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グランシェール王国王都の郊外にある瀟洒な屋敷の前に、一台の馬車が停まった。家紋こそ無いものの見る人が見ればすぐに分かる豪華な造りの馬車のドアが開くのを待ち構えたように、ダークブラウンの髪の少年がドアの前へと手を差し伸べる。
「ロッシュブール公爵家別邸へようこそ、王女殿下」
「お出迎えありがとうございます、アラン様………っ!?」
「…ルイーズ!!」
にこやかに微笑みながらタラップを降り終える直前わずかにバランスを崩したルイーズを、アランがとっさに受け止める。華奢な体にしっかりと両腕を巻き付けたアランが、金糸のような髪に顔を埋めて深く息を吐いた。
「あ、ありがとう…」
「どこか痛いところはない?足を捻ったりは?」
「アラン様が支えてくれたから大丈夫」
「それならよかった」
ホッとしたように呟いた声が頭上でしたかと思うと、抱きしめられる腕にギュッと力が入る。建物の外で多くの人が見ている場所だということに気づいて、ルイーズは急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「あの…アラン様…」
「うん、どうしたの?やっぱりどこか痛いの?」
ごく至近距離で心配そうに顔を覗き込まれて、一気に体温が上昇する。
(ち、近い…!顔が近すぎます、アラン様……!!)
「いえ、そうではなくて……その、皆が見てるから……」
「あぁ、そういうことか」
頬を染めて恥ずかしがるルイーズを見て、アランが満面の笑みを浮かべる。
「ふふっ、可愛い」
「!?」
チュ、とはっきり耳元で聞こえたリップ音とくすぐったくて柔らかい感触に、さらにルイーズは頭から湯気が出そうなほど顔を赤くした。
「ア、アラン様!?」
「あぁ、もう…本当に可愛すぎる。このままどこかに閉じ込めてしまいたい」
熱のこもったグレーの瞳に困ったように見下ろされて、ドキリと鼓動が高鳴る。
そのまま見つめ合うこと数秒間───。
コホンとわざとらしく咳払いをしたマルセラの声で、2人は弾かれたように距離を取った。
「ごめん、久しぶりに会えたから嬉しくて…」
「いえ…私の方こそいきなり躓いたりしてごめんなさい…」
初々しい二人の様子を周囲が微笑ましく見つめる中、後ろに控えていた執事服を着た青年がアランにだけ聞こえるように声を潜めて囁いた。
「嬉しいのは分かりますけど、最初から飛ばしすぎですよ、アラン様」
「……わかってる」
会話の内容は聞こえないが、何やら憮然とした表情で返事をしているアランを見て、ルイーズが目を瞠った。
(アラン様がこんなにわかりやすく感情を出すなんて……この人って、たしか前に来た時に案内してくれた執事さんだよね?)
「ようこそいらっしゃいました、王女殿下。ご無沙汰しております」
3年前にも感動した完璧な仕草で頭を下げたサリューに、ルイーズがにっこりと微笑んだ。
「こちらこそご無沙汰しています。今日はよろしくお願いしますね」
「……殿下をおもてなしする名誉に預かり、誠に光栄に存じます。本日はどうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」
「ええ、ありがとう」
栗色の髪に琥珀色の瞳…と決して派手な見た目ではないが、優しい面差しに柔らかい物腰のサリューは、さぞかしモテるに違いない、とルイーズは思った。現に、公爵家のメイド達の多くは彼には熱い眼差しを送っているし、後ろでイレーヌが「モブでこのレベルとか…」などと呟いているのが聞こえる。
イレーヌの相変わらずのイケメン好きに苦笑を漏らしていると、目の前にサッと腕が差し出された。
「今日はまず庭に案内しようと思っているんだけど、少し付き合ってもらっても大丈夫かな?」
「ええ、もちろん」
「じゃあ行こうか」
「はい」
アランのエスコートで屋敷の裏手に回ると、芝が生い茂る少し開けた場所に出た。
「以前ジャックとお邪魔した時は、ここでパレを?」
「うん、そう。あの頃は週末になるとここへ来てジョアンと遊んだなぁ」
「今は来ていないの?」」
「今年に入ってから僕の勉強が忙しくて来られなくなってしまったんだ。ジョアンとカミーユは今でも来ているよ」
「そうなのね…」
13歳といえば、前世ではちょうど中学生になる年だ。この国で学園に通うのは大体高校生ぐらいにあたる三年間だが、それまでに基本的な教養は身に付けていることが前提となっている。ましてや次期公爵ともなれば、それ以外にもいろいろと勉強することがあるに違いない。
(アラン様なら、それもそつなくこなそうだけどね…)
10歳ぐらいから年上の令息たちに混じって勉強していたという話を小耳に挟んだことを思い出していると、アランが春の陽射しにも負けないほどの眩しい笑顔でルイーズに笑いかけてきた。
「前に来てもらった時は初夏だったから見せてあげられなかったけれど、今の季節だけ咲いている美しい花があるんだ。それをどうしても君に見せたくて」
「まあ、どんな花かしら?とても楽し、み───………っ!?」
左右を花壇に囲まれたレンガ敷きのアプローチの先に視線を移したルイーズは、目を見開いて大きく息を呑んだ。
(これって、もしかして)
「っ、ルイーズ様………!!」
後ろから聞こえるイレーヌの声が震えているのがわかる。
「……ルイーズ?」
アランが自分を呼ぶ声が聞こえたものの、ルイーズは言葉を発することができなかった。
視界を埋めるのは、青空に映えて満開に咲き誇る薄紅色の花。風に吹かれて、無数の花びらが舞っている。
「もしかして、泣いているの……?」
「………っ」
自分でも気付かないうちに流れてきた涙を優しく指で拭われ、瞼にキスをされたのがわかった。
「君を喜ばせようと思ったんだけど、何かが気に障ってしまった…?」
「ちっ、違うの!そうじゃなくて……すごく、嬉しくて……」
「嬉しい?……本当に?」
「ええ!この花が、あまりに綺麗で……思わず涙が出てきてしまって……」
前世では、当たり前のように毎年見ていた花。東の国にならあるかもしれないとは思っていたけれど、まさかこの国で桜の花を見ることができるなんて思いもしなかった。
「……賢王と名高いベネディクト王の名前は聞いたことがあるよね?」
「ええ」
「ベネディクト王の母君が東の国の出身ということは知っている?」
「知っているわ。私の象徴の花であるシェリーは、インホア様と同じなの」
「なるほど…そういうことか。どこかで似た花を見たことがあると思っていたけれど、君の象徴の花と似ているんだ」
「……そのインホア様と、この花が関係あるの?」
「うん。……これは、"桜"と言って、東の国から贈られたものなんだ」
「東の国から?」
「そう。ベネディクト王の妃であるマグリット様はロッシュブール家の出身なんだけど、その縁あって東の国から贈られた桜の木をここに植えたんだそうだ。インホア様も晩年よくここに来られたらしくてね。特に桜とあのラベンダー畑がお気に入りだったらしいよ」
「そうだったのね……」
インホアのことは王家の歴史の講義の中で一通りは学んだが、それ以外にも個人的に興味があって城の図書室で少し調べてみたりもした。
(インホア様は、東の国で巫女姫と呼ばれていたのよね…)
以前イレーヌと予言や予知夢について調べていた時に、東の国の巫女に関しての記述を読んだ。約100年に一度生まれるとされる巫女姫は、国に何人か存在している巫女よりも遥かに強大な力を持つらしい。
意外なところでまたインホアとの接点が見つかり不思議な気持ちになっていたルイーズの手を、アランがそっと包み込んだ。
「この花が咲いているのはほんの数週間だけで、開花の時期が終わるとあっという間に散ってしまうんだ。ちょうど満開の時に来られてよかったよ」
「ええ……今日ここに呼んでくれてありがとう。ラベンダー畑といいこの桜といい、本当にここは素敵なところね」
「お褒めに預かり誠に光栄ですよ、姫君。僕のところにお嫁にいらしてくれれば、いつでも好きな時に来れますよ?」
「……っ!」
ウィンクしながら悪戯っぽく微笑んだアランを見て、ルイーズがみるみるうちに顔を赤くする。
まるで乙女ゲームそのもののような2人の様子に思わず口元が緩むのを感じたイレーヌだったが、少し離れた場所からマルセラが見ていることに気づいて慌てて表情を引き締めた。
(マルセラって、アラン様が嫌いなのかしら?……いや、よく考えたらジェラール様にも同じような態度だったわね)
要するに、あの過保護気味の侍女兼護衛にとっては、王女殿下に近づく人物は基本的に全て警戒対象となるらしい。
(あの人物がルイーズ様に近づいた日には、大変なことになりそう)
ルイーズはアランを救うことに一生懸命であまり気にしていないようだが、もしここが『プリロズ』の世界ならば、学園で必ずクラウド皇子が接触してくるはずだ。
イレーヌは前世で『プリロズ』をプレイしたことはないが、例の青い鳥界隈で呟かれていた内容から察するに、クラウド皇子は前半の冒険パートで仲間にした美少女をお供にして留学してくるらしい。ギャルゲーなだけに当然ハーレム要素ありなので、そのお供も含めて攻略したキャラは全て「俺の嫁」である。
もしクラウド皇子と結婚するにしても、ルイーズは王女なのでおそらく正妃になるだろう。とはいえ、ルイーズが心からアランを慕っていることを知っている身としては、できればその未来は訪れて欲しくないと思う。
このままアランと結ばれてロッシュブール公爵夫人になることが、ルイーズの一番の望みだということは言うまでもない。そのためには、何としてもアランには生きていてもらわなくてはならない。
(何か私にできることはないのかな…?)
美しい桜の花吹雪の中、仲睦まじく桜を愛でる主人とその想い人を視界に入れつつ、イレーヌは一人考えを巡らせていたのだった。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。
更新お待たせしており、申し訳ありません。
書きたいことがいろいろあるのですが、それを上手く表現できない自分の未熟さを痛感しています。
少しずつでも話を進めていきますので、引き続きお付き合いよろしくお願いします。




