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幕間前談 『いつか、また二人が会えたら……』

 十三年前。

(かぜ)(めい)(きゅう)(とび)(がくれ)(さと)

 ここに、料理人の一家が訪れていた。

 少年と両親、その祖父母の五人家族。

 少年はまだ六歳の少年、(だい)(もん)(ばん)(じょう)といった。

 バンジョーの祖父が忍者を辞めてメラキア合衆国に移り、祖父にとっては久しぶりの里帰り、バンジョーにとっては初めての晴和王国だった。

 明るい性格のバンジョーはすぐに里の忍者たちと仲良くなった。中でも、同じ年頃の少年、(よる)(とび)(ふう)(さい)と出会い、すぐにケンカをしたがなんだかんだいつもいっしょにいて、二人はそろって一人の忍者にくっついて歩いていた。


「兄者、忍術を教えて欲しいでござる」

「フウゼンさん、それよりオレに料理を教えてくれよ」


 二人が慕う忍者は、十五歳の少年で、(しま)(ばら)(ふう)(ぜん)という。

 特別に忍術に優れているわけではないが、フウゼンは薬学に通じていた。薬膳料理も得意で、そのためにバンジョーには気に入られたらしい。一方のフウサイはずっと兄のように慕っている。


「氏の相手をする時間はないでござる」

「なんだよフウサイ! オレはフウゼンさんに頼んでんだ」

「拙者が教えてもらうんでござる!」

「なんだよ、おまえも料理を教わるのか。じゃあいっしょに教えてもらおうぜ」

「やはり氏は話が通じないでござるな。拙者が教わるのは忍術。料理ではないでござる」

「くそう! 結局どっちなんだ! オレは料理バカだからわかんねえよ」

「だからずっと忍術と……」


 言い合いを始める二人を、フウゼンが優しくなだめる。


「まあまあ。二人共、ケンカしないで」

「フン。拙者はケンカなどしてないでござる」

「オレだってフウサイがよくわからないこと言ってるから考えてただけだい」


 あはは、とフウゼンは苦笑する。

 そこに里長の(よる)(とび)(ふう)(じん)が現れた。『(にん)(ぽう)(そう)(しょう)』とも呼ばれる忍者で、年は五十四になる。


「やってるようだな」

「フウジンさん」

「おまえも元気な二人に慕われて、ご苦労」

「どうされたんです? フウジンさん」

「いや、なに。大した用事でもない。近頃では『(りょう)(しき)(やく)()』としてその方面では里で一番のおまえに、今度帰ってくる忍びたちの薬を調合しておいてやってほしい」

「つまり、丸薬をつくっておけばよいのですね」

「そういうことになる。頼めるかな?」

「ええ。もちろんです」


 里の外に出て諜報活動をしている忍者たちはたくさんいる。彼らが里に戻ってきた際に、丸薬を渡してやるのである。旅で病気になったときのための携帯の薬を用意しておくということだった。

 今度は若いくノ一が現れた。ただし見た目を変化させる魔法《(ぎゃっ)(こう)(じゅつ)》によるもので、実際はフウジンと同い年。フウジンの妻にして、名は(よる)(とび)(ふう)()。見た目を若返らせる魔法のおかげで『(とき)()ける()(じん)』と呼ばれる里長夫人。


「そういうことだから、二人共、仲良く遊んでて」

「拙者は遊ばなくて結構、兄者の薬作りを見て学ぶでござる」

「オレも見てるぜ! 料理をつくるのに似てておもしろいしな!」

「薬は美味しい物ではないでござるゆえ、氏はどこかで遊んでいればよいござる」

「いいじゃねえか、オレも見てたって」

「兄者の気が散るでござる」

「だったらおまえもだろ!?」


 また言い合いを始める二人を、フウゼンは仲裁する。


「まあまあ。二人共、見ていていいから。ケンカしないで? ね?」

「兄者が言うなら。まあ、拙者はケンカをしていたわけではなかったが」

「オレだってケンカはしてないぜ? でも、見てていいんだよな。じゃあさっそく見せてくれよ、フウゼンさん!」

「わかったわかった。じゃあ行こうか」

「御意!」

「おう!」


 フウゼンにくっついて歩く二人を見て、フウジンとフウミは顔を見合わせてにこりと笑った。


「あのフウサイに、あんなに仲良くしてくれる友だちができるなんてな」

「ええ。あの子、無愛想だし他の子より実力も才能もあって、努力もすごくて、年の近い子とはあんまりしゃべらなかったものね」

「バンジョーくんはもうすぐメラキアに帰ってしまうが、また遊びに来て欲しいものだ」

「きっと来てくれるわ。なんかそんな気がするもの」


 祖父母がそうやって孫のことを思っているとき、フウサイはバンジョーといっしょにフウゼンの調合を見ていた。

 二人共なにがそんなに気になるのか、べったりとフウゼンの横にくっついたまま離れず、あれはなんだこれはなんだと質問してばかりいる。

 フウゼンがいちいち丁寧に答えてやり、二人は教えてもらいながらフウゼンといっしょに薬を作ったりもした。

 翌日、フウサイとバンジョーがフウゼンを訪ねると、フウゼンとは同い年で親友のフウテツがいた。

(せん)(かい)(わざ)()(うず)()(ふう)(てつ)は独楽の魔法、《(きょく)()()(じゅつ)》で独楽を自在に操り、忍術の腕も優れた実力者である。


「フウゼンも人気者でござるな。今日もフウサイとバンジョーが来てるでござるよ」

「いらっしゃい」


 二人がフウゼンの家に上がって、この日は四人で過ごす。

 昼時近くになり、バンジョーが胸を張って申し出る。


「今日はオレが昼飯つくるぜ!」

「ありがとう。バンジョーくん」

「楽しみでござるな」


 フウゼンとフウテツはそう言ってくれるが、フウサイはなにも言わない。

 外に出てバンジョーが料理道具を持って戻ってくる。

 すると、料理道具を池に落としそうになった。


「うおっとっとっと!」


 料理道具が池に落ちる直前、フウテツが魔法を使った。


「《(きょく)()()(じゅつ)》」


 透明の糸が飛び出し、その上を独楽が走る。

 独楽が包丁を受け止めるように、落下先に回り込む。そして、包丁が独楽に乗ると、その上でいっしょになって回った。包丁の柄を軸に回転しているのである。

 包丁を乗せた独楽はそのまま透明の糸を伝って戻って来た。


「うおー! カッケー! フウテツさんすげー」

「さすがでござる」


 バンジョーとフウサイが感心した。


「気をつけるでござるよ、バンジョー」

「はい!」


 その後、バンジョーがフウゼンの家で料理を作ってみんなで食べた。

 また翌日もフウサイとバンジョーはケンカをしては追いかけっこしたり、フウゼンを取り合ったり、ずっといっしょにいた。

 そして、バンジョーが帰る日。

 フウサイはなんの感動もなさそうに、里のみんなといっしょに見送りにきた。

 バンジョーは常にフウサイに敵対しているわけでもなく、むしろめずらしい同い年の少年に、気の置けない接し方でもあった。最後の挨拶も、友好的な笑顔で言った。


「じゃあな、フウサイ。おまえは強い忍者になるんだろ?」

「そうでござるが」

「オレは最強の料理人になる。オレは料理のことだけ考える料理バカだからよ。おまえにだって負けないぞ」

「なにを言っているのか、意味がわからぬ」

「馬鹿野郎、だからオレたちはお互い頑張ろうぜって言ったのさ!」

「フン。当然でござる。拙者は己を磨き、上を目指す。もし氏が志を忘れようものなら、拙者に関わるのも許さぬ」

「おまえが言ってることはちょっと難しいけど、頑張ろうぜって言ったのか?」


 目を丸くするバンジョーに、フウゼンがかがんでうなずいた。


「そうみたいだよ。だから、バンジョーくんも頑張ってね」

「おう! やってやるよ、フウゼンさん! フウサイ!」


 うんとうなずくフウゼン。

 フウサイも、布で覆われたその下で、口元を緩めた。だが、それに気づいたのはフウゼンだけだった。


「じゃあなー! またな、里のみんなー!」


 大きく手を振りながら家族とともに里を出てゆくバンジョーを、フウサイはただじっと見ていた。

 そんなバンジョーとフウサイの二人の別れを、フウゼンは微笑みながら眺める。


 ――いつか、また二人が会えたら……。そのとき、フウサイは厳しい目でバンジョーくんを見そうだな。でも、最初は冷たい反応でも、フウサイはすぐにバンジョーくんを心の中では認めることだろう。二人の再会が楽しみだ。




 それから時が巡り――。

 (そう)(れき)一五七二年の四月十一日。

 再び里にバンジョーがやってくると忍者の情報網で知ったとき、はた目には淡々と罠を仕掛けていたフウサイだが、実はそれをちょっと楽しんでいたこともフウゼンにはわかった。

 そして、バンジョーがやってくる当日。

 昔からの友人が先にやってきた。


「最近友だちになったサツキくんって子を、ボクは応援してるんだ」

「アタシもね、クコちゃんって子を応援してるの」


 サンバイザーがトレードマークの二人組は、そんなことを早朝から話してくれた。バンジョーの仲間たちはとても良い人たちらしい。

 そのわずか二時間後。

 ここに、一陣の風が吹く。

 バンジョーをはじめとした仲間たちが里に到着した。

 フウゼンは影に潜み、彼らを見ていた。

 少年が隣の少女に聞く。


「ここからどこへ向かえばいいんだろう。クコは、その『()(てき)(にん)(じゃ)』の名前は聞いてるのか?」

「いいえ。『(ふう)(じん)』と言われているそうですが、名前は聞いていません」

「フウジン? ん? 忍者でフウジンって言ったら、あのおじいちゃんか?」


 以前とは別人のように背丈も伸びて体格もよくなったバンジョーが口を開く。だが、その顔は間違いなく当時の面影を残したバンジョーその人であり、どうやら本人はここが自分も来たことがある里だと気づいていないらしい。


 ――やっぱりあの雰囲気はバンジョーくんだ。大きくなったな。でも、おれたちのことは忘れてないようだけど、ここが自分にもゆかりのある里だとは気づいてないみたいだ。相変わらずだなあ。


 ふふっと声を殺して笑う。

 少女はバンジョーの疑問にも的確に答える。


「まだお若い方なので、人違いではないでしょうか。あそこの家で聞いてみましょう」


 その瞬間、バンジョーが罠にかかった。


「うおぉっ!」


 バンジョーが仲間たちの目の前からいなくなり、足首をロープで縛られ、木の枝に吊されてしまったのである。


「なんだこれはよ!? 下ろせ! 下ろしてくれーい!」

「……!」


 少年が、木に吊り下がったバンジョーからは視線を外して、あたりを見回す。


 ――この子、目がいい。


 フウゼンは直感的にわかった。


「失礼つかまつる」


 ドロン、とフウサイがバンジョーたちの前に姿を現した。


「拙者、(よる)(とび)(ふう)(さい)と申す」


 腕組みをしたまま、フウサイは問う。


(ふみ)の差出人は、(うじ)でござるか?」


 フウサイは、少女を見る。


「はい。わたしがアルブレア王国の王女、(あお)()()()です。わたしは(ふじ)()(がわ)(はか)()の助言でこちらを訪れました。お話にあった忍者はあなたですか?」

「いかにも。拙者でござる。まず罠を避ける力があるか見させてもらったが、あれにかかるほど間抜けでもなかったらしい」


 あからさまに罠にかかったバンジョーを無視した発言だった。


「おいコラー! だれが間抜けだー!」


 怒鳴られてもプイとそっぽを向くフウサイ。


 ――ふふ。やっぱりフウサイはバンジョーくんに手厳しい。でも、安心していいよフウサイ。バンジョーくんは料理の道を極めるために精進をかかさない人のようだ。あのキラキラした料理バカのままみたいだよ。


 フウゼンはバンジョーの昔とちっとも変わらない人柄を見て、心の内でフウサイに話しかけていた。

 当のバンジョーは遅れてそこにいるのがフウサイだと気づく。


「て、おまえ! フウサイじゃねえか! おい、オレだ。久しぶりだなオイ!」


 そのあともフウサイは子供のようにバンジョーにつっかかるようなことを言ったりしていて、それがフウゼンにはおかしかった。

 釣れない態度に見えてもどこか楽しそうなフウサイを影から眺め、フウゼンは微笑む。

 次いで、フウゼンの視線は帽子の少年に向けられる。


 ――そして、きっと、フウサイを連れて行ってくれるのは彼。アキくんとエミちゃんが言ってた少年。名前は、(しろ)()(さつき)

幕間の短編集までご覧いただきありがとうございました!

今回の短編最終話は、フウサイとバンジョーの昔話。そこから現在につながる流れになっています。

王都に続いて、今回も短編をいろいろと書かせていただきました。

人それぞれに物語があり人それぞれにいろんな背景があって今そこにいるというのが短編を通して感じてもらえていたらなによりです。そしてそれらがサツキとクコの物語に関わっているのをおもしろいと思っていただけたら幸いです。

本編のおまけながら、長いお話もたびたびあったので、この余談ノ巻だけでまた六万文字を超えてしまいました(笑)

浦浜編でも本編の区切りで短編集を用意していますので、次回も楽しみにしていただけるとうれしいです。

引き続き、浦浜編も頑張ってまいりますので、応援よろしくお願いします!

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