさえ知り得ない。


「あ、あぶな――」


 技師の声と斬れた材木がからんと地面に転がったのが同時だった。

 そこで初めて群衆が目を向けるが、なにが起きたのか理解できた者はいなかった。

 ただ一人、船の修理をしていた技師は、呆然とつぶやいた。


「勝手に材木が斬れちまった。なにが起きたってんだ?」


 浦浜に集まる人々は、だれがどこでだれと出会うのか。

 当人たちも知らないそれらの出会いが、いくつもの物語を描き、一つの物語になってゆく。

 それは、戦雲をはらんだ喜劇的で奇妙で騒がしい物語。

 ガヤガヤする人波を通り抜け、『(しん)(そく)(けん)(いざな)()(みなと)はカモメを見上げた。


「そうだ。山上公園にしよう」

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