閑話〜伯爵令息お茶会に参加する(前編)〜
今回はジャックのお話です。
「……はぁ」
王城へと向かう馬車の中で、ジャックは本日何度目か分からないため息をついた。窓の外に目をやると、冬らしくピンと張り詰めたような冷たい空気の中、身を竦ませて歩く人々の姿が目に入る。歳に似合わずアンニュイな雰囲気を漂わせる息子の様子が気になったのか、向かいに座る父親のレーヌ伯爵が、その端正な顔を息子に向けた。
「どうしたんだジャック?久しぶりにルイーズとゆっくり話せる機会だと喜んでいたように見えたが、違うのかい?」
「はい……そう、思っていたんですが」
今日は王城で王女主催のお茶会が開かれる。王族の主催とはいえ決して畏ったものではなく、王女の親しい友人たちを招いての内輪の会のようなものだ。
事前に知らされている今回のメンバーは、ロッシュブール公爵家の双子ジョアンとカミーユ、デュマ侯爵家のヴィクトワール、それからジャック。全員共にルイーズが王家へ行く前からの友人であり歳も近いことから、肩肘張らずに話が出来そうだと思っていたのだが。
10日ほど前にルイーズから届いた手紙の内容を思い出して、気づかないうちにジャックの眉間が寄っていく。
「そういえば、ジャン殿下とシャルロット殿下も顔を出されるかもしれないとマリーから聞いたよ」
「……そうみたいですね」
憮然とした表情の息子を見て、伯爵が面白そうに片方の眉を上げた。
「その顔は王城ではしない方がいいぞ、ジャック」
「分かっています」
不機嫌さを隠そうともしないジャックに、ピエールが小さく笑う。子供同士のお茶会とはいっても、そこはすでに貴族としての小さな社交場だ。将来の国王となる人物に対して、レーヌ伯爵家の跡継ぎとして相応しい言動を取ることができるか。まだ幼い王子自身は気づいていなくても、周りの大人達はそういう目で見ている。
以前のジャックはしっかり者のルイーズにどこか甘えているところがあったのだが、彼女がいなくなってからは人が変わったように勉強や剣術などに真剣に取り組むようになった。ジョアンやエミールなど同い年の他家の子息と比べても見劣りしないほどに堂々とした姿が一部の貴族の目に留まり、ここ最近はちらほらと縁談話も舞い込むようになったほどだ。
とはいえ、元気に屋敷の庭を遊び回っている様子を見るとまだまだ幼さもあり、ピエールとしてはこのまま素直に育って欲しいと思ったりもする。しかし貴族として生まれたからには、そうばかりも言っていられない。せめて恋愛ぐらいは人並みにさせてやりたいと願うのが親心というものだが。
ジャックが気にかけているカミーユは、グランシェール王国に3つしかない公爵家のご令嬢だ。果たして、あの宰相閣下のお眼鏡にかなうか否か。
(……なかなか前途多難だな、ジャック)
少しずつ近づいてきた青い尖塔を睨んでいる幼い息子に苦笑しつつ、レーヌ伯爵は頭の中で今日の閣議の議題を整理し始めたのであった。
◇◇◇◇◇
「王女殿下、本日はお招きくださいまして、誠にありがとうございます」
「久しぶりね、ジャック。堅苦しい挨拶は要らないわよ」
「ではお言葉に甘えて…姉上。久しぶりだね」
「えぇ、元気そうで何より。…少し背が伸びたかしら?」
「うーん、そうかな?」
「あと前より日に焼けているけど、乗馬のせい?」
「そうかもね。姉上は前よりも………髪が伸びたね」
「…なぁに、それ?髪なんて放っておけば伸びるわよ」
「まぁそうだけど…」
クスクスとおかしそうに笑うルイーズを直視できずにジャックは視線を下げた。「前よりも綺麗になった」などと口が裂けても言えるわけがない。……いや、アランやジェラールならサラリと言いそうだ。
ルイーズの容姿のことなんて、一緒に住んでいた頃は気にしたこともなかった。輝くようなプラチナ・ブロンドもサファイアのように濃い青い瞳も、生まれた時から当たり前のように側にあったものだ。しかしいざ離れてみると、それはこの国でも滅多に見ることがないほど希少なものだと気づいた。
元々の素材の良さに加えて、ジャックでさえ分かるほどルイーズは以前と比べて雰囲気が変わった。伯爵令嬢と王女とでは、世話をする侍女の数から普段の手入れや身に付けるものに至るまで、全てにおいてグレードが違う。更に王族として人前に出る機会が増えたこともその一因だろう。
尤も雰囲気が変わったといっても、ジャックには具体的にどこが変わったのか良く分からないというのが正直なところなのだが。
「生誕パーティー以来ですわね、ルイーズ様!今日のお召し物も良くお似合いですわ」
「ありがとう。カミーユ様のドレスも素敵ね。どちらのものかしら?」
「ふふ、さすがルイーズ様お目が高いですわ!こちらは今王都で評判のセリア・ランベールのデザインですの」
「セリア・ランベールというと、あのデルアーレ王国でデザイナーの修行をしたという?彼女は子供用には作らないのではなかった?」
「良くぞ聞いてくださいましたわ!実は彼女が子供用ドレスもライン展開すると聞いて、わたくしが広告塔になることに決まりましたの。このドレスはその第一号なのですわ!」
「本当なの、カミーユ!?」
「えぇ、ヴィクトワール。本当よ」
「すごいわね!」
ジャックには何がすごいのか今ひとつ分からないが、一つ言えることは今日のドレスはカミーユにとても似合っているということだ。彼女が着ているのは、濃紺のドレス。高い位置で切り替えてあり、そこから幾重にも異なる素材の生地が重なっている。装飾は少なくシンプルながら、よく見るととても凝っていて美しいデザインだ。
出会った頃のカミーユはパステル系の可愛らしい色のドレスを着ていたが、それだと彼女の黒髪とはっきりした顔立ちが浮いてしまう。今日のように濃色のドレスはカミーユの品の良さを引き立てていて、彼女がとびきりの美少女なのだということを再認識させる。
見た目と身分の高さからカミーユは性格もキツめだと思われがちだが、話してみるとかなりのマイペースで天然気味だと分かる。ジャックが双子の片割れであるジョアンと仲が良いことやカミーユ本人の性格ゆえに気さくに話してくれているが、本来ならば自分には手の届かない高嶺の花であることは間違いない。
彼女と年齢が近い令息の中で家柄が一番釣り合うのは、おそらくキャシュフォール侯爵家のエミールだろう。エミールはアランやジェラールと共に王女であるルイーズの婚約者候補に名を連ねているのだが、実はそのこともジャックを苛立たせている原因の一つだったりする。
エミールは家柄だけは申し分ないものの、ジャックから見ればただの剣術バカでしかない。一緒に勉強していても決して物覚えが良いとも思えず、さらに極度の恥ずかしがり屋ときている。ルイーズと直接話すことが出来ないからとこれまで何度か王城の彼女の部屋で同席したことがあったが、その時のことを思い出してジャックは思わず顔を顰めた。
(……あれだけはもう二度と御免だ)
自分を介してルイーズとエミールが会話をするという奇妙な空間は、はっきり言って苦痛でしかなかった。つい何日か前に父親であるキャシュフォール侯爵からルイーズの所へ行くように言われたとエミールが話していたが、ジャックは聞いていないフリをした。ルイーズがアランのことを慕っているのは明らかだし、侯爵がいくら頑張ってもエミールのことを好きになるとは思えなかった。
「ルイーズ様ってすごく綺麗だよな。あんな人が従姉だなんて、ジャックはいいなぁ」
「……そうか?」
カミーユ、ヴィクトワールと話しているルイーズを見ながら羨ましそうに言うジョアンに、ジャックは首を傾げた。公爵令息とはいえ次男であるジョアンは、アランと比べて年相応に子供っぽいところがある。ジャックとはこの2年半の間にずいぶん仲良くなり、今では言葉遣いもすっかりくだけてしまっている。
「そうだよ。俺なんていつも兄上が目を光らせてるから、ルイーズ様とほとんど話すこともできないんだぜ?」
「へぇ…そうなんだ」
そういえば前にカミーユが、アランは嫉妬深いと言っていた気がする。「心が狭い男性は嫌われますのに、お兄様は分かっていらっしゃらないのですわ!」という彼女の言葉を聞いて、そういうものなのかと思ったのだった。
それから話題は変わりジャックとジョアンが最近読んだ本について話していると、今日のお茶会の会場である王城内のサロンの内外に控えていた近衛兵や侍女達が何やら動き始めた。
専属侍女の1人に耳打ちされたルイーズが、頷きながらこちらを見る。
「そろそろジャンとシャルロットが到着するようね。顔を出す程度だから、申し訳ないけれど少しだけお付き合いいただけるかしら?」
皆が頷いたのを確認してから、ルイーズはありがとう、と笑顔を浮かべた。
それから間もなくして、ドアが開きジャン王子とシャルロット王女がサロンへと入ってきた。
閑話あともう1話(の予定)続きます。
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