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更新お待たせいたしました。
「ふ、ふふっ…あはは……!!」
つい堪えきれず笑い声が出てしまったルイーズの様子に、緊張した面持ちだったブリジットとエミールは口をポカンと開けた。
「あ、あの……殿下……?」
恐る恐る尋ねたブリジットに「ごめんなさい」と詫びを入れつつも、ルイーズはまだ笑いを噛み殺している。
「……まさかここまで直球で来るとは思わなかったものだから」
「不躾な質問をしてしまい、誠に申し訳ございません」
「いいえ、大丈夫よ。ブリジット様とは気が合いそうで嬉しいわ」
「……本当ですか?」
ようやく笑いが止まったルイーズがにっこりと頷いた。
「えぇ。…あと、よかったらその堅苦しい話し方も止めてちょうだいな」
「はい…では、お言葉に甘えて」
「よろしくね。───それで、アラン様のことだったわよね?」
「……はい」
せっかくブリジットが直球勝負で挑んでくれたのだから、こちらも正々堂々返そうではないか。
(本人以外には言ったことがないから少し恥ずかしいけどね……)
神妙な顔で頷いたブリジットに向かって、ルイーズはふんわりと微笑んだ。
「……お察しの通りよ。アラン様をお慕いしているわ」
「………っ」
大きく息を飲んだエミールの頬にさっと赤みが差す。何故か少しショックを受けているように見えるその様子に、ルイーズは心の中で首を捻った。
(……あれ?エミール様って私のことを避けてたんじゃないの?私と話すのは嫌だけど、王女とは結婚したいってこと……?)
弟の方をちらりと見ながら、ブリジットがおずおずと口を開いた。
「…つまりそれは……婚約者はアラン様で決まり、ということでしょうか…?」
「そういうわけではないわ。最終的に決めるのは国王陛下だから。……まぁ、私の意向も多少は考慮してもらえるでしょうけれど」
「そう、ですか……」
「………?」
視線を落としたブリジットが悔しそうに唇をひき結んだ。ルイーズはそんなキャシュフォール家の姉弟の様子がどうにも腑に落ちない。
エミールはルイーズとは直接話をせず目を逸らしてばかり。呼んでもいない姉を連れて来たかと思えば、何故かルイーズの返答に落ち込んだ様子。ブリジットの方は父親に王家の意向を探るよう言われて来たのだろうと思ったけれど、ただ単にアランが気に入らないだけのようにも見える。
(……結局、この2人はどうしたいのかしら?)
分からなければ直接聞くまでだ。腹の探り合いは苦手だし、子供同士なのだからそれくらいは許されるだろう。
「……あの、お二人にお聞きしたいのだけれど」
「はい」
「何でしょうか?」
そっくりの顔でブリジットとエミールの姉弟が顔を上げる。
「エミール様はキャシュフォール侯爵の希望で私の婚約者候補に入ったと聞いたのだけれど、それは本当?」
「………」
「……はい、そうです」
姉の顔を窺うエミールに代わってブリジットが答える。やはり噂通り、婚約者候補へ名乗りをあげたのは侯爵の意向だったらしい。
(……で、問題はここから先。エミール様本人がどう思っているかなのよね)
さっき遠回しに伝えたつもりだったがエミールは分かっていなかったようなので、もう少し噛み砕いて言う必要がありそうだ。本人に面と向かって尋ねるのは少々気が引けるが、このまま今の状態を続けていても不毛な気がする。背に腹は変えられないと、ルイーズは自分に言い聞かせた。
「……そう。あの…勘違いだったらごめんなさい。でも、前から気になっていたことがあって」
ルイーズが遠慮がちに切り出すと、エミールが珍しく視線をこちらに向けた。
「今までエミール様とお話しする時はジャックを間に挟んでいたりして、ほとんど直接言葉を交わしたことがなかったと思うの。今日もずっとお姉様が私と話していらっしゃるし……本当はエミール様は私のことが苦手なのよね?」
「え……?」
キョトンとした顔のエミールを見て、ルイーズは慌てて言い足した。
「どんな答えでも不敬だなんて言わないから、遠慮せず正直に言ってもらえる?……もしエミール様の気が進まないのに婚約者候補にされているのなら申し訳ないし、それでエミール様が他の素敵なご令嬢と出会う機会を逃しているのだとしたらもっと申し訳ないわ」
「…………」
驚いたように目を見開いているエミールの様子に、ちょっと意地悪な質問だったかなと後悔した。ブリジットの方は、弟に憐みのこもった視線を注いでいる。
「………あの、やっぱり「──王女殿下」」
答えにくいなら言わなくてもいいと伝えようとしたところ、ブリジットがルイーズに呼びかけた。
「──何かしら、ブリジット様?」
「大変申し訳ありませんが、少しだけエミールと2人で話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろん」
「ありがとうございます」
失礼いたします、と断りを入れて内扉から出て行ったキャシュフォール姉弟は、外扉との間のスペースで何やら2人で言い合いを始めた。漏れ聞こえてくる限りでは、主にブリジットがエミールを問い質しているようだ。
「……殿下、どうぞ」
「ありがとう」
手持ち無沙汰になってしまったルイーズに、すかさずマルセラが新しいお茶のカップを勧めてきた。相変わらず出来た侍女である。
……それにしても、さっきのブリジットの視線は何だったのだろう?弟の態度を咎めるというよりは、どちらかというと同情的な視線に近かった気がする。
ブリジットも来たからと増やされたお菓子は、まだ手付かずのまま皿に残っている。今日のラインナップは、王室御用達の有名菓子店シャルモンテの焼き菓子である。貝形のフィナンシェを手に取ったルイーズが一口かじってみると、口の中に濃厚なバターの香りが広がった。
(うん、美味しい…!この国の食べ物ってフランス料理に近くて美味しいものばかりだから、油断してると太りそう)
ただでさえ普段から贅沢なものばかり食べているのだ。カロリーとかいろいろまずいことになっているに違いない。ジャクリーヌがどうやってあの体型を維持しているのか今度聞いてみようと考えていると、ガチャリとドアが開いてブリジットとエミールが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いいえ、大丈夫よ。話し合いはできた?」
「はい。……ほら、エミール」
「う、うん…」
姉に促されてルイーズの方に顔を向けたエミールは、これまでと違いしっかりと目を合わせている。エミールは何度か大きく深呼吸をすると、意を決したように口を開いた。
「僕は……剣術は好きですけど勉強は苦手で……女の子と話をするのも苦手です……」
そこからまた口を噤んでしまったエミールは、眉をギュッと寄せて何かを思い出そうとするように難しい顔をしている。心配そうに隣で見守るブリジットが何度か口を開こうとしては止めるということを繰り返しているうちに、再びエミールが話し始めた。
「………殿下に初めてお会いした時、すごく綺麗でびっくりしてしまって……僕なんかが婚約者になってもいいのかって考えたら……なんだか………」
拙いながらも懸命に言葉を紡ぎ出そうとしているエミールを、ルイーズも急かさずに見守る。
「あの……僕は、殿下とお話しするのは嫌ではないです。でも……殿下の青い瞳を見ると、いつも頭の中が真っ白になってしまって………」
「………」
「………い、今まで申し訳ありませんでした!」
ガバッと頭を下げたエミールを見て、ルイーズは今の発言の内容を頭の中でもう一度反芻してみた。
「じゃあエミール様は……私と話すのが嫌なわけではないのね?」
「も、もちろんです!」
「……じゃあ、今はもう大丈夫なの?普通にお話ししているように見えるけど」
ルイーズの問いに、エミールは少しバツが悪そうに答えた。
「……殿下はアラン様のことがお好きだと聞いたので、もう大丈夫です」
「………?」
どういうことかよく分からず首を傾げたルイーズに、とうとう我慢ができなくなったのかブリジットが口を挟んだ。
「エミールが言葉足らずで申し訳ありません。要するに、もう自分が婚約者となる可能性が限りなく低くなったので、緊張せずに済んでいるということですわ」
「そ、そう……」
「はい」
頷くエミールを見て、とりあえず嫌われてはいなかったことにホッとする。
「でも、さっきのはあくまで私の気持ちの話で、まだアラン様で決まりというわけでは……」
「分かってます。…でももういいんです」
「いいっていうのは……?」
どこか吹っ切れたようなすっきりした表情でエミールが笑顔を浮かべた。
「アラン様のことをお話しする殿下を見て、僕には無理だと分かりました。……だから、もういいんです」
「それは要するに……婚約者候補から降りるということ……?」
「はい、そうです」
「でも……侯爵殿は何とおっしゃるか……」
エミールの一存で決まるわけでもないだろうが、こんなに簡単に決めてしまっていいものなのだろうか?不安を隠しきれずに言葉を詰まらせたルイーズに、ブリジットがにっこりした。
「そのためにわたくしがついて来たのです。父にはちゃんと話をしますのでご安心ください。数日のうちには陛下へご連絡がいくはずですわ」
「そう……」
「あの、殿下」
「はい?」
「図々しいお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「?……えぇ、何かしら?」
ルイーズが首を傾げると、ブリジットがこちらを窺うように切り出した。
「先程殿下が気が合いそうとおっしゃってくださって、とても嬉しかったです。もしよろしければ、今度は友人としてお話しさせていただきたいのですが……」
「えぇ、もちろん。私もブリジット様とお友達になれたら嬉しいわ」
「ありがとうございます!」
にこにこと嬉しそうな姉を少し羨ましそうに見ているエミールに、ルイーズが笑顔を向けた。
「エミール様も今度は友人として遊びにいらしてね」
「……ぼ、僕なんかが友人で、いいんですか…?」
「もちろんよ!ジャックともこれからも仲良くしてもらえたら嬉しいわ」
驚いたように何度も瞬きをしているエミールに、ルイーズが花の綻ぶような笑顔を見せると、みるみるうちに顔を赤くしたエミールが「は、はい………」と消え入るように返事をした。
ポーッとした顔のまま姉に引きずられるように退出していくエミールを、侍女や近衛騎士たちも微笑ましく見守っている。2人を外扉まで見送ったルイーズが部屋に引き返す直前、ブリジットがルイーズだけに聞こえるように声を潜めた。
「お近づきのしるしに、一つだけ。最近オルセー侯爵令嬢が父親の伝手で何やら怪しげな外国の薬を手に入れたらしいですわ。……気に留めておかれた方がよろしいかと」
「………分かったわ。ありがとう」
「いえ……それでは、わたくしはこれで。本日はどうもありがとうございました」
綺麗なカーテシーと共に去って行くブリジットを見送ったルイーズは、すぐに第3近衛騎士団副団長のデュカスを呼んだのだった。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。
平和な話が続きましたが、これから少しずつ話が動いて行く予定です。
相変わらず更新速度が上がらず心苦しいですが、どうかこれからもお付き合いいただけると嬉しいです。
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