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爽やかな春の風が吹くある晴れた昼下がり。グランシェール王国三大公爵家の一つであるロッシュブール公爵家の王都本邸宅では、長男アランの13歳の生誕パーティーが盛大に催されていた。
招待されているのは、国内の主な貴族とその子女。今回は王族の出席はなく、特にアランが婚約者最有力候補と目されている王女ルイーズが不在であることから、アランと歳の近い令嬢達は少しでも彼の気を引こうと水面下で熾烈な争いを繰り広げていた。
「今日もアラン様は麗しくていらっしゃるわ…」
「13歳になられて、一段と男らしさに磨きがかかったようね」
「いつもは王女殿下にベッタリだけれど、今日はお話しするチャンスがあるかも…!」
当初3人いた王女ルイーズの婚約者候補は、キャシュフォール侯爵家のエミールが辞退したことにより、アランと彼の従弟であるジェラールとの2人になっている。名実ともに一騎打ちとなった争いにおいて世間ではアランが頭ひとつ抜けているという認識だが、ジェラールも彼に引けを取らない優秀さと美少年ぶりで知られている。しかもルイーズと同い年で仲も良好とのことで、まだ逆転の可能性も十分にある。
明らかに浮き足立っている令嬢達を横目に見ながら、ドランジュ伯爵家の長女アマレットは一口サイズの桃のタルトを口に放り込んで満足げに目を細めた。
「全く…あの人達、婚約者がいるのにアラン様に色目を使う神経が分からないわ」
「本当に。アラン様のルイーズ様に向ける眼差しを見れば、自分にチャンスなんか1ミルラ(=ミリ)もないと分かるはずなのにね」
レモンが入った炭酸水を給仕から受け取りながら、ペルレ伯爵家のアデリーヌが相槌を打つ。そこへ、彼女達と一緒にいるアマレットの妹レイラが食べるのに忙しい姉に冷静にツッコミを入れた。
「お姉様は婚約者がいないのだから、食べるばかりではなくて少しは彼女達を見習ったら?シモン様にお願いすれば、ご友人を紹介してしてもらえるかもしれないわよ?」
シモンというのは、アデリーヌの婚約者であるギャレット辺境伯の子息の名前だ。尤もな指摘に苦笑いを浮かべたアデリーヌとは反対に、アマレットは今日も舌好調のレイラをキッと睨んだ。
「なによ!婚約者がいないのは貴女も同じじゃない!」
「私はいいのよ、次女だから。お姉様は婿を取らなきゃいけないでしょう?しかも今年14歳になるのよ?そろそろ真剣に考えなさいとお父様にも言われているじゃない。うかうかしていると、優良物件は全部取られちゃうわよ。……それとも、誰か気になる人でもいるの?」
「……っ」
わかりやすく口を噤んだアマレットに、彼女同様恋バナ大好物のアデリーヌが色めきたった。
「え、アマレット…一体どなたなの!?」
「そっ、そんな人なんていないわ」
「……本当に?さっき明らかに動揺していたわよね?」
アデリーヌからの追求に、うっと言葉に詰まったアマレットは、伯爵令嬢らしからぬ意地の悪い顔になっている妹を見て顔を引き攣らせた。
「……お姉様。私に隠し事をしようだなんて、100年早いわ」
「なによ100年って…」
「さあ、さっさと白状するのよ。……その人は、ここにいる?いない?」
「………」
「お・ね・え・さ・ま?」
悪魔の笑みを浮かべる妹にアマレットが冷や汗を流している頃、同じ会場の一角では今日の主役であるアランが完璧な貴族令息スマイルで周りの令嬢達を虜にしていた。
「まぁっ、アラン様は風の魔力をお持ちですのね!わたくしと同じですわ。近いうちに、ぜひご一緒に魔法の訓練などいかがですか?」
栗色の巻毛と琥珀色の瞳の令嬢が、精一杯愛らしいポーズでアランを上目遣いに見る。それに対して、アランは完璧な笑顔を寸分も崩さずに答えた。
「とても魅力的なお誘いだけど、遠慮しておくよ。公爵家にはお抱えの講師がいるのでね」
「ではわたくしも──」
「ああ、残念ながら講義の内容には機密事項も多いから、ロッシュブール家以外の者は講義中は立ち入り禁止なんだ」
「っ、それは…王女殿下でも、ですか?」
「もちろん」
「では……仕方ないですわね」
王族でさえ入れないと言われると、どうしようもない。仕方なくすごすごと退散する令嬢を冷ややかに見ながら、アランは頭の中でブラックリストに新たな名前を付け加えた。
(リール伯爵家のフィオレンティーナ嬢か……確か僕よりも1つ年上だったな。婚約者がいる上でのこの態度…本当に彼女の独断による行動なのか?)
少し離れたところでこちらを見ているリール伯爵と目が合うと、伯爵が慌てて目を逸らした。
(やっぱりか……)
リール伯爵家は、派閥でいえばフォンティーユ公爵家寄り。フォンティーユ公爵家はジャン王子の婚約者候補に娘を推そうとしていると聞く。
自分の気持ちとしては生涯の伴侶はルイーズ以外に考えられないが、あくまで形の上ではまだ婚約者候補だ。ルイーズがロッシュブール公爵家に降嫁しても何の恩恵も受けないフォンティーユ公爵家としては、傘下の貴族を使ってロッシュブール公爵家との繋がりを持つことができれば上々といったところなのだろう。
さっきの令嬢自身にも、アランへの好意が全く無いわけではなさそうなところがまた厭らしくもある。娘の恋心を利用しようとするリール伯爵の行動は貴族にはよくあることだが、こんなことをして評判を落とすのは娘自身だというのに。
(もしうまくいった場合、今の婚約は破棄しても十分お釣りが来るという算段なんだろうけど…)
友人であるガルニエ公爵家のローランと話している少年にアランが視線を送ってみると、案の定彼は別の男に媚を売っていた自分の婚約者を苦々しい顔で見ていた。
その時ふと誰かが近づいてくる気配を感じて、アランは視線を戻した。
「アラン様、ペリエのお代わりはいかがですか?」
レースやフリルなどの装飾をふんだんにあしらったシルバーグレーのドレスを身に纏い、ドレスと共布の大きなリボンを緩く巻いた暗赤色の髪に付けたオルセー侯爵令嬢マヌエラが、薄ピンクの液体が入った細長いグラスを片手にアランに微笑みかけた。
「オルセー侯爵令嬢……すまないが、口に入るものは我が家の使用人以外からは受け取らないことにしているんだ」
婚約者でもないのに堂々とパーティーの主役の瞳の色のドレスを着て来る神経も相当なものだが、得体の知れない飲み物を平気で勧めてくる常識知らずの侯爵令嬢に、アランは心の中で顔を顰めた。もちろんそれを実際に顔に出すことはないが。
「あら……もしかして、わたくしのことをお疑いですの?」
「まさか。危機管理の一環だよ。君も侯爵家の令嬢なら分かるだろう?」
「わたくしのほんの気持ちさえ受け取ってはいただけませんの?」
「悪いけれど、僕には心に決めた人がいるのでね」
「それは…王女殿下のことですか?」
マヌエラの問いに、アランは答えることなくただ微笑んだ。
「その王女殿下は、この場にはいらっしゃらないようですわね」
「もちろんご招待申し上げたけれど、生憎ご公務と被ってしまってね」
王族として公務と婚約者候補の誕生日パーティーとのどちらを優先させるかなど言わなくても分かる話だが、事実はこれとは少々異なる。アランはわざとルイーズの公務が入っている日にパーティーをぶつけたのだ。その他大勢に邪魔されず彼女と2人きりで過ごす別日を設けるために。
「…それでは、せめて一曲踊ってはいただけませんこと?せっかくこうしてアラン様のお祝いに駆けつけたんですもの、それくらいはよろしいですわよね?」
ここで侯爵家令嬢であるマヌエラとのダンスを断ると、マヌエラよりも下の身分の令嬢達は誰も自分と踊れなくなってしまう。さすがに主役としてそれはまずい。
自分がダンスを断れないことが分かっているのか余裕の笑みを浮かべるマヌエラに、アランは一切の感情を感じさせずにこやかに左手を差し出した。
「……喜んでお相手させていただくよ、オルセー侯爵令嬢」
「どうかマヌエラとお呼びください」
「いや…それは遠慮させてもらうよ。あらぬ誤解を受けたくないからね」
「………」
一瞬悔しそうに唇を噛んだマヌエラだったが、アランに差し出された手を取るために手に持っていたグラスをテーブルに置こうとした。…が、その手前で急にバランスを崩した。
「……きゃあ!」
ぱしゃん、とグラスの中の液体が溢れる。高価そうな絨毯に染み込んでいく液体を、控えていた使用人達があっという間に拭き取っていく。
「も、申し訳ありません!ドレスを踏んでしまって…」
「いや、構わない。怪我はないかな?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
アランが最低限の礼儀として差し伸べた手を縋るように掴み、嬉しそうに笑みを浮かべるマヌエラの熱の篭った水色の瞳を見て、アランは背中にゾワリと寒気を感じた。
「っ……では一曲、お願いしようか」
「はい…!」
ダンスフロアへとマヌエラをエスコートする途中で、アランは使用人の1人を呼び止めた。普段は王都の別邸で執事を務めているサリューである。
「さっきの液体の分析を頼む」
「……かしこまりました」
周りには聞こえないよう低く耳打ちされて頭を下げたサリューは、すぐに任務を遂行すべく広間を後にした。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。
サリューは、初めの方に登場したキャラです。誰だっけ?という方は、伯爵令嬢編の12話をご参照くださいませ。




