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(が、眼福……!!)
祭壇から少し離れた場所でマルセラと共に待機していたイレーヌは、目の前で繰り広げられている映画さながらの光景に胸が高鳴るのを抑えられずにいた。
ステンドグラスを通して降り注ぐ陽光を浴びて佇む金髪碧眼の美少女と、彼女の前に跪く眉目秀麗な少年。少年は少女の手を取り、慎重に彼女の指に光り輝く指輪を通していく。
貴族が婚約を結ぶ場合、男性の方の家が取り仕切って婚約式を行うのが一般的だ。その時に互いの家にいわば結納品ともいえる婚約の品を贈ることになっている。そしてその品には、本人の瞳の色と同じ色を何処かしらに取り入れることがほとんどだ。
アランとルイーズがこの領地視察を終えた後、9の月に王都のロッシュブール公爵邸にて盛大に婚約式が執り行われる予定だ。すでにルイーズの衣装はデザイン決めと採寸が済んでおり、現在針子達が鋭意製作中である。もちろんアランへの婚約の品も注文済みで、イレーヌが聞いたところによると、ルイーズの瞳の色であるサファイアを使った装飾品──おそらくブローチになるだろう、とのことだった。
だが婚約の品というのは、あくまで家同士が取り交わすもの。今回の指輪は、それとは別にアランが個人的に準備したものということになる。
(アラン様、なんて素敵なの! この歳にしてスパダリ過ぎる……!!)
心の中でアランへの賞賛の言葉を叫ぶイレーヌ自身にもリュックという婚約者がいるのだが、基本的に魔法以外に興味がないリュックからは、婚約に際して個人的な贈り物など受け取っていない。互いに11歳という年齢を考えればごく当たり前の話なのだが、ルイーズを羨む気持ちが全くないといえば嘘になる。
しかし、この先に起こるであろう出来事を考えると、そう呑気にルイーズを羨んでばかりもいられないのだ。
(もし、ゲームの通りにアラン様が事故で亡くなってしまったとしたら、この指輪を見る度にルイーズ様はきっと辛い気持ちになる。……ううん、辛いなんてものじゃないはず。事故が起こることが分かっていてそれを防ぐことができなかった自分を、一生責め続けることになる。それだけは絶対に避けなければ───って、ええぇ!?)
隣でマルセラがたじろぐ気配がしたのを感じて、イレーヌは自身の思考から抜け出した。そして、しっかりと見てしまった。
立ち上がったアランが蕩けるような甘い表情でルイーズを抱き寄せ、そっと顔を近づける姿を。
(う……っ、わぁ……)
唇に軽く触れるだけのキスを落としたアランに、真っ赤な顔でルイーズが抗議する。
「アッ、アラン様……皆が見ているから……!」
「ふふっ、誰も見ていなければいいの?」
「そういうわけじゃ……っ」
アラン様やるなぁ……とニマニマしながらも、ルイーズの反応から、これが初めてではないな、とイレーヌは推察した。
隣のマルセラは、拳を固く握りしめて2人を凝視している。婚約が決まってからは以前ほどアランに対して厳しい態度ではなくなっていたものの、さすがにこれは彼女の許容範囲を超えていたらしい。
家臣達の見ている前でキスをされて恥ずかしがるルイーズと、楽しそうにそれを揶揄うアラン。話しかけるのも躊躇われるほど甘い雰囲気を漂わせるロイヤルカップルに堂々と声をかける猛者──それがマルセラだった。
「ルイーズ様。そろそろヴァンドール侯爵邸に戻られるお時間です」
「……っ、そっ、そうね! そろそろ帰らないとマクシム様が心配されるわよね」
「…………チッ」
するりと腕の中から抜けたルイーズを見遣ったアランから小さな舌打ちが聞こえてきて、アデルはギョッと目を剥いた。
常に沈着冷静な主人がこんな風に感情を表に出すのは、大抵王女絡みだと決まっている。それだけアランにとって彼女は特別な存在ということだろう。
「教会の門の外に馬車を待たせてあります。ロッシュブール公子様は2台目の方に──」
「断る」
マルセラの言葉を遮り、アランがきっぱりと言い切った。13歳とはとても思えないその冷徹な表情に、周りの大人達が息を呑む。一拍の間の後、誰よりも早く立ち直ったマルセラが控えめに切り出した。
「──……警備の観点からは、お二人は別の馬車の方が望ましいのですが」
「どちらにしろ襲われる時は同じだ。何かあった場合、僕のことは気にしなくていい。自分の身は自分で何とかするから、ルイーズを守ることだけに集中してくれ」
「かしこまりました」
ここまで言われてさらに反論することは、王女の侍女といえどもさすがに憚られる。深々と頭を下げたマルセラから視線を外したアランが、さっきまでの氷の仮面を脱ぎ捨てて柔らかく微笑んだ。
「行こうか、ルイーズ」
「……ええ」
アランに手を取られたルイーズは、すぐさま自身の指に長い指が絡められるのを感じて、隣の端正な顔を見上げた。
「……まだ恥ずかしい?」
「ちょっとだけ……」
「恥ずかしがっているルイーズも可愛いよ」
「もうっ、アラン様……!」
婚約者である自分への愛おしさを隠そうともせず、切長のグレーの瞳が嬉しそうに細められる。ギュッと握られた手に力が込められるのを感じて、ルイーズも手を握り返した。
(私はこのアラン様しか知らないけれど、きっとあれが普段の姿なのよね)
自分以外にはアランが決して愛想が良いとはいえず、口元は微笑んでいても目は笑っていないタイプだということはルイーズも知っている。世間で言われている"完璧公爵令息"の仮面が崩れるのが自分の前だけだということが嬉しいと感じてしまうあたり、自分もかなり重症だなぁと思ってしまう。
教会で働く者達がずらりと並んで門まで見送りに出てきたため、ルイーズは先頭の赤い法衣を身につけた司教に労いの言葉をかけた。
「プレリエ司教、お心遣い感謝いたします。おかげで有意義な時間が過ごせました」
「それはなによりでございます。どうか良い旅を、王女殿下、ロッシュブール公子様。皆様にシャルル大王様のご加護がありますように」
そう言って、司教は身体の前で両手を合わせた。前世でもお馴染みのこのポーズは、この大陸において祈りを捧げる時に行うものだ。手を合わせる集団に見送られて門を出たところで、ルイーズはふと露天商が教会の外壁沿いに並ぶエリアに目をやった。
(………?)
露天商の多くは、シャルル1世や王室関連のグッズやアクセサリーを売る者達だ。王都の教会の周りでもよく見られる、ありふれた光景。ここへ来る時にも同じものを見ているはずなのに、何処かが違うと感じる。言葉にはできない、違和感。
「……ルイーズ?」
「あ……っ、ごめんなさい」
知らず立ち止まっていたルイーズは、アランに声をかけられて我に帰った。通りの向かい側に待たせてある馬車へ向かうため足を踏み出そうとしたところで、一番近くにいる露天商の男に声をかけられた。焦茶色の髪と瞳という、何処にでも居そうな極めて平凡な見た目の男だった。
「そちらの可愛らしいお嬢さん、良かったら一つどうだい? 王女殿下の婚約を記念して、いまなら特別に王女殿下の姿絵がいつもの半額だよ」
「控えよ! この方に直接話しかけるなど──」
「構わない」
すかさずルイーズの前に出て男を注意しようとするマルセラを短く制したアランが、いつもの他所行きの笑顔を浮かべた。
「家の者が失礼した。……王女殿下の姿絵を見せてもらえるかな?」
「お坊ちゃん、お貴族様なのかい? さすがに目が高いね!」
男が差し出してきた姿絵は、今年の新年祝賀会の際のルイーズを描いたものだった。クリスタルが散りばめられた豪華な白いドレスを着て、頭にはサファイアとダイヤがあしらわれたティアラを載せている。
「へぇ、よくできているじゃないか」
「王女様を見たことがあるのかい?」
「王都のパレードで少しだけね」
「そうかい! 見たことがある人が言うんなら、間違いないな。……そういえば、隣のお嬢さんは王女様と髪の色がよく似てるね」
「え、ええ……よく言われるわ」
「ふぅん……?」
ルイーズの返事を聞いて意味ありげに笑った男の纏う空気が、一瞬でガラリと変わった。
(え、なに……急にどうしたの……?)
これといって特徴のない男の顔の輪郭が急激にぼやけ始め、周りの風景が揺らめきだす。3D画像を専用の眼鏡無しで見ているかのように幾重にもぶれて見える視界に、ルイーズは目を瞬いた。
「──ああ…………噂には聞いていたが、本当に生き写しだ」
「え……?」
口調や声色までもが最早別人ともいえる男の琥珀色の瞳が、魔法で変えられたルイーズの若草色の瞳を真っ直ぐに捉えていた。
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⇒ 魔女か、聖女か〜魔女と言われて国を追われましたが、実は前世で聖女でした〜
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