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25 『またくらうのは勘弁』

 (あけ)(がらす)のくノ一『(いつわ)りの(ほむら)(あく)(ぶち)()(さな)は、クナイを投げた。


「《(からす)(ばり)》」


 チナミは避けて扇子を舞わせる。


「《()(じん)(えん)()》」


 舞といっしょに砂嵐が起こり、ヒサナとチナミの二人がいる戦場には砂の目隠しができた。サツキやカイエンたちにはもう二人が見えない。


「ますます小憎たらしいガキだわね」


 ヒサナは悪態をつき、内心では舌打ちまでしていた。


 ――これじゃあアタシの魔法も発動させにくいじゃん。まあでも、相手もアタシの姿は捉えられない。おあいこか?


 警戒を怠らずに構えつつ、ヒサナは砂嵐が収まるのを待つ。

 視界はすぐに開けた。

 ものの数十秒しか経たない。

 細めていた目をキッと開いたヒサナが周囲を確認すると、もう味方はほとんどやられている。


 ――ちっ。忍びでもないやつらにここまでやられるなんて。これは、カイエンさま頼みだわ。でもアタシはアタシで、あのチビだけは始末しなきゃいけないわよね?


 だが、ヒサナが目をみはっても、チナミがいない。


「どこにいるわけ? 出て来なさいよ」


 いくら呼ばれても、チナミはそう易々と言われた通りに出るつもりもなかった。

 チナミが隠れていたのは、地面の中である。

潜伏沈下(ハイドアンドシンク)》を使っていた。

 フウカとの追いかけっこでも使用したが、この魔法は地面や水中に溶け込み移動までできる。地中から地上を視認することも可能。地中からの見え方は、スネルの窓に近いだろうか。真上に近い部分は、上空の様子が割合しっかり見えるが、遠くが見えにくい。それが魚眼レンズのようになっている。視野の窓は半径五メートル程度。境界の面はまったく揺らいでいないように見える。

 この魔法の難点は、潜っている間は呼吸ができないということ。

 だからチナミは石の影で鼻と口だけ地面から出していた。ヒサナからはただ小さな石が転がっているだけに見える。まさか数センチの死角にのみ、チナミを発見する手がかりがあると思わないだろう。

 砂塵を舞わせていた場所から少し離れた場所に潜むチナミは無言を貫く。この間、チナミはヒサナが動き出すのを待ち、耳に意識を集めていた。


「じれったいわね」


 悪態をつきながらも、ヒサナは冷静にチナミの分析をする。


 ――周囲には木々が多い。半分山の中みたいなもんだし、隠れるなら木の陰か……。あのチビの魔法は扇子で風や粒子を操るものと思われる。だったら、隠れるなら忍術か小ささを生かした方法だろうな。それなら探すのも難しくないはずだけど、せっかくだしおびき出す手段を使うか。そう。せっかく、使える道具があるんだから。


 チラッと、ヒサナはナズナを見やる。


「じゃあこっちから行くわよ!」


 宣言し、ヒサナは走り出した。

 周囲を走り回るようにしてチナミを探す素振りを見せつつ、少しずつそのラインをナズナに近づける。

 そして、サツキたちがカイエンや残った三人ほどの忍びと戦おうとする隙を衝き、ヒサナはナズナとの距離を一挙に詰めた。


 ――人質確保!


 ヒサナがナズナに手を伸ばす。

 ナズナに触れようとした、そのとき――

 ずぼっと、ヒサナの足が地面に沈んだ。まるで、海で水中に勢いよく引きずり込まれるようだった。足首をつかまれた感覚があったから、そう感じたのかもしれない。

 身体が胸まで地面に埋まったところで動きが止まる。


「なに!?」

「《潜伏沈下(ハイドアンドシンク)》。魔法です」


 下半身が地面に埋まるほど視線が低いヒサナよりも、さらに低い位置から声がした。

 地面から顔だけを出したチナミがいた。

 チナミは地面から手も出して、


「元々、自分が沈んで隠れたり移動するだけの魔法だったんです。それを玄内先生が改良してくれました」

「か、改良?」

「触れた人間もいっしょに沈むことができる。つまり、他者を地面に沈めて動けなくすることもできるようになったということです」


 ヒサナはどんな改良なのか聞きたかったわけじゃない。相手がしゃべっていることを、まだ理解できずに言葉を繰り返しただけだった。

 跳ねるようにチナミは地中から出てきた。

 地上に立ち、ヒサナよりもほんの少し高い視線で言葉を継ぐ。


「ナズナに手出しはさせません」

「生意気な! 《(きず)()陽炎(かげろう)(じゅつ)》」


 上半身は自由なヒサナが、手裏剣を投げた。

 至近距離の投擲を、チナミはかわす暇もないとみて、『(れい)(ぜん)()(すか)』で撃ち落とす。軌道をそらせる技もやってのける。

 しかし、チナミの手には傷がつく。

 すると突然、ボッと手が燃えた。


「火っ」


 チナミの手に、文字通り焼ける熱さが満ちる。慌てて地面に手をこすりつけつつ、また次に投げられた手裏剣をかわした。


 ――消えない。


 手の火が消えない。


 ――聞いたことがある。暁烏ノ国の忍びは、火術・呪術が得意だって。手が、焼ける……。


 焦りながら、チナミは熱さをこらえる。


「チナミちゃん……なに、してるの?」


 この光景が、ナズナにはとても不思議なものに映った。

 なぜなら、ナズナから見ればチナミの手は燃えてなどいなかったからである。

 敏感なチナミの耳が、焦燥感に駆られた中でも幼馴染みの声を拾う。


 ――どういうこと? ナズナ、なにを言って……まさか!


 そこで、戦闘中のはずのサツキが声をかけてきた。


「チナミ、幻覚だ! その傷口に魔力が付着してる」

「御意。ありがとうございます」


 返事をしたときには、ナズナが歌ってくれていた。

 癒やしの歌。

 正式名称は、《(げん)()(うた)》。

 癒やしを与えて体力を回復させる、治癒力を高めるなどができる。

 王都でも、傷を負ったサツキの痛みを大幅に和らげ回復を促した魔法である。


 ――痛みもなくなった。たいしたことない熱、つまり軽い火傷でしかなかったみたい。おそらく、切り傷をつけるとそこが火傷する魔法。そしてそれは、幻術でもあり、魔法を受けた人間は自分の傷口が燃えているように見えるもの。


 そう判断できる。


 ――私にはまだ手が燃えているように見える。でも、痛みはないし、仕組みがわかれば怖くない。ただ、またくらうのは勘弁。『偽りの焔』だっけ。二度目はない。


 チナミは刀で斬りかかった。


「速攻」


 だが。

『偽りの焔』ヒサナは、どこからか手裏剣を取り出してチナミに投げつけた。

 冷静に、チナミはよけた。

 そのまま斬りつけた。


 ――腕を傷つければ……。


 手を斬るように刀を舞わせた。

 しかし感触に異変を感じ、よく見ると、そこにヒサナはいなかった。丸太にすり替わっていた。


「《(うつ)(せみ)(じゅつ)》?」


 いわゆる変わり身の術であり、ヒサナの本体は別の場所に移動している。ここでも『偽りの焔』は本物の姿がくらむ。本物がどこかはわからない。虚を衝かれたが、チナミは平静を保ちつつ、耳に神経を注ぐ。

 背後からわずかな衣ずれの音がして、振り返る。

 チナミが刀を振り回してヒサナに対抗する。


「遅いわ!」


 覆われた口元をニタリとゆがめるヒサナ。


 ――勝った!


 ヒサナはそう確信した。

 クナイを手に、ヒサナはチナミの首を掻き切る。

 直前。

 ヒサナの身体が、ピタッと止まる。


 ――動か……ない?


 そんなヒサナの手からクナイを払い飛ばし、チナミはヒサナの顎を蹴り上げた。


「うぅっ!」


 倒れて意識が朦朧とする中、ヒサナは口をぱくつかせた。けれども声は出ない。チナミはヒサナを見下ろして、


「疑問に答えます。どうして身体が動かなくなった? そうお思いでしょう。答えは、私の魔法《(げん)()(えん)()》による酸欠です。私はあなたの周囲から酸素を飛ばし、二酸化炭素を送り込みました。二酸化炭素は酸素よりも重いのです。あなたを地面に埋めたのも、動きを封じるためじゃなく、二酸化炭素をより多く身体に多く取り込んでもらうためでした。地面に埋まった瞬間に《(うつ)(せみ)(じゅつ)》を使って脱出していれば、勝負はまだわからなかった。酸欠なんて気づかなかったかもしれませんが、それがあなたの敗因……落ちた」


 解説が終わる手前で、『偽りの焔』ヒサナはカクッと首をもたげて、意識を失った。

 チナミは『(れい)(ぜん)()(すか)』を鞘に収める。


 ――いっちょあがり。あとは、サツキさんたち。


 視線を移すと、サツキたちは……。

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