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「王妃殿下、ご機嫌麗しゅう」
「久しぶりね、アデリーヌ。ルイーズの誕生パーティーには来られなくて残念だったわ」
「その節は大変失礼いたしました」
父親のイザークによく似た優しい顔立ちの少女は、伯母であるジャクリーヌと挨拶を交わすと、ルイーズに向かって綺麗なカーテシーをした。
「お初にお目にかかります、王女殿下。アデリーヌ・ド・ペルレと申します」
「ルイーズですわ。年も近いことだし、よかったら仲良くしてもらえると嬉しいのだけど」
「勿体ないお言葉です。私も僭越ながら仲良くさせていただければと存じます」
「本当?ありがとう!ぜひよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
明るい緑色の瞳を細めて、アデリーヌはふわりと微笑んだ。ルイーズも自然と笑みを返す。
(……うん、この子とは仲良くなれそう)
ガルニエ公爵の弟であるイザークは、ガルニエ家が持つ爵位の一つであるペルレ伯爵を名乗っている。アデリーヌはルイーズよりも2つ年上だが、誕生パーティーの時は体調不良で欠席だった。ルイーズと同い年の弟の方はパーティーで見かけたが、アデリーヌとはあまり似ていない気がした。
次にアデリーヌの後ろから進み出てきた人物を見て、ジャクリーヌが「まぁ」と声を上げた。
「王妃殿下、王女殿下、ご無沙汰しております。本日はお騒がせしてしまうかと存じますが、どうかご容赦くださいませ」
「我が家にも赤ん坊がいるから騒がしいのは慣れているから大丈夫よ」
「恐れ入ります」
ガルニエ公爵家の次期当主アルベールの妻であるオリヴィエが、小さい子供を腕に抱いている。去年生まれたという男の子は、アルベール譲りの綺麗な黒髪とオリヴィエそっくりの琥珀色の瞳をしている。丸々とした窪みのある手をにぎにぎしながら、「あーうー」とおしゃべりしている姿を見て、ルイーズは頬が緩むのを感じた。
「何という名前なのかしら?」
「テオドールですわ」
「素敵な名前ね」
「ありがとうございます」
ジャクリーヌとオリヴィエが話している間も、テオドールはキョロキョロと周りを見回している。ジャックとは一つ違いだからルイーズは彼が赤ん坊の頃のことは覚えていないし、甥っ子のフレデリクは生まれたばかりなのでまだここまで表情が豊かではない。
「可愛い……!!」
「…あ、こちらを見て笑ってますよ!」
「本当ね!」
すっかりテオドールに心を奪われている少女達に、オリヴィエがテオドールを抱いたまま近づいてきた。
「もしよろしければ、抱っこされますか?」
「いいのですか?」
「もちろんでございます。……ただ結構重いので、お座りになった方がいいかもしれません」
「そうですね」
ソファーに座っておずおずと差し出したルイーズの両腕に、オリヴィエが我が子を託す。ズシリとした重みとともに子供特有の高い体温と甘い香りを感じて、ルイーズはフニャリと相好を崩した。
不安定な抱き方で泣かれるのではないかというルイーズの心配をよそに、テオドールはあうあうと嬉しそうに足をバタつかせている。
「すでにこの歳で面食いのようで、可愛いお嬢さんが大好きなんですよ」
「あら、誰に似たのかしらね?」
ふふふ、と艶のある笑い声を上げるジャクリーヌに、オリヴィエも「本当に」と相槌を打つ。
「オリヴィエ様、私も抱っこさせていただいてもよろしいですか?」
「えぇ、もちろんよ」
ルイーズからテオドールを受け取ったアデリーヌもおっかなびっくりといった感じだったが、やはりテオドールはご機嫌にアデリーヌの長い黒髪を引っ張ったりしている。
「なかなか行く末が楽しみな子ね」
「王子様方の支えとなれるよう鍛えると夫が申しておりましたわ」
「期待しているわね」
「有り難きお言葉でございます」
軽く腰を落としたオリヴィエがジャクリーヌに頭を垂れる。ルイーズがオリヴィエに会うのはアルベールとの結婚式以来だが、落ち着いた雰囲気のオリヴィエがルイーズはとても素敵だと思う。オリヴィエはグランシェール王国で代々財政の責任者を務めるヴァンドール侯爵家の出身で、アルベールやルイーズの兄フィリップと同い年だ。
2人が一緒のところを結婚式で初めて見たのだが、アルベール本人が言うように婚約期間が長くて倦怠期のような関係だとルイーズには見えなかった。オリヴィエはアルベールを心から信頼しているように見えたし、アルベールもそんなオリヴィエにとても優しい眼差しを向けていた。
その様子を見て、ルイーズは自分もアランとこんなふうになれたらいいな、と密かに感じたのだった。
そこから場所を移しての昼食となったが、しばらくテオドールを囲んでの和やかな時間の後、お昼寝の時間が近づきテオドールがぐずり出したため、オリヴィエは敷地内の離れの屋敷に戻って行った。
「そういえば、庭を案内すると言っていたわね」
「あ…そうでしたね」
確かにそんな話をしていた気がする。午前中の商人とのあれこれですっかり頭の中から飛んでいた。ルイーズが頷くと、ジャクリーヌはもう1人の少女の方を見た。
「アデリーヌは、ここの庭は見たことがあるかしら?」
「幼い頃に一度来たことがあるらしいのですが、ほとんど覚えておりませんの」
「じゃあちょうどいいわね。一緒にどうかしら?」
「よろしいのですか?」
「えぇ、もちろん」
「ありがとうございます!ぜひご一緒させてください」
国内でも有数の美しさを誇る庭を王妃自らの案内で見られるとあって、アデリーヌは一も二もなく飛び付いた。その様子にジャクリーヌが目を細める。
「そうと決まったら、早いところ出ましょう。……エマ、準備をお願い」
「かしこまりました」
ジャクリーヌ付きの侍女エマの主導で、てきぱきと外へ出る準備が整えられる。晩秋ともなれば、日が傾いてくると一気に気温が下がってくる。
王妃付きの侍女、王女付きの侍女、アデリーヌの侍女も含め10人近い人数でゾロゾロと庭を散策する。王妃と王女の侍女は護衛も兼ねているがそれ以外は武術の心得はないので、少し離れた場所から近衛兵と公爵家の兵士も護衛をしている。
ガルニエ家の庭は、王城の庭のように左右対称の美しさではなく、どちらかというとイングリッシュガーデンのような自然に近い調和の美というものだった。
「ここにも薔薇があるんですね」
「えぇ。ここにあるのは王城のものとまた違う種類でね、原産地である大陸中央の砂漠に近い場所から苗木を持ち帰って品種改良したものなのよ」
「そうなのですか…。王城のものよりも花が小さく蔓状になっていますね」
「寒さや虫にも強いらしいわよ」
「なるほど…育てやすい種類なのですね」
色違いの薔薇が絡みつく見事なオベリスクを見ながら話をしていると、石畳を歩いてくる足音が少しずつ近づいてきた。公爵家兵団の制服を着た若い男性が、ルイーズ達から数歩離れたところに跪いて頭を下げた。
「散策中失礼いたします。…恐れながら、公爵様が火急の用件にて王妃殿下をお呼びでございます。速やかに屋敷にお戻り下さいますようお願い申し上げます」
「……またジェロームなの?全く姉使いの荒い弟だこと…」
「申し訳ございません!」
不機嫌な王妃の様子に恐縮しまくっている若い兵士を見て、ジャクリーヌが僅かに目を瞠った。
「……あなた、もしかしてダルクの息子?」
「左様にございます」
「そうなの。マリーは元気かしら?」
「はい。お陰様で元気にしております」
「そう、良かったわ。……そんなに恐縮しなくていいわよ。ジェロームの魔法バカは今に始まったことじゃないから」
せっかく久しぶりに実家に帰ってきたというのに、庭もゆっくり見させてはもらえないらしい。つくづく王妃というのも因果な職業だ。
ジャクリーヌは軽く溜息をつくと、義娘と姪に笑顔を向けた。
「公爵が呼んでいるみたいだから、わたくしは先に戻るわね。護衛を1人置いていくから、ゆっくり見ていってちょうだい」
「はい、お母様。お気をつけて」
「お言葉に甘えてそうさせていただきます、殿下」
軽く腰を落としたアデリーヌに、ジャクリーヌはウィンクをした。
「公式の場ではないのだから、ここは"伯母様"と呼んで欲しいわね」
「……!!……はい…伯母様」
「ふふ……では、また後でね」
護衛と兵士数人を伴って優雅に去って行ったジャクリーヌが見えなくなると、ルイーズはこれからどうしたものかとアデリーヌの方を見た。すると、何故か期待いっぱいの顔で目をキラキラさせているアデリーヌと目が合った。
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