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「リュック、王女殿下の前で失礼じゃないか」
ムッとした表情でジェラールに睨まれても、赤毛の少年はヘラッと笑って肩を竦めるのみ。
(この子がリュック……。確かにマイペースそうに見えるわね)
侯爵家のパーティーで王族を目の前にしても全く物怖じしない様子に、ルイーズもイレーヌから聞いていたゲーム情報通りだと納得する。
「ごめんごめん、ジェラールがあまりに必死だからおかしくてさ」
「僕のことはいいから、殿下にご挨拶しなよ」
「ああ、そっか。そうだよね」
ジェラールに促されてようやく、リュックはルイーズに向かってペコリと頭を下げた。
「初めまして、王女殿下。僕はリュック・ファーブル。よろしくね」
(……初対面でいきなりタメ口!!)
マイペースとは聞いていたものの、予想の上をいくフランクな挨拶をされて、さすがのルイーズも面食らってしまった。侯爵夫妻をはじめ、周りの大人たちも顔が引き攣っている。そこへ母親らしき女性が慌てて出てきて、ルイーズに深々と頭を下げた。
「申し訳ございません、殿下!息子が大変失礼いたしました」
「い、いえ…」
「…リュック、王女殿下に対して何という口の利き方なの!?」
「だって、どうせ友達になるんだから同じでしょ」
「友達だなんて……恐れ多い……」
「ジェラールの婚約者なら僕の友達でしょ?」
「まだ正式に婚約者と決まったわけではないし、決まったからといってあなたのご友人になっていただけるとは限らないのよ」
「そうなの?」
「……はぁ……私はこの子の教育を間違えたのかしら」
頭を抱えたファーブル子爵夫人の袖を、リュックの隣にいる弟らしき少年が引っ張った。
「母上、僕にも殿下にご挨拶させてください」
「えぇ…そうね。ドニもご挨拶なさい」
「はい。…あの…弟のドニと申します。兄上は変わっていますが、悪い人ではないんです。どうか僕たちのこと、よろしくお願いします」
弟のドニの方は随分しっかりしているようだ。兄を見て育っているだけに、反面教師というやつかもしれない。
「こちらこそよろしくお願いしますね。子爵夫人もお気になさらず。リュック殿とは同級生なのですし、そんなに畏まらないでください」
「勿体ないお言葉でございます」
「ほらね、僕が言った通り平気だったじゃない」
「リュック…あなたって子は……!!」
子爵夫人のこめかみに青筋が立っているが、当の本人は全く分かっていないようで、ルイーズを見てニコニコしている。なんとなく憎めないようなその笑顔に、気づくとルイーズの口元も綻んでいた。
「あんなやつに笑いかけなくていいよ。…さ、どうぞ」
「…えぇ、ありがとう」
ジェラールが引いてくれた椅子にルイーズが腰を下ろすと、その隣に座ろうとしたジェラールが後ろに控えるイレーヌに気付いて椅子を引いた状態で動きを止めた。
「……紹介したい子って彼女のこと?」
「そうなの。今年に入ってから私の専属侍女になったイレーヌよ。私達と同じ歳だから一緒に学園に通うことになるわ」
ジェラールとルイーズに視線を向けられて、イレーヌの顔に緊張が走る。イレーヌはぎこちない動きでジェラールに向かってカーテシーをした。
「あっ、あの…お初にお目にかかります。ヴァリエ子爵三女のイレーヌと申します。この度はお誕生日おめでとうございます」
「うん、ありがとう。ヴァリエ子爵ってことは、リュックの父親と同僚だよね」
「はい。二番目の姉も魔導士団に勤めています」
「ああ…なるほど、そういうわけか」
「?」
一人納得したように頷くジェラールにイレーヌが首を傾げると、いつの間にか近くに来ていたリュックがずいっとイレーヌの顔を覗き込んだ。
「イレーヌって魔力が多いよね?」
「え?私ですか?」
「うん、そう」
「そんな話初めて聞きました」
目を丸くしたイレーヌが、戸惑った様子でルイーズを見る。ルイーズはイレーヌを安心させるように微笑んだ。
「まだはっきりとは断言できないけれど、多分そうだと思うわ。学園ではマルセラが付いてくることはできないから、少なくとも自分の身は守れる人物でないと困るんじゃないかしら?」
「そういうことだったんですね…」
(魔法なんて申し訳程度にしか使えないと思ってたのに。もしかして、魔法クラスの受講も夢じゃない……!?)
完全なるモブキャラである自分自身について、イレーヌはなんの取り柄もないただの貴族令嬢だと思い込んでいた。だから思いもかけず明かされた事実に驚いたものの、すぐにオタクとしての血が騒ぎ始めるのを感じた。
魔法クラスといえば、主要キャラ勢揃いのオタク垂涎ものの舞台である。どうしても口元が緩みそうになるのをイレーヌが必死に堪えていると、ルイーズがリュックに何やら話しかけていた。
「リュックは魔法の訓練を受けているの?」
「ううん、まだ。僕は早く始めたいのに、父上が許してくれないんだ」
「それなのに、見ただけで他人の魔力の量が分かるの?」
「うーん…そんなに正確じゃないけどね。魔力が多い人からは、なんとなく強いパワーみたいなものを感じるんだ。……ルイーズ様は、これまで会ったどんな人よりもそれを感じる」
「そ、そう?」
「うん」
ルイーズは魔法の訓練を受けているうちに、少しずつ魔力の流れというものを感じることができるようになってきた。初めは自分の中に流れる魔力の流れ、それから他人の中にある魔力、そして自然界に存在する魔力、というように段階的にである。
だから、イレーヌに初めて会った頃はよく分からなかったが、最近では彼女が強い魔力の持ち主だということも感じられるようになった。それをリュックは訓練も受けていないのに、他人の魔力を感じることができるという。
(これは才能と呼ぶべきなのかしら?それとも《幻覚魔法》の使い手ならではの特性…?)
自分の持つ魔力についてはまだ非公表とされているのに思わぬところで暴露されそうになり密かに焦っていると、ジェラールが助け舟を出してくれた。
「リュック。王族の方々の魔力について詮索すべきでないと知っているだろう?」
「別に詮索してるわけじゃないよ。感じたことを言っただけ」
「感じても口に出してはいけないってことだよ。現にルイーズ様が困っているじゃないか」
「ルイーズ様、困ってるの?」
「え、えぇ…まぁ、そうね。あまり言わないでもらえると助かるわ」
純粋に疑問の眼差しを向けられて苦笑いしながら答えると、リュックは素直に頷いた。
「そっか…わかった。ルイーズ様が困るんならもう言わない」
「ありがとう、リュック。……ジェラールも、ありがとうね」
ルイーズがにっこりと笑顔を向けると、ジェラールも嬉しそうに笑みを返す。
「どういたしまして。僕はただ、ルイーズ様が前に魔力についての質問には答えられないって言ってたのを思い出しただけだよ」
「覚えていてくれたことが嬉しいのよ。…ありがとう」
ふんわりと柔らかい笑みを浮かべる愛しい少女を見て、ジェラールの顔にさっと朱が差す。普段は可愛げのない息子のそんな姿に、離れた所で見守っていたデュマ侯爵夫妻が目を瞠る。
「そ、そんなこと…僕は君の婚約者候補なんだから、当たり前じゃないか」
「ふふ…そうね」
「ジェラールひょっとして照れてるの?」
「五月蝿いな、リュック。お前にはどうせ分からないよ」
「分かるよ。だってルイーズ様すごく綺麗だもん」
「リュック様、まさかのライバル宣言ですか!?」
前のめり気味に口を挟んだイレーヌに、ジェラールが慌てて言い返す。
「何言ってるの、イレーヌ嬢!リュックなんかが僕のライバルになるわけ──」
「うん、ならないよ。僕はイレーヌの方が好みだもん」
「え!?ええ?」
「あら、イレーヌったら隅に置けないわね〜」
「揶揄わないでくださいよ、ルイーズ様……」
「揶揄ってなんかないよ。イレーヌ、僕と結婚しない?」
「そ、そんなこと急にいわれても…!」
オロオロするイレーヌにニコニコと迫るリュック。2人のやり取りを、ジェラールが半分死んだような目で見ている。
「……何なんだよ、この空間……今日は僕の誕生日パーティーなのに……」
マイペースなリュックに完全にその場を持っていかれてどんよりした空気を醸し出すジェラールに、ルイーズは思わず笑ってしまいそうになる。
そんな和やかな雰囲気の同級生チームを、少し離れた場所からロッシュブール公爵家の兄弟が眺めていた。
「お兄様、今日は随分静かですのね?」
「うん。普段ならあの中に割って入ってるよな」
「お前たち…僕を一体何だと思っているんだ?」
兄に問われて、カミーユとジョアンは顔を見合わせた。
「ルイーズ様至上主義」
「独占欲の塊」
「………」
きっぱりと言い切った双子の弟妹に、さすがのアランも閉口する。あながち間違った指摘でないだけに、訂正するわけにもいかない。ジト目で自分を見ている2人に向かって、アランはゆっくりと笑みを浮かべてみせた。
「これくらいのハンデを与えてあげないとジェラールが可哀想だろう?」
「「………」」
完璧公爵令息と呼ばれるこの兄のお腹の中が真っ黒なことに、もちろん2人は気づいている。今日の主役である従兄も優しい外見とは裏腹に実は腹黒いタイプだ。
「今度の僕の誕生日には、ルイーズだけ別に来てもらう予定なんだ。そこでたっぷりと埋め合わせはしてもらうつもりだよ」
だから今日くらいは敵に塩を送っても構わない、と余裕の笑みを浮かべる兄に、カミーユとジョアンはこの人にだけは逆らわないようにしようと改めて思ったのだった。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。
更新お待たせしており申し訳ありません。
その代わりと言ってはなんですが、今回は少し長めです。
我慢の日々が続きますが、皆様心身共に健康でいられますように。
私も健康に気をつけて頑張ります。




