臣下と忠誠
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後日
正殿―― 謁見の儀
魔王は正殿に入るなり、じろりと部屋中を眺め見た。
予定にはない謁見の儀。朝餉の後で唐突に知らされたそれに不快は隠せない。
「はっ。謁見とは何であったか。これは決起集会の間違いではないのか?」
「決してその様なことは。皆から至急謁見の申し出があったので、一堂に会したまででございます。本日の謁見には…」
手にした巻物をバラリと解き、流暢に参加者の名を述べあげる近衛。
それとは対照的に臣下達は重々しい表情で、目を伏せたまま微動だにしない。
皆、気まずさを感じながらも集まらずにいられなかったのだろう。
「魔王殿!」
近衛が族長達の名を読み上げるのを阻み
ズイ、と身を乗り出して口を開いたのは 竜王だった。
「竜王。お前がこいつらを集めたのか?」
「皆、思うことは同じであったというだけですじゃ」
「前回は我々も、天使の事で混乱しておった! 今日こそしかと、お話を聞かせてもらいましょうぞ!!」
「ふん。混乱したならば、いっそ混乱したままでいればいいものを」
淡々と文句を吐き出しながら、中央の御帳台へと進む魔王。
その背に向かい、老いた竜は火を吹く勢いで捲くし立てていく。
「皆、冗談で集まっているわけではないのですぞ!」
「これが暇人の集いだったのならば、俺とて出向いたりしておらぬ」
「魔王殿には未だ、王たる者の自覚が足りておらぬ!! 先代魔王殿におかれてはこのような――…
魔王はその言葉を聞き、簾中に入る一歩手前でピタリと足を止めた。
開いた扇から瞳を覗かせ、竜王を捉える。
「……その言葉は俺への愚弄か――?」
「なっ」
「違うとでも? ならば、我が父への忠誠か?」
「――っ」ビタン!
返す言葉を失い、竜王は大きく尻尾を床に打ち付けた。
そしてそのまま、ゆっくりとその巨頭を垂れて鎮まっていく。
仕える『魔王』への愚弄など、決して許されない。
もとより愚弄するつもりなどはなく、言葉が過ぎるのはただの老婆心なのだ。
(……魔王殿は“魔王殿”じゃ、いつまでも若君ではあらせられぬ。わしの振舞いは改めねばならぬことも承知…。 じゃが……)
竜王はもともと、力強い賢王だった先代に忠誠を誓って仕えていた家臣だ。
先代の在位中は、何度も幼かったこの魔王を叱咤し、厳しく忠言を繰り返した。
(厳しくも思慮深くあられた、先代魔王殿――。
その元で、強く立派な後継を育てるべく情熱を燃やした日々は、未だつい先日の事のように思えますのじゃ……)
継承も戴冠の儀も終え、“魔王”が交代したのはつい先秋のこと。
この国の王達には、伝統的な風習として
『より多くを次代に継承する事が王の誉れである』という考えがある。
この風習の中で、先代は見事に全てを手放してみせた。
残したのは小さな東屋と一人の女房だけで、もはや奥殿にすら居を持たない身となった。
知恵こそ残ってはいるものの、“人格者”以上の評価を得ることはできない。
そんな身分へと、自分を押し下げたのだ。
だが何よりも見事だったのは、そんなことではない。
最も誇るべきは、『臣下』の全てが若き魔王に継承された事だったと竜王は考えている。
(主君が替われば臣下も変わるもの。離れる者が出るのは、これまで当然じゃった。
じゃが先代から今代へと変わる際には、誰一人として離れるものが居らんかった……)
『臣下達は皆、王の誉れとなりたかった』――
若き魔王に忠誠を移譲することこそが、
臣下達に出来る 先代魔王への最期で最大の礼であり、忠誠だったのだ。
そんな時代の魔王に仕えた事は、竜王にとっての誇りでもある。
だからこそ今、忠誠を誓うべきは この『魔王』ただ一人でなくてはならない。
先代の誉れに、傷をつけてはならないのだ。
(……ならないというのに…。ワシは先代王という“個”に、未だ執着をしておるのか…?)