第1話 鏡の向こうの大学生
私の名前は佐藤あかり、17歳、高校2年生。
特に目立つところもない、普通の女子高生だ。
……はずだった。
「……は?」
目が覚めて最初に感じた違和感は、布団の感触だった。自分の部屋の布団より明らかに高級で、広い。
次に違和感を覚えたのは、自分の手。
長くて、骨ばっていて、明らかに男の人の手だった。
「うわっ!?」
飛び起きて鏡の前に立った瞬間、私は本気で悲鳴を上げそうになった。
そこに映っていたのは、身長180cmは確実にある、長身のイケメンだった。
整った顔立ち、すっきりした二重まぶた、軽くウェーブのかかった黒髪。Tシャツの上からでもわかる、引き締まった体。大学生っぽい部屋着を着ている。
「え、嘘、夢? 夢だよねこれ……?」
慌ててスマホを探すと、机の上に置いてあったのは見知らぬiPhone。ロック画面の壁紙は、見知らぬ大学のサークルの集合写真。中央に、さっき鏡で見たイケメンが笑っている。
名前は高橋悠真、22歳、文学部3年生。
「なんで……私が……?」
状況を整理しようとした瞬間、部屋のドアがノックされた。
「悠真ー、朝飯できたぞー。今日もゼミあるんだろ?」
男の人の声。どうやらルームシェアか家族と暮らしているらしい。私は(悠真の体で)ガチガチに緊張しながらドアを開けた。
「…………おはよう」
声が低くてデカい。自分の声じゃないのに、自分の意志で出てるのが気持ち悪い。
朝食の席で、私は必死に「高橋悠真」として振る舞った。幸い、ルームメイトの先輩はあまり詮索してこなかった。悠真はあまり喋らないタイプらしい。助かった。
大学に行く電車の中で、私はスマホをいじりながら必死に情報を集めた。
高橋悠真は成績優秀、テニスサークルに所属、顔が良いせいか女の子からの連絡がそこそこある。でも本人は真面目で、最近は就活で悩んでいる様子だった。
そして一番衝撃だったのは——
「この人……めちゃくちゃモテるじゃん!」
大学に着くと、道を歩くだけで女の子がチラチラ見てくる。講義室に入ると何人かに声をかけられた。特に可愛い子が「悠真くん、昨日の課題の答え教えて〜」と寄ってくる。
私は顔を真っ赤にして(イケメンの顔で)適当にごまかした。
午後のゼミでは、さらに地獄が待っていた。
教授に「高橋、君の先月のレポートは非常に良かった。今日も期待しているぞ」と言われ、私は冷や汗をダラダラ流した。
私は文学なんて苦手なのに……。
一日をなんとかやり切り、夕方、自宅(悠真の部屋)に戻った私はベッドに倒れ込んだ。
「もう無理……帰りたい……」
涙が出そうになった瞬間、ふと気づいた。
悠真の机の上に、散らばった就活資料。
「本当にやりたいことは何だろう」と赤ペンで何度も書いてあるメモ。
そしてベッドの横に置いてあった、小説の書きかけ。タイトルは『鏡の向こうの自分』。
「……あの人も、悩んでるんだ」
私は自分の(本当は悠真の)手に視線を落とした。
この大きな手で、私は今日、電車で何人も人を優先席に立たせた。
講義では、知らないうちに周りの人が私の(悠真の)意見をしっかり聞いてくれた。
女子高生の私は、いつも「可愛くなりたい」「目立ちたくない」「でも認められたい」と狭い世界でもがいていた。
でも今、この体は、ただ存在するだけで周りを動かしてしまう。
「……ちょっとだけ、いいかも」
私は悠真のスマホを開き、自分の(あかりの)SNSアカウントを探した。
そこには、いつも通りの日常が写っていた。
少し地味だけど、笑顔の私。
「明日には元に戻ってるよね……?」
布団に潜りながら、私は小さく呟いた。
朝起きたら、元に戻ってるといいな。
でももしこのままだったら——
私はイケメン大学生の体で、少しだけ、笑ってみた。




