幕間話劇 『勝愛之助は価値ある時間を売る』
よお、あんたら客でいいんだよな。
そうか、ならいいや。
時間ってのはとても貴重なもんだからさ、タダでおれの時間をプレゼントするわけにもいかないんだ。
いや、まあ言いたいことはわかる。
おれがヒマそうに見えるってんだろ。
実際そうだから気にするな。
え? なんでそんなに時間の話をするのかって?
もう一回聞くが、あんたら客なんだよな?
おお。それならいいや。
客は客でも、売ってるものも知らずにやってきたのか。
まったく、おもしろいねあんたらは。
ああ、そうそう。
まずは自己紹介しておくか。
おれは勝愛之助。
『時間売り』のアイノスケって呼ばれてる。
そんで、おれの魔法は《時間作り》。
客は世界中からこの店『勝愛屋』に、おれが作った商品を買いに来るんだ。
その商品とは、《省略券》。
チケットのことも知らない変わり者な客のあんたらに、《省略券》について説明するからよく聞いてくれよ。
ははっ。
返事だけはいいんだな。
いや、面構えも最高だよ。
なんでかな、おれはあんたらがさっそく気に入っちまった。
わかってる。
説明だろ? するよ。
絵本読んでくれってせがむ子供みたいだな。
さて。
この《省略券》。
一回やったことがある内容ならば、チケットを使うと同じ行動をスキップして省略できる。
こらこら。
そっちのスキップじゃねえよ。
頼むから店の中で駆け回らないでくれ。
ははっ。
素直だな、あんたら。
すぐにちゃんとやめるんだもんな。
わかってる。
せがまなくても説明するから。
で。
《省略券》だが。
行動を記録する時間に制限はない。
つまり、内職とか単純作業とかで儲けを出すには、長い時間かけて一つの流れを記録しなければならないってことだな。
ただし、チケットにかかるお金もあるから、儲けのためには使われない。それだけ効率が悪いんだ。
いや、《省略券》が高価なもんだと言ってもいい。
それだけ時間ってのは貴重なのさ。
主に、楽したいときや職人さんで仕事が立て込んでいるときなんかに使われるかな。
職人さんでもさ、同じ物を作るわけじゃないときもあるだろ?
そういう忙しい人は睡眠時間をスキップするってわけだ。
移動には使えない。
あくまで行動を省略するだけだから、経験値にもならない。トレーニングをスキップしたら、筋力アップくらいはするけどな。
まあ、なにが言いたいかと言えば。
時間をお金で買うようなもの。
これに尽きる。
金券ショップとか、旅行券ショップとか、列車券ショップとか、この店はその亜種みたいなもんだと思ってくれ。
ただの説明でもそんなに楽しそうに聞いてくれたら、こっちも話し甲斐があるってもんだ。
なんだって?
あんたらがどうやって使ったらいいのか?
そんなの自分で考えるのが一番だろ。
いや、その目的ってのがあるやつが買いに来るんだけどな。
まあ、あんたらはなんも知らずにこんな王都の目立たない店にまで来た変わり者な客だ。
せっかくだ。
これを買った客の話でも聞いていくかい?
ははっ。
相変わらずいい返事だな。
じゃあ話すぞ。
これは、とある職人さんの話だ。
そいつはさ、若いのに才能もあったんだ。
まだ二十代の半ばだぜ?
もう五十に届きそうなおれも、そいつに会ったときは三十代だったな。
十年前くらいか。
その職人、早くも才能を生かして作品を作ってそれが評判になって、いつも同じもんを作ってた。
人気があるしうれしいから作るのも苦じゃなかったらしい。
だが、忙しくなった。
そうなると、人間もう少しだけと効率を求めたくなる。
そうなのかって?
あんたらは効率とか考えなさそうだもんな。
ピンとこない顔してるもんな。
でもまあ、一般的にはそういうやつが多いっぽいぜ。
で。
その職人、ついにうちの存在を知っちまった。
そいつの作るもんは人気で売れるから、楽して稼げるように、何個も一気に作って作業工程をスキップしたわけだ。
これを売ったらちゃんと売れる。
最初は、集中や緊張もなく自分で作らずとも生産できて、楽して稼げるからどんどんチケットを買って作ってを繰り返した。
だが、しばらくすると、変わり映えがしないと陰で言われるようになってきた。
でも一応は売れているから聞く耳は持たなかったんだな。
そしてまたしばらくして。
売れ行きが微妙になってくる。
次第にそれが赤字に転じてきた。
だが、やめられない。
まだ大丈夫だろうと思って自分の手で作ることをしない生活を続けちまった。
そのあと大丈夫だったのかって?
それを今から話すさ。
あるとき、借金が膨れ上がっていて、さすがにそろそろ自分で作ってみるかと思い久しぶりにチケットを使わず仕事に向き合ったんだ。
しかし。
作ろうと思っても、元の作品さえ作れなくなっている。
そこで、夜逃げを決意した。
なんで夜逃げなのか?
借金から逃げるためさ。
え?
夜からじゃなくて現実から逃げたいんだと思ったって?
まあ、それもあるだろうよ。
そんで夜に逃げるから夜逃げになるのさ。
そうかい。
勉強になったんならよかったよ。
て、ちょっと待て。
まだ帰っちゃいけない。
話が途中だ。
こんな終わり方の話じゃおれもしないさ。
じゃあどんな終わり方になったのか?
それを今から言うよ。
わかった。わかってる。
ちゃんと話すから、せがまなくても大丈夫だ。
さて。
夜逃げを決意した職人。
そいつは、本当に運がよかった。
偶然にも素晴らしい出会いがあったのさ。
いかにも物語的だろ?
しかもそれが、『万能の天才』との出会いなんだ。
うそだろ。
あんたら、この王都で『万能の天才』を知らないのか。
やっぱり変わってるなあ。
まあ、あの人は存在そのものが都市伝説化してるし仕方ないか。
あの人もうちの常連なんだぜ。
他にも『幻の将軍』とか『大陰陽師』とか、忙しい人は求めてくるよ。
出会ったあとどうなったのか?
ああ、そうだった。
『万能の天才』に出会った職人は、物作りの気構えを聞いたんだ。
もしかしたらなにかすごい助言を受けたのかもしれねえ。
それで、再出発を決意した。
さらにその職人にとっての幸運は、『万能の天才』がその意気込みを買って、借金も待ってもらえるように口利きしてくれたことだ。
その上、『万能の天才』の元で修業させてもらえることになった。
当の『万能の天才』は家にいないことも多かったが、自分で考えて工夫していく姿勢と努力で、再び人気の職人に返り咲いた。
カッコイイって?
へへ。
実はその職人、あんたらが今手に持ってるその飴細工を作った人なんだ。
いい驚きっぷりだね。
そう。
飴細工師・佐藤蟻之。
特殊な飴を練って作るのに《省略券》を使って、さらにはお得意の金魚ばかり作るってのを一つの工程してたんだ。
しかし。
彼はその後、うちのチケットは買わなくなったよ。
また金魚を作るところから出直したのさ。
職人っていうのは、本来そうあるべきだとおれは思うね。
時間も惜しむべき貴重なものだが、それがすべてじゃない。
時間以上に大切なものだっていくつもある。
手放すものは選ばないとね。
とある外国人はこの《省略券》の噂を聞きつけて、わざわざこの国までやって来て大量に買って帰ったんだ。
これで作った物を大量生産大量販売しようとした。
だが、不良品をベースに作ったもんだから、その全部が爆発しちまったんだ。
あとで新聞で見て驚いたよ。
村が一つ吹き飛んだって言うんだもんな。
やっぱり、チケットを使う場所は考えないとね。
話がおもしろかったから買うって?
まいど。
ありがとね。
それで、なにに使うの?
え?
使う予定もない。
まあ、持ってて損なもんじゃないし、じっくり考えるといいよ。
お、そうかい。使う予定もないのに、また買いに来てくれるなんてうれしいね。
あんたらのことは気に入っちまったから、話だけでもしに来てよ。
そうだよ。
あんたらに売る時間ならタダでも惜しくはないからね。
それで、あんたら名前は?
へえ。
アキとエミっていうのか。
覚えたぜ。
そうだな。
使いたいってやつがいたらアドバイスしてやりな。
アキとエミなら間違ったアドバイスにはならないだろう。
もし商売に使うってんなら、アリコレみたいなやり方はやめさせるんだぞ。
楽して稼げる方法なんてほんのわずかさ。
わずかならどんなのがあるのかって?
いつの時代でも絶対に売れるっていう安全で普遍的なものに使えばいいわけさ。
たとえば、このチケットを作るとかね。




