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瞬きをする間もなく吸い寄せられるようにガルニエ公爵の手に収まった赤いローブを見て、瞳をキラキラと輝かせたルイーズが興奮したように声を上げた。


「……っ、すごい!さすがです……!!」

「いやはや…そこまで手放しで褒められると、何やらむず痒い感じがしますなぁ」


照れ笑いと苦笑いが混ざったような複雑な表情で頭に手をやったガルニエ公爵に、ルイーズが待ちきれない様子で質問する。


「あの、もし差し支えなければ教えていただきたいのですが…」

「なんですかな?」

「《空間魔法》を発動する方法は、通常の魔法と同じなのですか?それとも何か特別な方法があるのでしょうか?」

「うむ、そうですな…」


顎を撫で少し考えるような仕草を見せてから公爵が口を開く。


「基本的には通常の魔法と変わらないと思いますよ。ただしこの《空間魔法》の場合は、他の魔法と比べてより具体的なイメージを描くことが必要となります」

「具体的なイメージ……」


公爵の言葉を聞いて、ルイーズは3年前にレーヌ伯爵家でジャックが木の上に乗せてしまったパレを移動させた時のことを思い起こした。確かにあの時ルイーズも頭の中でパレが自分のところへ飛んでくる様子を思い浮かべていた。


(偶然とはいえ、やり方は間違っていなかったってこと…?)


「えぇ、そうです。《空間魔法》のメカニズムは、その名のとおり"空間を操る"こと。例えば先程私がこのローブを移動させた魔法を例に取りますと」


そこで言葉を切り、手にあるローブを公爵が広げた。両手でローブを摘んでピンと張った状態でルイーズに掲げて見せる。


「この右手の位置が私のいた場所、そして左手の位置がローブがあった場所だとします。何もしない状態だと2箇所にはこれだけの距離があります」

「はい」

「このローブを私の方に瞬間的に移動させるというのは、わかりやすく例えるとこの距離をこのように──」


と言いながら、公爵がローブを弛ませて右手と左手をピッタリとくっつけた。


「───空間を曲げることにより、無理矢理縮めることです。この反対、つまり私がローブのある位置に移動するのも原理は全く同じです」

「…あぁ…そういうこと………」


言葉遣いに気をつけることも忘れて呟いたルイーズの様子に、長年鍛えた表情筋のおかげで辛うじて顔に出すことはなかったものの、ガルニエ公爵は内心ではかなり驚いていた。


《空間魔法》について王女殿下自身から質問を受けた手前一応説明をしてはみたものの、今の説明で一発で理解してもらえるとは思っていなかった。次男のローランが13歳の時に同じことを説明したが、ちんぷんかんという顔をしていた。理解できたかどうか確かめてみたら、思ったとおり全く分かっていなかったのだが。


そんな公爵の視線にも気づかないほど、ルイーズは自分の思考の中に入り込んでいた。さっきの公爵の説明は、前世で物理の教師が余談でワープの原理の話をした内容と全く同じであることを思い出したのだ。


(瞬間移動って、要するにワープのことなのね…)


今の説明を聞いてしまえば、何故《空間魔法》によって瞬間移動できるのかということに納得がいく。そして、原理を理解するということは実践力を上げることに繋がる、とアルベールの講義で教わった。


「分かりやすいご説明をありがとうございます。ちなみに、瞬間移動させることができる距離の限界というのは、どれくらいなのでしょうか?」

「使用者の魔力量にもよりますが…私の場合ですと、大体半径50マトルほどでしょうか」

「なるほど…。結構広い範囲なのですね」

「まぁ、現在のところは一応それが最大ということにはなっておりますな」


さっきの瞬間移動の速さといい、さすがにグランシェール王国筆頭魔導士の名は伊達じゃないということか。国のトップである実力者にこうして直々に教えを受けることができる幸運を噛み締めながら、ルイーズはにっこり微笑んだ。


「…どうもありがとうございます、ガルニエ公爵。お忙しいにもかかわらず、わたくしの我儘にお付き合いくださいまして、心より感謝いたします」

「いえいえ、こんな可愛らしい我儘ならいつでも大歓迎ですよ。我が家にはむさ苦しい息子しかおりませんのでな」

「まぁ、可愛いお孫さんがいらっしゃるじゃないですか。先日テオドール様を抱っこさせてもらいましたが、本当に人懐っこくて可愛らしかったです」

「ほうほう、そうですか。殿下に抱っこしていただけるとは、テオドールは果報者ですな」


ニコニコと嬉しそうな公爵は、すっかりおじいちゃんの顔になっている。レーヌ家の祖父は自分やジャックが生まれたことさえ知らずに亡くなってしまったのだということに不意に気づき、ルイーズは胸の奥がチクリと痛むのを感じたのだった。



◇◇◇◇◇



その日の午後は珍しく特にこれといって用事がなかったため、ルイーズは自室でのんびりとお茶を飲んでいた。マルセラは訓練場へ、モニークは城下へお使いに出かけていて、部屋にはルイーズとイレーヌの2人きりだ。


イレーヌとの会話は、自然とゲームや前世の話になることが多い。ドアの外にいる近衛騎士に聞かれるのは嫌なので、風魔法の応用として習った防音魔法をかけてからルイーズがイレーヌに尋ねた。


「そういえば、リュックとはあの後どうなったの?」

「っ…急にどうされたんですか、ルイーズ様」

「ずっと気になっていたのだけれど、なかなか聞く機会がなくて」

「それなんですけど…実はあれからすぐにファーブル家から婚約の話が来たんです」

「え…もう?さすがに早くない?」

「そうなんですよ!てっきりリュックのその場の思いつきだと思っていたので、父から話を聞いてびっくりしてしまって…」


困ったように眉を下げているイレーヌの話を聞いて、ルイーズも驚いた。魔法以外に興味がなさそうなリュックが、まさかそんなに行動力があるとは。


「リュックって意外と肉食系なのかしら?」

「多分違うと思います」

「そうなの?」

「はい。どうやら、このままだとリュックの婚約者探しに苦労しそうだと思っていたファーブル子爵夫人が、この前のやり取りを見て私のことをちょうどお誂え向きだと思ったらしくて」

「……そういうことね。それでその話はどうなったの?」

「さすがに一度会っただけで婚約というのは無理があるので、お互いを知るために何回か会おうということになりまして…」

「いわゆる"お友達から"というやつね」

「そういうことです」


少し恥ずかしそうに頷いたイレーヌに、ルイーズは王女らしからぬ意地の悪い顔を向けた。


「…ねぇ、イレーヌ。正直なところ、リュックのことをどう思っているの?」

「……わりとぶっ込んできますね、ルイーズ様」

「やっぱり、恋バナは楽しいじゃない?」

「いつものお返しってことですね」

「ふふっ…」


普段はルイーズに根掘り葉掘り聞いているイレーヌが、楽しそうなルイーズにジト目を向ける。はぁ、と大きく溜息をついてから、イレーヌが観念したように口を開いた。


「ぶっちゃけ個人的には有りだと思っています。攻略対象だから当然イケメンの部類に入るし、かなりマイペースですけど性格は悪くなさそうですし」

「ジェラールは?推しキャラだったんでしょう?」

「ジェラール様はあくまで観賞用なので、少し離れたところで愛でられれば十分なんです。アイドルみたいな感じですよ」

「はぁ…なるほどね」

「それに……」


そこでうっすらと頬を染めたイレーヌに、おや?とルイーズが目を瞠った。


「この前話してみて、リュックのことちょっと可愛いなって思っちゃったんです。……私、前世で恋愛できないうちに死んでしまったから学校での恋愛にすごく憧れがあって。まだ今は幼いので弟みたいな感じですけど、学園に入る頃にはいい感じになれるかもって思ったんです」

「イレーヌ……」

「……あ、今の話はオフレコでお願いしますね?家族とかに知られたら恥ずかしくて軽く死ねそうなので」

「もちろんよ。誰にも言わないわ」

「ありがとうございます」


にっこり笑ったイレーヌを見て、ルイーズは彼女に伝えようと思っていたことを思い出した。


「そういえば、貴女が持っていた例のメモのことなんだけど」

「あ、はい」


表情を戻したルイーズを見て、イレーヌも笑みを消して背筋を伸ばした。


「私に関すること…特に魔力と生い立ちの部分。あれに関しては、絶対に口外しないで欲しいの」

「はい、もちろんです」

「魔力については学園入学までには公になると思うけれど、生い立ちについてはお墓まで持って行ってもらうことになるかもしれないわ」


ルイーズの言葉を聞いて、イレーヌがごくりと唾を呑み込んだ。


「……やっぱり、それほどの極秘事項なんですか?」

「えぇ。今の時点では私自身でも知らないことになっていることを貴女が知っているとなると、さすがに私でも庇いきれない」

「それって……もしかして、殿下は私のメモを見て……?」


自分が迂闊にもゲームキャラに関するメモを落としたせいで、本人さえ知らなかった裏設定の部分をネタバレしてしまったという可能性に思い当たり、イレーヌの顔から血の気が引いた。そんなイレーヌを見て、ルイーズが苦笑いを零した。


「そんな顔しないで。実は前から薄々感じていたことなの。貴女のメモを見て答え合わせができたというだけだから、気にしなくて大丈夫よ」

「……信じていいんですか?私のためにおっしゃっているわけじゃないんですよね?」

「こんなことで嘘をついたりしないわ。…ただ、今の話は聞かなかったことにして欲しいの。お願いできる?」

「はい。かしこまりました」


しっかりと頷いたイレーヌに、ルイーズが安心したように微笑む。


……そう、本当はずっと前から気づいていた。初めて王城に来た日。《空間魔法》はガルニエ家の血を引く者にしか使えないとフィリップに聞いた時から。もし自分がアレクサンドルとソフィーの間にできた子供ならば、この魔法を使うことができるはずがない、と。


「───だから」


スッとルイーズが右手を挙げて掌を向けた先、応接室の棚にあったはずのレースの花瓶敷きが、一瞬のちにはルイーズの手に掴まれていた。それを見たイレーヌがハッと息を飲んでから慌てて口を手で押さえる。


「私がこの力を使えるということは、誰にも知られてはいけないの。……今はまだ、ね」

「………はい」


口に当てた手を下ろし、イレーヌが主人に深々と頭を下げた。


ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

今回はかなり長くなり途中で分けようかとも思いましたが、キリが悪いので一話に収めることにしました。

更新をお待たせしており心苦しいですが、地道に頑張りますので応援よろしくお願いします。

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