24 『そんなのは忍者じゃねえ!』
暁烏ノ国の忍びの者は、多くの小隊をもって襲撃にやってきた。
その小隊を統括する総指揮を、大隊長が担っている。
「ワタシは、カイエン。暁烏ノ国より参上した」
カイエンは他の暁烏ノ国の忍者と違って仮面はかぶっておらず、高い鼻と毅然とした力強い目元がのぞく。筋肉質で身長は一八三、四センチほど。三十八歳。見ただけで、かなりの使い手であり他の忍者とは能力に差があるとわかる。
フウアンが言った。
「あの人は、『狂炎の鴉』釘裏火伊援。暁烏ノ国でも五指に入る実力者だよ。並の忍者では、五人以上が束になっても敵わない。剣士や武闘家だと忍者の動きに合わせるのも難しい。みんな、気をつけて」
「はい」
とクコが答え、バンジョーが「おう!」と威勢よく返した。
それから、カイエンが威圧感をまとった声で宣言する。
「我が国は依頼を受けた者がその依頼をこなし、報酬をいただく。それだけだ。このたび、ワタシは依頼を受けた。秘伝の巻物を奪ってくるようにと。これまでも何人もの忍びがその依頼を受けては失敗している。だが、今回こそは奪わせてもらうぞ」
「黄崎ノ国を治める小座川氏。それを支えるのがこの鳶隠ノ里の忍び。別の主君を見つけても個人の自由だが、この里は小座川氏に仕える者が多い。つまり、小座川氏を狙っている国からの依頼ですか」
サツキが問うと、カイエンは鉄のような硬い顔で顎を引く。
「いかにもである。守秘義務により詳細は話せないが、当然そのようになる。秘伝の巻物を奪えなかったときはこの里を討ち滅ぼせと言われているが、いかがかな?」
「というと」
冷静にサツキは聞き返す。
「降参する気はないか、と聞いている。我ら暁烏ノ国の忍びは、依頼さえ受ければ味方同士でも戦う。それほどに、感情を殺して任務に当たる。ワタシも敵とはいえこの里を滅ぼすのは本意でない」
「だが、こちらも引く気はないようで。決着をつけましょう」
ガチャ、とサツキは刀の鯉口を切った。
「承知した。ならば、この里を破壊し尽くそう。それが依頼主の願い」
「言ってくれるね」
ぽつりとフウアンがつぶやき、バンジョーが腹に据えかねた調子で前に進み出る。
「コラテメー! 軽々しくいうんじゃねえよ! 感情を殺す必要なんかねえ! やりたくないなら断れよ! もしやりたくないわけでもねえってんなら、それはおまえの感情が最初っから殺されてるってことだろうが! そんなのは忍者じゃねえ! オレは料理バカだから細かいことはわかんねえよ! けどな、おまえの目を覚まさせてやんなきゃならねえってことはわかるぜ!」
「はっ」
と、サツキが抜刀した。フウアンも「やっ」と両手でクナイを振る。
「うおおっ! なんだ?」
バンジョーは驚く。手裏剣三つが飛んできたのである。サツキがそのうち一つを刀で払い、『美技の妖花』フウアンがクナイで二つを鮮やかに弾いた。同時に、背後から飛ばされた吹き矢はチナミが扇子を舞わせ、横に流す。
「《気流乱舞》。嫌なタイミング。ナズナ、平気?」
「うん。ありがとう……チナミちゃん」
ナズナがお礼を述べる。
そんなナズナとチナミの背後から、くノ一が声をかけた。
「ひゅー、やるー。アタシ、姿も殺気もうまくまぎれてたと思うんだけど?」
「バレバレ」
チナミは感情をまったく表に出すことなく、クールにひと言だけ返す。
「小癪なガキね。アタシはヒサナ。『偽りの焔』芥淵火真よ。アンタの名前は覚えてあげる。言ってみな」
ヒサナも背が高い。長身な部類になるルカよりも高く、一七五センチはあるだろうか。細身で口元が覆われている。目つきは鋭かった。年は二十九になる。
「この子が言ったの聞きませんでしたか? 私は海老川智波です」
「決めた。アンタの相手はアタシよ。いいわね?」
こくっとチナミは無言でうなずく。
「あの……もう、戦うしか、ないですよね?」
ナズナはおびえながらも、サツキを見上げそう聞いた。
「ああ。この場にいる敵は、カイエンさん含め全部で二十人ほど。クコとバンジョーは油断なく一人ずつ対処して欲しい。ルカは全体攻撃を繰り返して。チナミはヒサナさんを頼む。フウアンさんとフウカはサポートをお願いします。そしてナズナは歌ってくれ」
「はい!」
クコとナズナの力強い返事が重なり、他の面々も返事をした。
ナズナは戦闘力を上昇させる歌をうたった。
《勇気ノ歌》
この歌には、筋力の一時的な上昇と、魔力の一時的な上昇の効果がある。
そこへ、物陰に移動したヒサナの投げたクナイが飛んできた。
「《鴉針》」
「させない」
飛んできたクナイを、チナミが愛刀『冷泉飛鳥』でキンと打ち落とした。
「《毒矢・斑蝶》」
「《百舌駆け》」
四人の忍者が吹き矢を放ち、加えて三人が忍び刀を手に斬りかかってくる。計七人による総攻撃。
「《刀山剣樹》」
ルカの一撃で、吹き矢を構え固まっていた三人が手足を剣山に貫かれて動けなくなる。一人は後ろへ退く。
忍び刀を手に駆け寄ってくる三人を、サツキとクコとバンジョーがそれぞれ相手取る。
「……」
「やああああっ!」
「《スーパーデリシャスパンチ》!」
サツキとクコが斬り、バンジョーが殴った。
ルカは後方へ振り返り、手のひらを向ける。
「《刀山剣樹》」
背後から忍び寄る敵を、ルカが一掃する。ルカの《刀山剣樹》は細かいコントロールが利く技ではないが、全体攻撃に適している。これによって攻撃を仕掛けた五人が戦闘不能になった。
ルカの攻撃を避けた忍者二人を斬るのは、サツキとクコである。
「クコ、そっちを頼む」
「はい」
サツキとクコは気流の乱れが治まるのに合わせて飛び出し、斬りかかった。
不意打ちでもあった《刀山剣樹》を避けるだけあり、敵は動きが軽やかだった。
しかしサツキも負けていない。
《緋色ノ魔眼》を発動させて、敵の動きはすぐに見切れた。
――夕方、フウサイさんの動きはさすがに目で追うことすら難しかったが、ここにいる数人程度ならば余裕だ。
「《雲雀鎌》」
鎖のついた鎌での攻撃。
サツキは受けの態勢を取って敵からの攻撃を捌き、見極めると、新技を発動させた。
「……」
――ここだ。
敵の忍者はクナイで刺してきた。
「《鴉刺》」
「カウンター」
つぶやき、サツキは紙一重でクナイを避けつつ、敵の懐に身体をすべり込ませた。
そして、今の敵の状態からもっとも効果的な部位、このときは右肩を斬って捨てた。
「《待亀桜刀》!」
「ぬああああああっ!」
敵が斬り伏せられる。
――よし。魔力の圧縮は足りなかったが、うまく当たってくれた。カウンター技、成功。玄内先生に教わった新技だ。
一方、クコも新技を初お披露目した。
「わたしも魔力を圧縮できるようになったんです!」
「?」
敵にはなんのことだかわからない。
「はああああ! 《ロイヤルスマッシュ》!」
クコは大きく振りかぶって、剣を打ち落とした。ルカもサポートして、相手に逃げ場をつくらせない。
正面から攻撃を受けた相手は、仮面が割れて、吹っ飛ばされてしまった。
「原理はサツキ様の《破桜亀裂斬》と同じですが、決め手があると戦いやすいものですね」
「よかったわよ、クコ」
ルカがそう言って労う。
すぐ隣では、バンジョーの戦闘も終わるところだった。バンジョーは思いっきり拳を振り抜いた。
「《スーパーデリシャスパンチ》」
バンジョーのパワーはかなりのもので、ルカも感心する。
――普段はただの料理バカだとかなんとか言ってるけど、相当のパワーがあるわね。バネのある筋力もそう。
仰向けに倒れて伸び上がっている敵に、バンジョーは腰に手を当てて得意そうに笑った。
「なっはっは! 顎が落ちたか?」
「あれは顎が外れたんだよ」
と、サツキがつっこむ。
バンジョーが殴り倒したことにより、この場で、残る敵はカイエンとヒサナを除くと三人ほどになった。
そのヒサナは、チナミと戦っていた。




