閑話〜伯爵令息お茶会に参加する(後編)〜
近衛騎士と侍女数人を従えて入ってきたジャン王子は、自分よりも歳上ばかりが集まる中で見るからに緊張した様子でサロンのメンバーを見渡した。それに対してシャルロット王女の方は、興味津々といった表情で目をキラキラさせている。
「今日は叔母上のご厚意で、私とシャルロットも同席することとなった。この機会に少しでも皆と語り合えれば嬉しい」
硬い表情で口を開いたジャン王子に、招待客の中で一番身分が高いジョアンが前に進み出て紳士の礼を取った。
「ようこそおいで下さいました、ジャン殿下、シャルロット殿下。お2人をこの場にお迎えすることができ、光栄でございます。どうぞごゆるりお過ごしください」
「ジョアン殿、皆の者、礼を言う」
「みなさま、どうもありがとう」
王子、王女からの言葉に小さな貴族達がその場で略礼を取ると、今日の主催者であるルイーズが朗らかに声をかけた。
「堅苦しい挨拶はここまでにしましょう。ジャンはジョアン様やジャックと話したことはなかったわよね?」
「はい」
「では、まず同性同士で自己紹介でもどうかしら?シャルロットはこっちへいらっしゃい」
「はい、お姉様!」
この流れは初めから決められていたようで、シャルロット王女がいそいそとルイーズの方に向かったのを見て、ジャン王子はジャック達の方に歩いてきた。
「自己紹介ということなので、まずは私からよろしいでしょうか?」
「あぁ…わかった」
ジャックが声をかけると、ジャン王子は少し気圧されたように頷いた。ちょっと強引だったかなと思いつつも、ジャックは自己紹介を始めた。
「レーヌ伯爵ピエールの長男、ジャック・ド・レーヌと申します。ルイーズ様とは従姉弟同士になります。ジャン殿下とは3歳違いなので学園ではご一緒できませんが、臣下として殿下をお支えすることができるよう邁進していく所存です」
頷くジャン王子はアンリ王太子をそのまま小さくしたように瓜二つだ。続いてジョアンが同じように自己紹介をすると、ジャン王子が緊張した面持ちのまま挨拶をした。
「ジャン・ド・ラ・グランシェールだ。2人にはこれからもいろいろと教えてもらうことも多いと思う。どうかよろしく頼むよ」
「はっ」
「かしこまりました」
緊張しながらも堂々とした王子の様子を見て、ジャックは自分が6歳の時にはこんな態度は取れなかっただろうと思った。自己紹介が済んでホッとしたのか、ジャン王子は椅子に座ったと同時にジョアンの方を向いた。
「ジョアン殿はパレが得意と聞いたけれど、2人でよく遊んだりするのかな?」
「そうですね。ジャックとはよくパレをやります。キャシュフォール侯爵家のエミールも一緒であることが多いです」
「あぁ、エミール殿か。…私もパレが好きなのだが、ここには相手がいなくて困っているんだ。今度相手してくれないか?」
「もちろんです!王城に来ることも多いですから、お声をかけて下さればいつでもお相手させていただきます」
「そうか、よかった!ジャック殿も良いか?」
「はい、ぜひお願いいたします」
遊び相手を確保して嬉しそうなジャン王子の子供らしい表情を見て、ジャックは何となく安心した。ルイーズがそんなに窮屈な思いをしているわけではなさそうだと少し気が軽くなったジャックに、ジャン王子がそういえば、と顔を向けた。
「ジャック殿に聞きたいのだが、ルイーズ姉…いや叔母上は以前からトレーニングをされていたのか?」
「トレーニング…?」
王子がルイーズを姉上と呼びかけて止めたのも気になったが、それよりもジャックは質問の内容の方がもっと気になった。レーヌ家にいた頃、ルイーズが運動しているところなど見たことがない。せいぜい自分とダンスの練習をしていたくらいだ。
「あぁ、体力づくりだと言って私と毎朝内宮の庭を走り込んでいる。…その様子だと心当たりはなさそうだね」
「はい、ルイーズ様が運動をされているところは見たことがありません」
「そうか。…実はまだ叔母上に全く追いつけなくてね。とても速いから、以前から走ったりされていたのかと思ったのだけれど」
「そうですか、走るのが速くていらっしゃるのですね…。全然知りませんでした」
ルイーズがそんなに運動神経がいいなんて知らなかった。自分の知らないルイーズをジャン王子は知っているのだと思うと、何故か胸の辺りがモヤモヤした。だからなのか、ジャックは言うつもりのなかったことを口に出してしまっていた。
「…殿下はルイーズ様のことを"姉上"と呼ばれているのですか?」
「ジャック!」
思わず口を挟んだジョアンの言葉を聞いてはっと我に返り、ジャックが頭を下げた。
「申し訳ございません!差し出がましい質問をしてしまいました」
「いや……ルイーズ叔母上と最初にお会いした時に、年が近いのだから姉上と呼んではどうかと父上がおっしゃったんだ」
「そうでしたか…お答え下さりありがとうございます」
王子の返答を聞いて気を悪くしたわけではなさそうだと胸を撫で下ろしたジャックの元に、シャルロットを連れたルイーズが歩いてきた。
「そろそろ交代しましょうか、ジャン?」
「分かった。…ジョアン殿、ジャック殿、パレの約束忘れるなよ」
「はい」
「お待ちしております」
立ち上がって頭を下げたジョアンとジャックに、ルイーズが楽しそうに笑いかけた。
「あら、早速遊ぶ約束?いいわね〜元気で」
「姉上こそ…トレーニングしてるって聞いたよ。うちにいた時は運動なんかしたことなかったのに、どう言う風の吹き回し?」
「……ジャンから聞いたのね?」
ルイーズがカミーユ達の方にいるジャン王子を小さく睨んだ。
「もしかして、内緒にしてた?」
「いえ、そういうわけではないのだけど…」
言い淀んでいるルイーズの様子に、ジャックはジョアンと顔を見合わせた。
「…2人で話して来るか?」
小さな声でそう耳打ちしてきたジョアンが意外と気が回ることにジャックが密かに感心していると、ルイーズの手を離したシャルロット王女がジョアンの隣の椅子によじ登って絵本を差し出した。
「ジョアンさま、これをよんでくださる?」
愛らしい王女のお願いに、思わずジョアンも相好を崩して微笑んだ。
「わたくしでよろしければ、もちろんでございます」
「わぁ、ありがとう!」
チラリとこちらを見て頷いたジョアンに頷き返したジャックは、少し離れた椅子へとルイーズを促した。
「…幼い王女殿下に気を遣わせてしまったみたいで申し訳ないよ」
「大丈夫よ、ジャック。シャルロットは空気を読むのが上手いというか、こういうことが自然にできる子なの」
「へぇ…さすがだね」
「それに、自分からあんなことを言い出すなんて…きっとジョアン様のことを気に入ったんだわ」
柔らかい表情でシャルロット王女を見ていたルイーズがスッと表情を戻したのを見て、ジャックも姿勢を正した。
「ジャックは王族が護身のために早い時期から魔法の訓練をすることは知っているかしら?」
「聞いたことはあるよ。詳しくは知らないけど」
「そう…。私も誕生日を過ぎた辺りから魔法の訓練をしているのだけれど、私の魔力は王族の中でも多い方らしいの」
「そうなんだ…」
「えぇ。…詳しいことは話せないんだけど、来年の春までに魔法の腕前を上げなくてはならない事情があってね。魔導士って単に魔法が使えればいいというわけではないのよ。反射神経の良さも必要だし、基本的な戦闘の動きができていないと魔法攻撃も生かせないし。それで体力づくりも兼ねてトレーニングしているというわけなの」
ルイーズの話を聞きながら、ジャックは2年前に自分が木の上に引っ掛けてしまったパレを取るために偶然ルイーズが魔法を発動させた事件を思い出していた。その後すぐにルイーズが実は王女だったと知って魔力の多さに納得がいったのだが、すでにかなり本格的な魔法の訓練をしていると聞いて、また少しルイーズの存在が遠くなった気がした。
その焦りにも似た気持ちから、ジャックは2年前からずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。
「…………あのさ、姉上」
「うん、なぁに?」
「それって、姉上がパレを瞬間移動させたことと関係ある?」
ギョッとした顔で見返したルイーズが、慌ててジャックの口を塞いだ。
「……関係ないわ。お母様にも言われたとおり、その話は口に出さないで。お願い、ジャック」
聞きたいことはなにも聞けていないが、ルイーズが一瞬泣きそうな顔になったのを見て、ジャックは突っ込むのをやめた。
「……分かった。ごめん」
「うぅん、私もまだ確証が持てない話だから……そうね……そのうち話せる時が来ると思うわ。だから、それまでは胸の内にしまっておいてくれる?」
「うん。…姉上はさ、魔導士になるつもりなの?」
「それは王女という立場では難しいと思う。でも、せっかく多くの魔力を授かったのだから、他の形で生かせるようにできたらいいとは思ってるわ」
「そっか。……ねぇ、もし僕が魔導士になったら、ちょっとは姉上の力になれるかな?」
「え……」
まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう、驚いた顔のルイーズを見て、ジャックは少しだけ気分が良くなった。
「僕達のお祖父様は有名な魔導士だったんだろ?なら僕だってその素質はあるよね。ベニエール先生もそう言ってた」
「…そうね。レーヌのお父様もお祖父様のことさえなければ魔導士になるつもりだったようだし」
「え、そうなの?」
「イザーク様から聞いたわ。本人はあまり話したがっていないようだから、お父様の前では言わない方がいいかもね」
「そっか…」
いつも穏やかで余裕があるように見える父にも他人に言いたくない話があるのだということを知り複雑な気分になったジャックは、ルイーズの嬉しそうな声に顔を上げた。
「良かった…ジャンも少しは話ができたみたいね」
「え?」
突然何のことを言われたのか分からず、ジャックの頭の中は?マークだらけだ。そんなジャックにルイーズが悪戯っぽく微笑んだ。
「ジャックもカミーユ様とうまくやるのよ」
「なっ…何言って……!」
急に何を言い出すんだと睨んでみたものの、ルイーズは変わらず笑みを浮かべている。
「姉上の方こそ、婚約者選びはどうなってるのさ?」
「私のことはご心配なく。来年には決まると思うわ」
「……もちろんアラン様だよね?」
「さぁ、どうかしら?」
意趣返しのつもりの質問もうまくはぐらされてしまい、ジャックはルイーズには当分勝てそうにないと観念した。でも、決して嫌な気分ではない。ここに来る時のようなモヤモヤした気持ちが、いつの間にか薄れていることに気づいた。
「今日は久しぶりに話が出来て嬉しかったわ。またこうやって来てくれる?」
「もちろんだよ。だって僕は姉上のたった1人の弟なんだから」
「えぇ…そうね」
嬉しそうにサファイア・ブルーの瞳を細めるルイーズに、ジャックも笑顔を返す。
今はまだほんの子供だし、実際に魔導士になれるほどの魔力があるかどうかも分からない。でも、将来きっとルイーズに頼りにされるような存在になってみせる。臣下として、従弟としてだけでなく、ジャック・ド・レーヌ個人として、幼い頃から一緒に育ってきた肉親として、ルイーズを支えることができるようになりたい。
幼い胸に新たな決意が生まれるのを感じながら、ジャックは王城を後にしたのだった。
ここまでお読みくださいましてありがとうございました。
更新をお待たせしており、大変申し訳ありません。
実は、3月下旬に人生で初めて救急車のお世話になってしまいまして…。
まだ本調子ではないので仕事はお休みしていますが、今回の話は元々7割程度出来ていたものに書き足すという形で何とか更新にこぎつけました。
細かい文字を長時間見ているのも良くないらしいので、体調が回復するまでは更新も難しい状況です。
家族皆が在宅という中で主婦業はなかなか休めませんが、息子達をこき使いながら(笑)回復に努めたいと思います。
どうか気長にお待ち頂けると幸いです。
よろしくお願いいたします。




