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ネイサンはふうと重いため息をついた。


ちょうどレイク卿に正式な断りの手紙を書き上げたところだった。ハント侯爵家当主として――ベアトリスの後見人として。



執事を呼んだネイサンは、その後ろにあり得ない人物を見て、ぎょっと目を見開いた。



「ジェニファー!?」


「ざまあないわね、ネイサン」



艶かしい美女から思わず目を逸らす。


美しすぎて鼻の下が伸びてしまう、のではない。自分の愚かさを直視できなかったからだ。



「あなたはあの子を侮っていたけど、はじめに言ったわよね?判断を誤って後悔するのは自分よ、と」


「…そうだったな」



ああ、耳が痛い。



「あなたは最初からあの子のことしか考えていなかったわよ」


「…そうだな」



胸も、痛い。



ベアトリスとは子供の頃からの付き合いで、昔の彼女はいまよりもっともっと幼かった。見た目も、言動も。


妹みたいに思っていた頃は彼女を助けることなんて当たり前だったのに、婚約者として意識してしまうとその幼さが気になって仕方がなく、次第にそれは不満に変わっていった。


『お前の婚約者、かわいいな』


そう言われるのが我慢ならなかった。



いまではただ己の未熟さゆえだと理解できる。だが当時は違った。



「きみにも迷惑をかけてしまったね」


「わたしのことはどうでもいいのよ」


「そうか?その割には相手がいないようだけど…」


「うるさいわね!」


二人揃ってなんて失礼なのかしら!



ぷりぷり怒るジェニファーについ笑ってしまう。いや、笑い事ではないんだけど。



婚約者だったベアトリスの幼さに心を乱されていたネイサンは、真逆のタイプであるジェニファーに惹かれた。そして勢いのままベアトリスとの婚約を破棄してしまった。


…それが真にジェニファーを愛してのことだったら、どれだけよかったか。


結局はベアトリスに対しての当てつけに過ぎなかった。



ネイサンが傷つけたのはベアトリスだけではない。ジェニファーもだ。



ベアトリスが行き遅れなら、ジェニファーは略奪者だ。すべてはネイサンの愚かしいプライドのせいで、彼女たちは不名誉な称号に苦しんでいる。



「あなたも大変だと聞いたけど?」


「ぼくのことはどうでもいいさ。どうせ身から出た錆だ」


「ああそうよね」



…そうあっさり頷かれるとやはり辛いのだが。



ネイサンは成人して侯爵家を継いだが、結婚はしていない。妻を迎えることは許されなかった。


今後もし女性を迎え入れることがあっても、籍を入れることは叶わない。ずっと内縁関係のままだ。同様に、たとえ子供が生まれてもその子がハント家の子と認められることはない。

ネイサンの次の当主は分家筋から選ばれることが決まっている。


それらすべてを受け入れて侯爵家を継ぐことが、ネイサンへのペナルティだった。


若い女性の人生をめちゃくちゃにしたのだから当然だ。



「ベアトリスにすべて話してしまいなさいよ」


「できるわけないだろ。苦労かけるだけだ」


「それでも愛してるんだーって言えば?ベアトリスなら許してくれるでしょう」


「虫がいい話だ。ビービーだって呆れるさ」


「そうは言っても、このままでいいの?」



行き遅れと言われるベアトリスの社交界での評価は、いまはまだ哀れむ声が強い。けれどそれも時が経てば忘れられ、嘲る声が増えるだろう。



そもそも、いまだにベアトリスの相手が見つからないのも、ネイサンがベアトリスを好いていることがもはや公然の秘密だからだ。


ネイサンはとても愚かなことをしたが、それを挽回するのもまたネイサンだと思われている。



―――だからベアトリスの婚姻については後見人の了承が必要で、その後見人がネイサンであることは、両家ともに納得済みだ。



ここまでお膳立てされているのに。



「いいや、だめだ、ビービーに申し訳が立たない」


「あなたね…」



いい加減にしないと、また取り返しのつかないことになるわよ。




***

「え、え…!?」


「あなたがベアトリス嬢?えー!?話に聞くより全然かわいいじゃん!」


「ちょ、あの……?」


「こんな愛らしい人が行き遅れだって?冗談でしょ、ここの人って見る目ないんじゃない?」


「や、それは…」



社交シーズンがはじまり、一番大きなパーティーでベアトリスは他国の見目麗しい男性に声をかけられ困っていた。



「おい、ほどほどにしておけよ」



彼の知り合いなんだろう、これまた麗しい男性が注意してくれる。


眉を下げたベアトリスがほっとしたのも束の間。


その濃緑色の髪の男性と腕を組む、ラズベリー色の髪の美女が「あら」と微笑んだ。



「素敵な女性ね、殿下」


「だろう?さすがレイラは見る目がある」



「で、殿下ああぁ!?」



「おっと、非公式なんだった」



紺色の髪の男性の正体は、海に面した国の王子様だった。貿易業が盛んで華やかな国。

ベアトリスのいるこの国とは比べ物にならないくらい大きな国だ。



「なんだ、いい出会いがあったのか、よかったじゃないか」


「そうね、殿下、モテないから」


「そうだな、アドリアン、モテないから」



「…おい、お前ら」



「ふ、ふええ」



あまりのことにベアトリスは混乱して涙が溢れた。驚き慌てる王子様に、飛んでくるネイサン。



「は?後見人?しかも元婚約者だって?お呼びじゃないね、どっか行きな」



しっしっと片手でネイサンを追い払った王子様は甘い笑顔でベアトリスを言いくるめ、いや、口説き落としてくる。



「ねえ、オレもビービーって呼んでいいかな」



素敵な男性にぽうっとなってしまったベアトリスはうっかり頷いてしまい。


そのまま海の向こうの国に連れ去られた。



「な、王子だって…?」


「もう、だから言ったじゃない」



行き遅れと言われたベアトリスはもういない。


しかし男運がよくなったかと言えば…?



甘く優しいアドリアンは機転が利き、頼りになるが、彼と関わりのある女性たちの多さにベアトリスが暴走するのは――また別の話。

おしまい

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