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令和最初の投稿。
今回はアラン視点です。
僕はグランシェール王国の三大公爵家の1つ、ロッシュブール家の嫡男アラン。この春で10歳になったばかりだ。父は若くしてこの国の宰相を務めるフランソワ・ド・ロッシュブール。
僕の容姿は、瞳の色を除いて全体的には母に似ていると思う。しかし、性格はおそらく父親寄りだ。僕の3歳下の弟ジョアンは見た目が父にそっくりなので性格も父親譲りだと思われがちだが、見た目によらず穏やかな性格をしている。
僕は幼い頃からグランシェール王国を支える公爵家の嫡男としてふさわしい礼儀や知識、判断力、品性等いろいろなものを身に付けるよう周りから求められてきたし、僕自身もそれが当然のことだと思ってきた。だから、勉強でも剣や乗馬の稽古でも教師の期待に応えるのが楽しかったし、そのことについて特に重荷だとか不満に思うこともなかった。
僕にとって他人よりも優秀なことは当たり前。たいていのことは自分の努力次第で何とかできる───そう、思っていた。
◇◇◇◇◇
初めて参加する王家のお茶会。王城自体には父の付き添いで何度か来たことがあるが、招待客としてしかも離宮に来るのはこれが初めてだった。王宮庭園の薔薇については父から聞いたことがあり、ぜひ一度見てみたいと思っていた。
王太子殿下ご夫妻への謁見が終わり、軽く食べ物を口にしていた時に妹がなんだかソワソワと落ち着かないことに気づいた。彼女が何度も視線を向ける方向には1組の家族。両親と男女1人ずつの子供──歳の頃は我が家の弟妹と同じくらいに見える。
見たところ特に変わった所のない貴族の一家のようだけど、妹は一体何がそんなに気になるんだろう?
不思議に思いながらもしばらく様子を見ていたら、その家族の方に向かって妹が歩き出したのに気づいて慌てて止めに行った。僕に続いてすぐにジョアンもやってきた。
「1人でどこへ行くつもりなんだ、カミーユ?」
「わたくしあの方とお友達になりたいのですわ。邪魔をしないでください、お兄様」
「あの方って…お前が見ていたあのご令嬢か?」
「そうですわ」
「友達になるといっても、そもそも彼女が誰なのか知っているのかい?」
「いいえ。ですから、これからそれを聞きに行くのですわ」
「………」
妹の話を聞いて頭が痛くなってきた。ジョアンも「カミーユ、お前な…」と呆れ顔だ。
カミーユは良くも悪くも典型的な貴族の令嬢だと思う。というのも、彼女は自分の考えや行動が他人に否定されると思っていない節がある。だから基本的にマイペースだし、他人から自分がどう思われているかなんて気にしていない。小さい頃からそのように育てられてきたから当然といえば当然なのだが、僕から見れば危なっかしいことこの上ない。
2ヶ月ほど前に参加したオルセー侯爵家のお茶会で、そのことを僕ははっきりと悟った。歳が近い令嬢がいるということで僕とジョアンも一緒に招待されたのだが、僕より1つ年下のオルセー侯爵令嬢とその友人の伯爵令嬢2人がとにかく酷かった。お茶会の間中ずっと僕とジョアンを褒めそやし媚を売ってくる。1人ポツンと寂しそうにしているカミーユにたまに話を振ったかと思うと、話の内容はやはり僕たち兄弟のことか公爵家のことばかり。
男兄弟に囲まれているカミーユにとって、歳が近い同性と話せるいい機会になるかと期待していたのに。これではただカミーユが周りの令嬢たちに利用されているだけではないか。
ほかの2つの公爵家には歳の近い子供はいないため、学園に通う年齢になった時には女子生徒の中でカミーユが1番位が高くなる。当然そこには彼女の地位目当てで近づいてくる輩も出てくるだろう。だからせめてそれまでのうちに、彼女の味方になりうる友人を見つけてやりたいと両親は考えたらしい。特に自らも侯爵令嬢である母には、高位貴族の令嬢として生きる厳しさが身に染みているのだろう。
そんなことがあって、カミーユが名前も知らない令嬢と友達になりたいなどと言い出した時には、いやでも警戒せざるを得なかったのだ。ところがそんな僕の懸念をよそに、父は件の家族を見て「あぁ」と笑った。
「あれは、私の部下であるレーヌ伯爵とその家族だ。奥方は確かドランジュ伯爵家の出身ではなかったかな?…彼は仕事の出来る信頼に足る男だよ。レーヌ伯爵のご息女ならば大丈夫だろう」
「本当ですか、お父様?」
「あぁ、カミーユ。彼女と友人になりたいのならば、まずきちんと伯爵家の方々に挨拶をしなければならない。できるかね?」
「ええ、お父様。できますわ!」
滅多に他人を誉めることのない父がここまで評価するレーヌ伯爵とは、どのような人物なのだろう?
父の部下であるというレーヌ伯爵とその令嬢に僕は興味を覚えた。そして実際にレーヌ伯爵令嬢、ルイーズ嬢を目の前にした時、僕はその姿に釘付けになってしまった。
ルイーズ嬢は顔立ちは整っているけれど、決して派手ではない。実のところ、遠目に見たときはどうしてカミーユがそんなに彼女にこだわるのか不思議に思ったくらいだった。ところが近くで見てみると、その稀有な容姿は際立っている。
金糸のようなプラチナブロンドの髪は緩くウェーブがかかって彼女の優しい印象を増しているが、何より目を引いたのが濃い青の瞳だった。それは少し前に見た王太子殿下、そしてそのお子様達と同じくらい…いやもしかするとそれ以上かもしれないほどに深い、サファイアブルー。この国で王家の直系にだけ現れるという"高貴な青"───その言葉がとっさに頭に浮かんだ。
ややぎこちない淑女の礼を取りながら名乗る彼女の声も可愛らしく、もっと聞いてみたいと思う。侯爵家のお茶会でご令嬢達が色めき立っていたスマイルで挨拶をしてみたけれど、頬を染めるどころかむしろ少し引いているようにさえ見える彼女に、ますます興味を覚えた。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、父が子供たちだけで薔薇園に行かせてくれた。聞けばルイーズ嬢は僕よりも2つ年下、ジャック殿はジョアンやカミーユと同い年だと言う。学園で1年しか被らないのが残念だけど、将来彼女の制服姿を見ることができるのだと思うと今から楽しみで仕方がない。
僕が手を差し出した時の驚いた顔、カミーユへのお世辞抜きの率直な意見を述べた時の怜悧な表情、その後の僕からの賛辞に返した艶やかな笑み、カミーユと手を取り合って喜ぶ無邪気な笑顔。
これほどの短時間に驚くほどの表情を見せてくれる彼女から、気づいたら目が離せなくなっていた。そして上手いことカミーユを言いくるめて2人だけで歩いてきた薔薇園の真ん中で、僕は立ち止まってルイーズ嬢の方へ向き直った。ちなみに手はまだエスコートしたまま。
「ルイーズ嬢は薔薇は好き?」
「はい。とても綺麗ですし、いい香りもしますから」
「うん、僕も好きだな。ここには外国の薔薇も植えてあるのは知ってる?」
「王太后様が薔薇がお好きで、珍しい薔薇を植えてあると聞きました」
「そのとおり。確かもう少し先にあると思うから、行ってみようか」
「はい!」
嬉しそうに返事をするルイーズ嬢からは、お茶会の令嬢たちのような媚は一切感じられない。乗せた手から少しずつ緊張が取れてきたのを感じた僕は、再び歩き出すタイミングでそのまま手を下ろして彼女の手を握った。
「え?」という表情でこちらを見たのが分かったけど、わざと気づかないふり。無理に手を解かないから暗黙の了解と取ることにする。…まぁ、公爵家子息の手は解けないことが分かってやってるんだけどね。
外国産の品種のエリアに近づくにつれて、むせ返るような薔薇の香りが漂ってくる。話には聞いていたけれど、これはなかなかキツイな…。王太后様は他の国から嫁がれた方だからこの匂いに耐えられるんだろうけど、この薔薇の世話をしている庭師はたまらないだろうな。
そんなことを考えていると、やはり強烈な匂いが気になったのかルイーズ嬢が物言いたげな表情で僕を見てきた。
「あの、アラン様…この辺りの薔薇…少し香りが強いような気がしませんか…?」
「うん、やっぱりそう感じるよね。僕も今日初めて嗅いでみたんだけど、外国産の薔薇は僕達には香りが強すぎるね」
「外国産の薔薇は我が国のものと違うのですか?」
「まぁ、どちらかというとグランシェールのものが他の国と違うんだけど」
「……どういうことですか?」
「ルイーズ嬢はまだ習っていないかな?我が国の民が外国の民族よりも嗅覚に優れていること」
「え…そうなのですか?」
僕の言葉を聞いて、ルイーズ嬢は目を瞬かせている。確かに、普通に生活していればあまり気づくことはないかもしれない。かく言う僕も国学で習った時には大いに驚いたものだ。
「僕達の祖先が獣人だということは知ってる?」
「…いえ、知りません」
「そうか。…ずいぶん昔の話だし、もうほとんど神話レベルだからどこまで本当かはわからないけどね。僕が習った話によると、僕達グランシェールの民は獣人を祖先に持つと言われていてね。獣人の特徴である耳や尻尾は退化してしまったけれど、身体的特徴のうちのいくつか…聴覚や臭覚の鋭さ、運動能力の高さなどは残ったそうだ。…といっても、本来の獣人のレベルからすれば微々たるもので、他国の人たちに比べたら少しばかり優れているという程度みたいだけれどね。それでも、かの建国の祖シャルル・ド・ラ・グランシェールと彼の仲間達がこの国を創る時にはその能力が大いに役立ったらしい。彼らには強い魔力もあったから、どんどん付き従う人々も増えていったという話だね」
「……そうなんですね…知りませんでした」
心底驚いたという表情で「そんな裏設定があったとは…」と呟くルイーズ嬢。ん?何だ、裏設定って?
「ルイーズ嬢?…どうかした?」
「……!!い、いえ…何でもありません!」
「そう?ならいいけど」
あたふたと慌てる顔も可愛い。百面相をする彼女を見ているのも楽しいけれど、まだ説明が途中だったことに気づく。
「───で、さっきの薔薇の話なんだけど」
「あ、はい。…えぇと、つまり…嗅覚の鋭いグランシェールの人々は、香りのきつくない品種の薔薇を植えるようになり、それがこの国の品種として定着した、ということですよね?」
「……うん、その通りだよ。すごいね、さっきの説明ですぐにそこまで分かるなんて」
「そうですか?普通だと思うのですけれど」
「……ルイーズ嬢は勉強を始めてからどれくらいになるの?」
「もうすぐ2年になります」
「そうか…」
ルイーズ嬢はごく普通だと思っているみたいだけど、この歳でそこまで頭の回転が早いご令嬢はなかなかいない。しかも勉強を始めてからまだ2年足らず。学園に入学するまでに基礎的なことを終えていればいいのだから、まだ習っているのは初歩的な内容のはず。この洞察力は彼女が生まれ持った資質なのか、それとも……。
接していくほどに、新たな面が次々に出てくる。宝石のように美しい瞳を持つ、宝石の原石のような彼女を、僕だけのものにしたい───。
初めて自分の中に湧き上がる感情に自分自身で驚いていると、遠くからルイーズ嬢の名前を呼ぶ声が聞こえた。どうやら彼女の友人のようだ。置いてきたカミーユ達も気になるし、名残惜しいが仕方がない。
「……迎えが来たみたいだから、そろそろ戻ろうか」
「…はい」
声が聞こえたのは薔薇園の端の方。そこまではもう少しだけこのまま…と思っていたけれど、楽しい時間ほどあっという間に過ぎるもので。気づけば、すぐ近くにルイーズ嬢の友人達が彼女を探しにきていた。
「今日は君とこうやって話すことができて、本当に楽しかったよ」
「私もです。エスコート、ありがとうございました」
「いや、僕がやりたくてやったことだから。……僕も手紙を書いてもいいかな?」
「……はい、私でよろしければ」
「ありがとう。妹は見てのとおり少しマイペースなところがあるけど、よかったらこれからも仲良くしてやって欲しい」
「はい、もちろんです!」
ニッコリした僕に、花の綻ぶような満面の笑みで彼女は頷いた。高鳴る鼓動を隠すように、ずっと握ったままだった彼女の手を離し、僕は恭しく礼を取った。
「ありがとう。…ではまた、ルイーズ嬢」
「ごきげんよう、アラン様」
ドレスの裾をつまんで綺麗な礼を取った彼女にくるりと背を向け、カミーユ達を待たせている場所へと向かう。ジャック殿は広間に一緒に連れて行くとしよう。
「今はまだ、文通以上のことはできないけど。それでもいつかは、必ず君を手に入れてみせるよ。───覚悟してて、ルイーズ」
今を盛りと咲き誇る色とりどりの薔薇の小径を歩きながら、僕はひとりごちた。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
お茶会終わらなかった……
2019年5月5日加筆修正しました。




