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「はい、ルイーズ。あーん」
「…じ、自分で食べられるわ」
「僕が食べさせたいんだよ」
「ええ…?」
ロッシュブール公爵家別邸のサロンでアランと昼食後のデザートを食べていたルイーズは、これまでにない窮地に陥っていた。
目の前には、満面の笑みでスプーンに乗ったゼリーを差し出すアラン。よもや周りに人がたくさんいる中で美少年に「あーん」される日が来ようとは…!!
「今日は僕の誕生日のお祝いに来てくれたんだよね?」
「ええ」
「なら、僕のお願い聞いてくれるよね。…はい、あーん」
スプーンの上で、美味しそうなゼリーがプルプルと揺れている。その向こうには、恐ろしいほどに整ったアランの笑顔。
(これって、食べないと終わらないやつ…!?)
誕生日のお願いだと言われると聞かないわけにはいかない。恥ずかしさに震えながらギュッと目を閉じたルイーズは、意を決してパクリとスプーンを口に入れた。
「…美味しい?」
耳元で囁くように尋ねられてコクンと頷いたものの、緊張しすぎて味なんてわからない。
「ふふっ、可愛い。真っ赤になっちゃって」
「だって、恥ずかしいんだもの…」
「恥ずかしがってるルイーズも可愛いよ」
「〜〜〜〜〜っ!!」
この人はどうしてそんな小っ恥ずかしいセリフを普通に言えるんだろう?
(この世界の13歳スペック高すぎない…?)
「ねえ、もう一つお願いがあるんだけど」
「……なにかしら?」
嫌な予感がしつつチラリと横を向くと、これまたとてもいい笑顔で衝撃の一言をアランが言い放った。
「ルイーズからも"あーん"してほしいな」
「!?」
ビシリと固まるルイーズの耳元で、アランが囁く。
「あのプリンが食べたいんだけど…食べさせてくれる?」
(やっぱりそう来たか……)
こういう時のアランの強引さはすでに学習済みである。恥ずかしさをぐっとこらえて、ルイーズはスプーンで掬ったプリンをアランの口元へと持っていった。
「……はい。あーん」
「ん……」
蕩けるような笑みでスプーンを口に入れたアランが、ゆっくりと舌を動かすように顎を上下させる。官能的な動きをする唇からつるんと出てきたスプーンを持つ自分の手が震えるのが分かった。
(な、なんていうエロい食べ方……!!これ、わざとやってるの…?)
「ありがとう。美味しかったよ」
「……っ」
アランにそっとスプーンを取り上げられ指にキスをされたルイーズは、あまりの色気にあてられてクラクラしそうになった。
「……殿下。こちらを」
「あ…そ、そうね」
後ろからそっとマルセラが差し出した箱を見て、ハッと我に返る。こういう時にしっかりものの侍女は頼りになる。
(……危ない危ない。"あーん"の破壊力が凄すぎて、肝心なものを渡し損ねるところだった)
変わらず甘い笑顔を浮かべているアランに、ルイーズはにっこりした。
「アラン様。私からのプレゼントよ」
「ありがとう。……開けてもいい?」
「どうぞ」
2つあるプレゼントのうちの1つは万年筆。ジェラールに贈ったもののデザイン違いだ。
「…これ、持ちやすくてすごくいいね。わざわざうちの紋章も入れてくれたんだ」
「ええ。ペン先が丈夫で書きやすいと評判の店で頼んだの」
「ジェラールが自慢げに見せてくれたよ。僕も今度持っていこう」
少し悪い笑顔でそう言ったアランが、もう一つの箱を開けて目を瞠った。底が平らで全体的に丸みを帯びた黄色い半透明の石を手に取り、重みを確かめるように手を上下させる。
「これは……ペーパーウェイト?」
「ええ。雷の魔石をペーパーウェイトの形に加工してもらったの」
「雷の魔石を?」
「そう。ここは明るいからあまりわからないけれど、これに魔力を注ぐと……ほら、明るくなったでしょう?」
ルイーズが石に手をかざすと、石全体がほんのりと光り始めた。
「本当だ。……すごいな」
「ランプほど明るくはないのだけど、手元を照らすのには十分だと思うわ」
「明かりを消すのはどうやるの?」
「一度軽く叩くといいわ。……こんなふうに」
石をトンと軽く叩くとすぐに明かりが消え、元の石の状態に戻った。
「こんな大きな雷の魔石は見たことがないよ」
「そうね…確かに珍しいかも。たまたまフィリップお兄様が遠征で見つけてきたものを頂いたのよ」
「そんな貴重なものを僕なんかがもらってしまって、本当にいいのかい?」
「もちろんよ。使い道がなくてお兄様が私の部屋に飾ろうとしていたくらいなんだから」
「それならいいけど…」
通常採れる魔石は小さな石ころサイズがほとんどのため、ランプとして十分な明るさを確保するためには、たくさんの数を詰めて使うことが多い。一つだけで使うことなど、ほぼないと言ってもいい。
「毎日少しずつ私の魔力も注いでおいたから、かなり長く使えると思うわ。暗くなってきたらまた足すから持ってきてね」
「ルイーズ…ありがとう。とても嬉しいよ」
「喜んでもらえて私も嬉しいわ」
王女である彼女が自分にここまでしてくれることが、心から嬉しいと感じる。目の前で微笑む愛しい少女の頬に手を伸ばしたアランは、昂った気持ちのまま顔を近づけようとして───動きを止めた。
「ア、アランさま…」
至近距離で恥ずかしそうに見つめる青い瞳が、これ以上近づいてはならない相手だと告げている。
(……まだだ。あと少し…あと少しの辛抱だ)
今年中には正式にルイーズの婚約者が決まることになっている。婚約者になれば、公式の場でも大手を振って彼女の側にいることができる。
(…とはいえ、せめてこれくらいは許してもらいたいね)
チュ、と頬に軽く口付けると、可愛らしい顔がみるみるうちに耳まで真っ赤になった。
「大切にするよ。君だと思って肌身離さず持つようにする」
「は、はい……」
緊張するとすぐに敬語に戻ってしまうのは、ルイーズの癖だ。アランの中でふと悪戯心が芽生えたものの、ルイーズの背後に視線をやると案の定マルセラが刺すような目つきでこちらを睨んでいた。
(相変わらずおっかないなぁ…。彼女に邪魔されると厄介だから、今日はこのへんでやめておこうか)
「……ねえ、ルイーズ」
「はいっ」
赤くなった耳元で囁くと、ビクッとルイーズが肩を揺らした。
「っ、はは……!そんなに緊張しなくても、取って食べたりなんかしないよ」
「うぅっ…アラン様の意地悪……」
「僕が意地悪?どこが?」
「そうやって私を揶揄って楽しんでるわよね?」
「とんでもない。可愛いルイーズを見たくてついやってしまうだけだよ」
「そんな、か、可愛いだなんて……」
赤い顔でモジモジし始めたルイーズを見ている自分の顔も多分緩みきっているのだろう。周りの生温かい目を感じつつ、アランは話題を変えるべく軽く咳払いした。
「そういえば、例の領地視察のことだけど」
「っ……、ええ」
急に話題が変わって目を瞬いたルイーズが頷く。アランも少しルイーズから距離を取って椅子に座り直した。
「陛下との手合わせというのは、いつ頃の予定?」
「今月末よ」
「今月末?もうすぐじゃないか」
「そうね。……それがどうかしたの?」
何が問題かわからないというようにキョトンとした顔で問い返したルイーズに、アランは慎重に尋ねた。
「もちろん君のことを疑っているわけじゃないけど……陛下はこの国で一、二を争うほどの実力の持ち主だよね?」
筆頭魔導士であるガルニエ公爵もかなりの手練れと聞いているが、何せ王家の魔力量が桁違いなので、力技だけでいけば王家に軍配が上がる可能性もある。
「多分そうだと思うわ」
「そんな相手に少しでも勝算はあるのかい?」
アランの問いに、ルイーズは少し考えてから答えた。
「そうね……全くないとは思っていないわ。詳しくは話せないのだけど、使える属性は私の方が多いの」
「え……」
確か国王は3属性持ちだと聞いている。それより多いということは、少なくともルイーズは4属性もしくは5…つまり全属性持ちということになる。
「他の人には言わないでね」
「……わかった」
使用人達は離れた場所にいるため、会話の内容までは聞こえていないはずだ。驚きながらも念のため周りを素早く見回したアランに、さらにルイーズが続ける。
「あと、お父様が予想していないだろう秘策があるの」
「……秘策?」
「そう。これは誰にも言っていないから、1人で特訓しているんだけどね。うまくいけば勝機はあると思うわ」
不安がるどころか、目をキラキラさせながら頼もしげに語るルイーズを見て、アランは初めて出会った時のことを思い出した。
(そうだ…こんなふうに、僕の想像を裏切るいろいろな面を見せてくれる彼女のことを、好きになったんじゃないか……)
最近ではルイーズの可愛らしい面ばかりに目がいって、こういうしっかりして大人びた面があるということをすっかり忘れていた。
「…僕にできることはないみたいだね」
少し寂しげな笑顔を浮かべるアランを見て、ルイーズは胸がギュッと締め付けられるような気がした。そんな顔をさせたくなくて、思わず言葉が口をついて出ていた。
「アラン様……お願いがあるの」
「僕にできることなら」
「前にもお願いしたことがあるのだけど…アラン様に抱きしめてもらえるとすごく安心するから、その……」
「うん、いいよ。いくらでも抱きしめてあげる。……おいで」
「……え?」
「ここ。ここに座って」
「え、ええ!?」
ポンポンと自分の膝の上を叩くアランに、カアッと頭に血が昇るのを感じる。狼狽えているルイーズの手を引いて立たせると、アランは自分の膝の上に横抱きに座らせてしまった。
(アラン様の膝の上に、抱っこされてる…!!)
「ア、ア、アラン様……!!」
「僕に抱きしめて欲しいんでしょ?」
「こっ、こんな体勢じゃなくても」
「この方が抱きしめやすいから。………ほら、こんなふうに」
ふんわりと包み込むように抱きしめられて、ルイーズはピタリと動きを止めた。
「……上手くいくように祈ってるよ」
「…………はい」
ゆっくりと頭を撫でられて、ルイーズが大きく息を吐く。腕に閉じ込めた華奢な体から力が抜けていくのを感じたアランは、祈るようにそっと金糸のような髪に唇を寄せた。
今回少し長くなってしまいましたが、アランとのイチャイチャが書けたのでそれなりに満足です(笑)
次回はいよいよお父様とのバトル!
戦闘シーンが苦手な私がどこまでやれるか…。
それが終わると、少し後日談的なものを書いてから、次章へ突入予定です。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。




