239 『重大な不正』
フェルディナンド教授が呼びかけても、エドアルディ博士は走り続けてついに姿が見えなくなってしまった。
「訳がわからん。フィリベール国王、その資料を見せていただけませんか?」
「構わないが、待て。余が見てからだ」
「はい」
「ふんふん、どれどれ」
フィリベール国王は、エドアルディ博士が勝手に驚愕して逃げ出す原因になったと思われる資料を一番上に持ってきて、読み始めた。
「ふんふん、なるほど。よくわかった」
「では……」
と、フェルディナンド教授が手を伸ばすが、フィリベール国王は身体の向きをひょいと変えて、
「先に、ディオン。これを見ろ」
「? はい。かしこまりました」
「でしたら、ボクも」
ディオン大臣の一歩後ろに控えていたナゼル補佐官も、フィリベール国王に渡された資料を覗き見る。
「これは……!」
「へえ。これはひどい」
驚き、フェルディナンド教授へ視線を向けるディオン大臣。
ナゼル補佐官はニヤニヤ笑いながら、非難というより興味津々な視線を投げた。
「国王陛下、まずは三人の裁判官に見ていただきましょう」
「なぜですか。それは一体なんなのですか」
フェルディナンド教授の問いに、ディオン大臣は答えない。
三人の裁判官の元へとディオン大臣が歩いていき、彼らに問題の資料を渡した。
その中の二人は、
「なんですかこれは!」
「ひどい! こんなことが行われていたとは」
とフェルディナンド教授へ非難の目を向ける。
残る一人は、日和見をしていた裁判官で、結局宗教側の味方をしなかった彼だが、諦観したような顔をしていた。
「すみません。ワタシはこのようなことがあることを、知っていたのです。しかし、ついに言い出せませんでした。今回招集された裁判官五人のうち二人はすでにあちら側にあり、ワタシの身の振り方によって結果が決まると言われ、怯えて様子見をしていたのです」
急な告白を始めた裁判官に、フェルディナンド教授は苛立ちの声をぶつける。
「貴様、なにを言っている! それではまるで、我々が地動説を否定するために画策して、裏で手を回していたみたいではないか!」
叱りつけるようなフェルディナンド教授。
それを、ディオン大臣が制した。
「静粛に」
「……」
おとなしく黙るフェルディナンド教授だが、状況が把握できずに視線は資料とフィリベール国王や裁判官たちの間を行ったり来たりしている。
ヒナがサツキにささやく。
「ねえ、どうなってるの? なにが起こってるの?」
「俺にもわからない。だが、俺たちにとって、悪いことではないらしい」
「え?」
サツキの目線の先をヒナが辿ると、楽しげなナゼル補佐官がいた。
ディオン大臣が呼びかける。
「ここにいるみなさん、こちらをごらんください。これが、フェルディナンド教授とエドアルディ博士が持ってきた資料です」
掲げられた資料を、なにかの装置が照らす。
それによって、スクリーンに文字が映った。
以前、サツキはそうしたスクリーンに映像を投影する技術をイストリア王国でも見た。マノーラのコロッセオだった。それと同じような、魔法による技だと思われる。魔法道具なのか、術者によるものか。いずれにしろ、大きなスクリーンに映った資料を、マリエール公園にいる人々は一斉に見ることができるようになったのだ。
「な、なんだよあれ……!」
「ひどすぎるわ……!」
「こんなことしてたってのかよ! 許せねえ!」
「えげつねえよ、さすがに」
観衆のどよめき。
一方で、ヒナは「やっぱり……」とつぶやいていた。
「しかし、自ら提出とは。笑えねえぜ」
玄内は呆れていて、浮橋教授は言葉が出ない。
そんな中で、サツキは訝しむ。
――あり得ない。普通、こんなヘマをするものか? いくら怪盗デゼルに場をかき乱されていたとしても、自分たちの不正を記した資料をフィリベール国王に提出するなんて……。
不正の記録。
それを、エドアルディ博士は地動説反証の資料に紛れさせて提出してしまったのである。
「あ、あ、あれは……そんなバカな……」
フェルディナンド教授はガクガクと震えた。




