タイムアウト
覚えていらっしゃいますか。カズマさんと同じ店で働いていたマリコです。
カズマさんと一緒に退職したあと、私は警察官になりました。高卒の私でも警察官になれるのか、と少し驚きました。
今日は、カズマさんに聞きたいことがあって筆を取りました。と言ってもワープロなんですけどね。
カズマさん。いつだったか、あなたが店長のエプロンをカレーで汚してしまったことがありましたね。厨房から見えていましたよ。確か、そのカレーは私が作ったものだったような……。
私は、あなたがその月のお給料が減っていると言っていたのを覚えています。その時は言わなかったのですが、私の月給からも1万円引かれていました。恐らく他の方も1万円だけ引かれていたのでしょう。店長はエプロンを汚したのがあなただとは気づいていなかったのです。連帯責任を取らせていただけです。
ですがあなたには言えませんでした。あなたはいつも暗い目をされていました。接客業をしているとは思えない、低く小さい声でした。それが、カズマさんが少し怖い人という印象の原因になっていました。
突然の手紙にこのようなことを書いて申し訳なく思います。あなたのことを書いていると、画面が濡れてきました。いや、画面は乾いているのかもしれません。
カズマさん。あなたは高校生の頃、殺人事件の現場にいたそうですね。警察署の調書にあなたの名前があるのを、昨日見つけました。生徒の1人が偶然見つけたカッターナイフで教師2人を刺した事件です。
犯人の生徒は、別の生徒が所持していたカッターナイフを盗んだと供述しています。カッターナイフの所有者とされる生徒に確認すると、そのカッターナイフは彼のものではなく、どこかから突然現れた謎の凶器であることがわかりました。
調書には、その黄色いカッターナイフの写真がありました。黒いマジックでその生徒の名前が書かれていました。しかし、写真でもわかるほど文字が右に擦れていたのです。
所有者とされる生徒が書いたものなら、こんな状態になることはありません。彼が右利きだからです。
カズマさん、あなたは左利きでしたよね?
カズマさんは不思議な人です。当時の警察でも、カッターナイフの所有者を特定しようとして、事件の関係者で左ききの人物を洗っていました。数人の候補が出て、最初にリストから外されたのはカズマさんです。犯人の生徒と接触も面識もなかったから、と調書には書かれていました。
カズマさん、今どこにいますか?
この手紙はあなたの実家に送ります。話を聞かせてください。何より、あなたが行方不明だと聞いて心配しています。もし、この手紙を読んでいたら、私の携帯電話に連絡してください。一緒に働いていた頃と同じ番号です。
3月30n




