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20 『そういった性格は忍者向きです』

 夜になる。

 (とび)(がくれ)(さと)は森にまぎれるように静まっていた。

 第一の試練を突破した士衛組一同は、フウアンとフウカ姉妹の先導で各自この日泊まる部屋へ案内され、そのあと夕食ということで昼間集まった応接間にやってきた。

 そこには、もう料理が並んでいた。

 食卓にいるのは、フウジン、フウミ、フウサイ、フウアン、フウカという(よる)(とび)の一族だけだった。


 ――忍者の食事って、どんなものなんだろう。


 サツキは少し期待しながら見てみたが、そこに並んでいたのはごく普通のおもてなし料理だった。


 ――ふむ、忍者も一般人と変わらない食事なんだな。おいしそうだ。


 席につき、一同は食卓を囲んだ。

 そこに、フウゼンが料理を運んできた。


「こちらで最後になります」


 フウゼンはフウサイの兄貴分ということらしいが、ここにいる理由はそれだけじゃない。フウジンが説明する。


「このフウゼンは『(りょう)(しき)(やく)()』と呼ばれる忍びで、薬膳料理が得意なため、今回フウゼンにこしらえてもらいました」

「薬学の知識は里一番でござる」


 無口なフウサイだが、フウゼンへの敬慕がうかがえる発言である。しかしフウゼンは照れたように笑って頭をかく。


「忍びとしての実力はそれほどではないんだけどね」

「適切な薬学や医学の知識も忍びの実力のうちでござる」


 謙遜するフウゼンにもフウサイはそう言って敬意を示した。

 実際にも知識は忍者にとって肝心要な要素の一つであり、敵との戦いや遁甲術ばかりが忍者の技術ではない。

 フウアンが小声でサツキたちにささやく。


「ああやって謙遜してるけど、フウゼンさんは里の若い忍者たちに尊敬されてるんです」

「はい。そうみたいですね」


 クコは笑顔でうなずく。

 里長のフウジンがみんなに呼びかける。


「さて。料理も出そろいました。たいしたおもてなしはできませんが、どうぞ召し上がってください」

「薬膳料理は体調を整えますよ」


 と、フウジンの妻フウミも微笑した。


「それでは、いただきます」


 そしてフウジンがそう言うと、みんなも「いただきます」と言って食事に箸をつけた。


「うめえ! うまいっす!」

「おいしいです!」


 バンジョーとクコが感想を述べ、アキとエミが得意そうに胸を張った。


「忍者は薬を作ることもするからね」

「料理が上手な人も多いの。特にフウゼンさんは料理がとっても上手なんだ」

「オレも昔、フウゼンさんには教わったなあ」

「そうだったね」


 フウゼンが懐かしそうに微笑み、バンジョーは「やっぱうまいっす!」と楽しそうだった。


「薬膳料理、また教えてください。チビだったあの頃のオレはあんま覚えてなかったんで、仲間のためにも作れるようになりたいっす」

「もちろんいいよ」

「薬草のことも教えて欲しいっす」

「私も、薬のことは学びたいです」


 ルカも申し出るが、ほっほ、とフウジンは笑って、


「薬そのものならば、フウミに教わってもいいです」

「ええ。教えますよ」


 ありがとうございます、とルカはフウミのお礼を述べる。


「薬作りの上手は(ふくろう)(ぶし)(たに)の忍者が随一でしょう。ただ、我々もそれなりにはできるように訓練しています。忍びは薬学に通じておらねばなりませんからね」

「そうでしたか。勉強になります」


 クコは忍者の話を聞いて楽しそうだった。

 ナズナとチナミも、フウカと三人でおしゃべりしている。「おいしい……」とナズナが言えば、フウカが「健康にもいいんでござるよ」と教えてくれて、チナミなどは「どおりで薬草の香りがした」と納得する。


「チナミ、鼻もいいでござるね」

「おじいちゃんと山を歩き回って鍛えられた」


 思い出したようにバンジョーが声を上げる。


「そういや、あのフウタってちびっ子はどんな魔法を使うんだ? あいつのヨーヨーもすごかったんだ」

「ヨーヨーを使うんですか? 興味深いです」


 クコもバンジョーといっしょになって前のめりに尋ねる。

 これにはフウアンが答えてくれた。


「ヨーヨーを使う魔法なんですよ。正確には、ヨーヨーについてる紐。《()()(ひも)(じゅつ)》っていいます。糸や紐くらいの太さの物を、ゴムのように伸ばせるんです。弾性を持たせることによって、紐が元の長さに戻る力で、自分の身体を引っ張るのが主な用途ですね。移動によく使います」

「移動に?」


 小首をかしげるクコにフウミが説明する。


「ヨーヨーに仕掛けがありましてね。投げたあとヨーヨー本体から手裏剣が飛び出し、これをでっぱりに引っかけて飛び移ったりします。木の枝に巻きつけたりもできますね」

「あの子、フウサイ兄さんに憧れてるから修業も熱心だし手強かったと思います」


 楽しそうにしゃべるフウアンに、バンジョーは即答する。


「おう。あいつフウサイが子供だった頃よりすばしっこいと思うぜ」

「さすがにそれはどうかな……」


 フウアンが苦笑し、フウサイは小声で、


「氏の身体が重くなってキレが落ちただけでござろう」


 ちくりと指摘され、バンジョーは拳を握った。


「なんだとー? ん? いや、考えてみりゃあオレも昔はもっと走り回って動いてたからな。運動不足ってやつかもしれねえ」


 クックとおかしそうにフウミが笑う。


「そうでしたね。昔ここにいた一年で免許皆伝くらいになったのですが、バンジョーさんは料理のことしか考えてませんでしたっけ」

「ははは。そうそう。よく二人でフウゼンにくっついて歩いてね。フウサイが忍術を教えてくれと言って、バンジョーさんが料理を教えてくれと言って、二人で取り合って」

「ふふ。懐かしいなあ」


 フウジンもフウゼンも当時を思い出してはそう言って、


「しかし確かに、バンジョーさんはあの幼さでフウサイとほとんど対等に追いかけっこできるくらいに身軽でしたなあ」


 と、フウジンはまた笑った。

 だが、フウサイだけはつまらない顔でひとりごつ。


「拙者に追いついたこともないゆえ、語るほどもないでござる」

「追い越して捕まえ損ねたことはあったけどな」

「フン、それも戦術」

「とか言って、何回か捕まったこともあったじゃねえか」

「たまたまでござる」


 フウサイもバンジョーのことを覚えていないと言っておきながら昔の話をしているところを見ると、照れ隠しだったのだろうかとサツキは思う。

 言い合いを始める二人のことはさておき、サツキはフウジンに質問する。


「昼間、フウリュウさんという方の《(ぬけ)(あな)(じゅつ)》にはやられました。あれも魔法ですよね」

「ええ。『(かべ)(うら)(さん)()(しゃ)(かり)(さわ)(ふう)(りゅう)。我が里でも有能な忍びです」

「俺はあの魔法を、印を結ぶと抜け穴を作れるものとみました。意識的に魔法を解除した様子だったので、持続時間は操作可能。抜け穴の大きさも任意で操作できるかもしれない。穴が閉じるのが見えたことから、あの抜け穴は他人も通ることができると思いました。実際はどうなんでしょう」

「ほっほ。すべて正解ですよ。抜け穴を作る魔法です。壁の厚みは最大一メートル、持続時間は最大十秒、大きさは最大半径一メートル。それだけあれば仲間を何人でも逃がせますし汎用性は高い魔法といえます」

「なるほど。ありがとうございます」


 礼を述べるサツキに続いて、クコが疑問を呈した。


「あの。フウサイさんが使った《(へん)(げん)(じゅつ)》は、夜鳶の一族の他にはほとんど使えない忍術だとうかがいました。どんなものにも変身できるのでしょうか」

「《変幻ノ術》は、見た目も本物に限りなく近づけ再現する必要もありますが、一種の催眠効果も持ちます。そのため幻術の精度によっては文字通りどんなものにも変身可能。ただ、効果はせいぜい三時間程度。現在のこの里では、ここにいるフウカ以外の我々四人しか使えない忍術です。今、里の外に出ている者ではフウサイの両親、フウアンとフウカの両親も使えます。四人は任務で外におります。他ですと、この里の者ではない忍びでも使える者が少数ながらいるとか。まあ、滅多なことではそれほどの使い手に会うこともないでしょう」

「すごい忍術ですね!」


 クコは手放しに感心していた。

 そのあとも、明るく和やかに時間が流れる。




 食後、サツキはクコの部屋に行って魔法の修業をしていた。


「サツキ様。第二の試練はどうなるでしょう?」

「さて、どうだか。無理難題でなければいいけど」


 クコは魔力移動の練習をやめて、修業に集中しているサツキに言った。


「なんとなくですが、フウジンさんはわたしたちを歓迎してくれているように思うんです。フウサイさんを送り出してやりたいと思っているような気配を感じます」


 察しのいいクコのことである。感情の機微を読み取るのにも長けているが、感覚的にこの少女にはわかっていた。


「だといいな。ただ、バンジョーがいなかったら最後見つけることはできなかった。気を緩めず、明日も頑張ろう」

「はい」


 サツキもクコの感覚は信用していたが、なんの努力もせずやすやすとフウサイが仲間になってくれるはずがない。だから、サツキは内心で気合を入れる。




 チナミは、『(にん)(ぽう)(そう)(しょう)』フウジンの元を訪れていた。


「免許皆伝の試練を受けたいと」


 フウジンは片目を閉じてチナミを見る。


「はい。フウカとエミさんに免許皆伝のことは聞きました」

「そうそう。わしは巻物を作るのが得意でしてな、特別な巻物を作る魔法を持ってるんです」

「旅の中でみんなの役に立つために、私は忍者の技術が欲しいです。だからお願いします」


 気をつけの姿勢から小さい身体の腰を折って頭を下げる。

 ほっほ、とフウジンは笑った。


「感情をあまり表に出さず、内に秘めた闘志を燃やす。そういった性格は忍者向きです。サツキさんもそういう系統ですね。実は、フウアンからチナミさんには才能があると聞いてました。フウアンは『()()(よう)()』といわれるほどの忍法の巧者。あの子に認められたほどです、いいでしょう。免許皆伝の試練、受けることを許可します」

「ありがとうございます」

「ただし、今日はもう遅い。明日にしましょう。明日、第三の試練が終わったあとに」

「はい」


 失礼します、とチナミはフウジンの部屋を出た。

 独り部屋に残ったフウジンがつぶやく。


「うん。あの子ならおそらく免許皆伝の試練も突破できる。普段の格好でもいいが、巻物をくわえるとあの衣装と装備に変身できる特別仕様にしてやろうかね」


 フウジンは用意してあった巻物を広げ、なにやら書き加えた。これで魔法の効果が追加されたのである。

 音もなく、ぺらっと部屋の壁紙がめくれた。

 壁から薄い紙が剥がれたと思うと、紙が人間の姿に変わった。『美技の妖花』フウアンである。《()()(じゅつ)》によって身を潜めていたらしい。


「おじいさま、甘いね。そこまでしてあげるなんて」

「自分で推薦したんじゃないか、フウアン。でも、才能と適性があるとわかるとついなにかしてやりたくなる」

「フウサイ兄さんにだけはなんにもしなかったのに」


 冗談を言う調子でフウアンが笑った。


「そりゃあ、フウサイは特別。生まれながらの天才に教えることは技を見せることだけだからな」


 そのとき……。

 カタッと、仏壇の下が開いた。そんなところに出入り口があるとは思うまい場所である。

 そこから『(とき)()ける()(じん)』フウミが顔を出した。


「報告します」


 フウミの真剣な顔に、フウアンは手足に緊張を走らせる。


 ――まさか、こんな日に……?

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