6 『急ぐなかれ。それまではごゆっくり』
武賀ノ国。
鹿志和城。
トウリの兄と妹が顔を見せた。
『波動使い』鷹不二桜士と『運び屋』鷹不二栖萌々。
オウシがトウリとは双子で兄、スモモは二人より五歳年下の今年十八歳になる。
二人の後ろには控えている人数が五人。
一軍艦と呼ばれる。
まず、オウシのすぐ後ろに位置する少年二人がリラの目に入った。
一人は十代後半、もう一人はウメノと同じくらいである。年長のほうの少年がスモモに続けて挨拶した。
「はじめして。私は岡守三基と申します。大将の参謀を務めます」
そう言って、『少年軍師』ミツキはメガネを指で押さえる。大きく切れ長で怜悧な瞳がメガネの下に覗く。背は一六五センチ、書生風の出で立ちに手には扇子を持っている。また腰には業物八十振りの一つ、『常世御前』が下がっていた。御笠ノ国出身の『麒麟児』として逸話も持った少年である。
「オウシ様の秘書をしております巴智花丸です。どうぞよろしくお願いいたします」
チカマルは、今度十一歳になる。常にその幼顔ににこやかな微笑を貼り付けたまま、ぺこりと頭を下げる。初々しいおかっぱ頭に、きちっと袴を着こなしており、利発そうだった。こちらもまだ幼いのに帯刀しており、太刀は同じく業物の『不動明衣』。『賢弟なる秘書』と呼ばれた、近国でも知られた有能な側近である。
続いて。
「あたしは、松永弥英。軍医ばい。あなたの診療もさせてもらうからよろしくね」
軍医ヤエは、ニコッと笑顔を作って手に注射器を持ってみせた。年はトウリやオウシと変わらない。背は一七〇センチをわずかに超えた、鼻筋の通った美人だった。彼女の二つ名『化学者軍医』の意味は、すぐに知ることになる。
「おいは、呉助でごわす」
ゴスケは大柄な黒人で、さっぱりとした坊主頭、筋骨隆々ないかにも力自慢といった感じである。身長二メートル以上はあるだろう。『巨神兵』のあだ名を持っている。
「ゴスケさんは、晴和人ではありませんでしたが、兄からその名をもらいました」
トウリがさっと説明を挟む。
最後に、茶人風の人物が挨拶する。
「ボクは、鷹不二氏五奉行兼黒袖大人衆の一人にして鷹不二水軍総長、人呼んで『鷹不二の御意見番』あるいは『便利屋』の『茶聖』辻元恒。よろしくね」
爽やかな口調で長々とした弁舌。見た目の茶人か易者かという佇まいとは食い違った印象を受ける。年は四十代前半、背は一七九センチと高めで、手には杖を持っている。スタイリッシュで、ミツキとは違ったインテリジェンスとでもいおうか。
「相変わらず挨拶長っ」
スモモがさらりとつっこんで笑っている。
「お嬢だけだよ、この挨拶喜んでくれるの」
「喜んではないぞ」
ヒサシもいっしょになって笑うのを、今度はオウシがつっこんだ。それで満足したのか、ヒサシが語を継ぐ。
「そうだねえ、覚え方としてはボクらの代名詞といっしょだといいよね。大将が『波動使い』鷹不二桜士くん、お嬢が『運び屋』鷹不二栖萌々くん、あとは順番に『少年軍師』岡守三基くん、『賢弟なる秘書』巴智花丸くん、『化学者軍医』松永弥英くん、『巨神兵』呉助くん、ボクが『茶聖』辻元恒ね」
まとめて七人の名前を覚えるのは簡単ではないが、リラは頑張って覚えようとする。しかし体調のよくない頭脳では難しい。
トウリが言った。
「そして、副長の私トウリと側近のウメノを合わせて、鷹不二水軍一軍艦です」
「ちなみに二人は、トウリくんが『鷹不二のナンバー2』にして『微笑みの宰相』鷹不二桃理くん、ウメノくんが『自由な人質』だっけ?」
「違います! 姫はそんなあだ名ではありません! 人質でもないです!」
自分では人質ではなく、トウリの婚約者だと思っているのである。
ウメノに抗議されて、ヒサシが笑う。
「そっかそっか。『参越から押しかけてきた座敷わらし』……」
むぅっとウメノににらまれ、ヒサシは訂正する。
「じゃなくて、『天真爛漫な御姫様』富郷梅乃くん。これだ」
自分がどう呼ばれているのか知らないウメノは、今度は変な名前じゃないから口をつぐんだ。トウリは小さく笑う。
「ふふっ。まあ、一度に覚えようとしなくて大丈夫です。まずはご自身の健康のことだけ考えてください。今はうちには鷹不二水軍という組織があることだけ、頭の片隅に置いていただければ」
必要なら船を出すことも……と言おうとしたところで、トウリの言葉にかぶせてヒサシが付け加える。
「ちなみに鷹不二水軍っていうのは、鷹不二氏に仕える武士たちで組織した私設海軍でね。ただの水軍じゃない。貿易、運輸、政治などなんでも行うんだ」
鷹不二氏に仕える精鋭部隊ともいえる。もちろんその隊長が国主でもあるオウシであり、一軍艦から十軍艦まである。
「ご説明、ありがとうございます」
丁重なリラにトウリが微笑みかけ、
「さっきも言いましたが、まだぼうっとする頭で覚える必要もありません。さて、ヤエさんに診てもらってください」
「任せて」
と、ヤエが診察する。
診察といっても、簡単なもので、目の下を引っ張って次に喉の奥を見て、触診で体温を測り、すぐに結論を出す。
「まあ大丈夫やね。注射すれば良くなるばい」
「はい」
『化学者軍医』ヤエは注射器を取り出して、
「二回刺すけん。痛みはないからね」
と有無を言わせず治療した。
針を刺された感覚もない。一回目は針を刺してから血を抜くように注射桿を引いたが、取れたのは血の色ではなく青色のなにかだった。
――青い液体……?
リラは恐怖を感じるが、ヤエによる治療は続く。
二回目は別の注射器でなにかを注入した。注射筒に入っていた液体の色は緑色である。
「……」
「はい、よかよ」
「……あの、なんだったのでしょうか」
なぜか、もうすっかり身体が楽になって健康そのものになった感覚がする。
不思議がるリラにヤエが笑顔で教えてくれる。
「あたしの魔法《針魔療》ばい。二つの効果、《抜取針》と《接種針》があるっちゃけど、疲れ・こり・痛み・かゆみ・眠気・イライラ・緊張・元気・やる気・熱・細菌・魔力まで、体内にある物ならなんでも取ることができるけん。あと、取った物を別の人や動物の体内にも注入できるんやよ。取った物をそのまま捨ててもいいけんね」
「とか言って、ヤエくんは抜き取った物は色々と保管しているんだよね。フラスコなんかも使って仕分けもされてるしさ。まあ、ヤエくん以外に扱えないから安心だけどね。化学者みたいでしょ」
ヒサシにそんなことを暴露されると、ヤエは気まずそうに、
「基本的に治療目的やけん、なんも悪いことしとらんとよ」
とつぶやき、気を取り直して言った。
「とにかく! リラちゃんから、疲れ・緊張・熱・細菌を取って、変わりに元気と生命エネルギーを入れておいたけん、これで安心ばい。リラちゃん、楽になったと?」
「はい。ありがとうございます。もう元気溌剌です!」
リラは拳を握って力こぶを作ってみせる。
「でも、一日安静してないといけんよ。そげなわけやから、ごめんね」
ヤエはまた注射器を取り出して、リラの腕に刺す。
「《接種針》。これは眠気。あなたが思ってるよりも、体力はまだ快復しきってないと。よく寝んといかんよ」
「はい」
返事をすると、リラはすぐに睡魔に襲われて眠ってしまった。
オウシがみなに呼びかける。
「りゃりゃ。よし、仕事じゃ。みなの者、行くぞ」
「はい」
リラを除いた全員が返事をして、一同は部屋を出て行った。
最後に部屋を出たトウリが振り返り、寝入っているリラにそっと声をかけた。
「明日にはよくなっているでしょう。急ぐなかれ。それまではごゆっくり」




