233 『無関係な反証』
フィリベール国王から許可をいただき、フェルディナンド教授は水を得た魚のように話し出す。
「ありがとうございます。では、言わせていただきましょう。第一に、地動説とは人々を混乱させる悪魔の学問です。この世界は秩序に満ちている。秩序があるからこそ我々は正しいものを知り、学び、生活を送ることができている。秩序がなければ人々は基盤を失い混乱するのです。こうした秩序とは、偉大なる先人たちが導き出した科学と学問であり、それを覆すことは秩序を放棄することであります。我々は今ある幸せを捨てたいと思うでしょうか。今ある秩序を捨て去りたいと思うでしょうか。そこをまず問いたい」
「ふんふん、それで? 無駄話はいいから地動説の反証を始めたまえ」
フェルディナンド教授は「う」と顔をゆがませ、続ける。
「第二に、地動説におけるデータは彼らが勝手に持ち出したもの。でっちあげもできてしまう。データ不足なのですよ。いくら集めても足りない。それほどに地動説はかつての学問に矛盾を生むのです。データの捏造問題をどう解決するかも課題でしょうな。目の前で行われた実験はたったの一つ。いや、余計なものも合わせればもう少しやっていましたか」
「ふんふん。なるほど、余は最初からこの場にいて資料も読み込んだが、そなたたちはこの場にいなかったとみえる。地動説がかつての学問に矛盾を生む部分というのは案外少ないものでな、そんなことはどうでもよいのだ。それが正しいかどうかが問題だ。ほかの誤りはまた正していくのが科学だ。それから、データの捏造はない。ヴァレンはそんな愚かなことをする男じゃない。余が保証する。データ不足についてはこちらに来て確認するといい。これを読んでもわからぬほど、そなたたちは頭の働きが鈍いわけではあるまい」
フィリベール国王に言いたい放題言われて、エドアルディ博士は追及の手を変える。
「お待ちください。まずは、人々がなにをもっとも大切にしているかを問うて、人々の幸せに寄り添うことを考えませんか。それこそが科学の出発点であり、学問のあるべき姿です」
「ふんふん、また関係のない話をしたいと申すか。余は忙しいのだ。地動説の裁判を終わらせて、先生と語り合いたいと思っている」
変人国王と名高いフィリベール国王を相手に、論点のすり替えは難しいらしい。
観衆も困惑している。
「あいつらなにを言ってんだ?」
「さっきから関係ないこと言ってる?」
「学問とはなんたるかってことを、国王陛下と語り合いたいっぽいぞ」
思い通りにいかず苛立つフェルディナンド教授とエドアルディ博士だったが、ここでついに、さっきもあったあの不思議な声が彼らにも襲いかかる。
「せっかく浮橋教授と士衛組を陥れて地動説を覆そうと思ったのに、この国王、全然騙されねえな」
「ここにいる愚民どももいい加減に考えるのをやめて帰れよ。言われるまま宗教だけ信じてればいいんだんだよ。搾取され続けるのがおまえらの仕事なんだからよ」
またフェルディナンド教授とエドアルディ博士が口を開いてもいないのにそんな声が聞こえてきて、二人は顔を見合わせる。
「おい、ふざけんな!」
「やっぱりおまえら、地動説を反対するためだけに来たんだな!?」
二人はさっきの裁判官たちと同じように慌てて否定する。
「なにを言っているんですか! 我々はなにも言っていないではありませんか!」
「これも士衛組による巧妙な罠! 騙されるな!」
声を荒げる二人を信用する者もなく、二人への非難は大きくなる。非難する者は声を大きくし、混乱する者は視線ばかりが動く。フェルディナンド教授とエドアルディ博士がしゃべってもいないのに彼らの声が聞こえるのはやはりおかしいと思って、批判するわけにもいかず困惑しているのだ。
その光景を見て、ヒナは目をしばたたかせる。
「さっきから、どうしてあいつらの心の声みたいなのが聞こえてくるの?」
「ヒナなら、その場所がわかるんじゃないのか?」
サツキに聞き返され、ヒナはうなずく。
「う、うん。裁判官たちの後ろのほうから聞こえる」
「おそらく、そこにやつがいる」
「やつ?」
小首をかしげるヒナ。
声の主の名を、サツキは口にした。
「怪盗デゼルだ」




