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───どうしてこうなった。
ソファーに座るルイーズの両側では、アランとジェラールがそれぞれ左右の手を握って、輝くような笑顔を浮かべている。
王宮で働く侍女にルイーズの婚約者候補達はとても人気があるらしく、その中でも大きく分けてアラン派とジェラール派に分かれるのだとモニークが教えてくれた。2人とも従兄弟なだけに髪の色と顔立ちは似ているのだが、雰囲気が全然違う。ルイーズは心の中で、アランをクール系腹黒、ジェラールを小悪魔系腹黒と呼んでいる。
ちなみに少数だがエミール派もいて、あのシャイな感じがたまらない、なんとなく世話を焼きたくなる、という理由で、どちらかというとベテランの侍女に人気があるらしい。…まぁ、分からないでもない。
話が逸れたが、とにかく左右から放たれる美少年オーラがすごい。どちらを向いてもキラキラしたスマイルしかないので、なんだか落ち着かない。
(贅沢な悩みだとは思うけれど、そもそもこの世界って顔面偏差値高すぎて、前世が凡人の私とっては心臓に悪いんだよね……)
爽やかな笑顔とは裏腹に、2人からはお互いを牽制し合いつつ一歩も引いてやるものかという気迫をひしひしと感じる。なすすべもなく、ルイーズはこの状況に至った過程を思い起こしていた───。
◇◇◇◇◇
「あれ?アランも来てたんだ」
入口で形式的な挨拶を済ませて部屋へと足を踏み入れたジェラールは、先客の姿を見つけるや何食わぬ顔で言い放った。
「やぁ、ジェラール。奇遇だね」
それに対するアランも、ジェラールが来ると聞いた時の不機嫌さを微塵も感じさせないところはさすがだ。
「ルイーズ様…もしかしてご迷惑でしたか?」
「いえ、そのようなことありませんわ」
アランへのふてぶてしいほどの物言いとは打って変わって、まるで女の子のような美しいかんばせに心苦しそうな表情を浮かべるジェラールに、こちらが悪いことをしているような気分になってくる。…が、騙されてはいけない。これは計算し尽くされた表情なのだ。
「それなら安心いたしました。どうしてもルイーズ様にお会いしたくなってしまって……急な訪問をお許しください」
儚げな笑顔を見せるジェラールの後ろに花が見えるような気がする。
「えぇ、大丈夫ですわ」
「……社交辞令ではありませんよ?」
「はい、ありがとうございます」
にっこり笑ってそう言えば、ジェラールは少し不満げに口をとがらせた。そんな表情も実にあざとい。
「うーん…今はまだ仕方ないか」などと呟きながら、ジェラールは自分の従者の方に顔を向けた。
「マルク、例の物を」
「はい。…こちらでございます」
マルクと呼ばれた栗毛に薄茶色の瞳の青年が、綺麗にラッピングされた箱をジェラールに渡す。受け取ったジェラールは、ルイーズへ近づいて来ると恭しくその箱を差し出した。
「ルイーズ様、お誕生日おめでとうございます。気に入っていただけると良いのですが」
「まぁ…ありがとうございます!…開けてみてもよろしいかしら?」
「えぇ、もちろん」
フワリと微笑む姿はその辺の令嬢なんて目じゃないほどの可憐さ。チラリとアランの方に目をやると、とてもいい笑顔で先を促すように頷かれた。…うん、これはさっさと開けた方が良さそう。
さりげなくジェラールにエスコートされてソファーに腰を下ろし、慎重にラッピングを開けていく。天鵞絨の箱の上面には、有名な宝飾店の刻印が見える。そっと箱を開けると、中には華奢なブレスレットが入っていた。
「可愛い…!…これはシェリーの実ですか?」
「えぇ、そうです。ルイーズ様の象徴がシェリーだと伺ったので、そちらをモチーフにしたものを作らせました」
細いホワイトゴールドのチェーンに、サクランボの実を象った飾りが付いている。実の部分はルビー、葉の部分はエメラルドだろうか?とても可愛いけど、オーダーメイドで子供への贈り物にするような代物じゃないよね。この世界の庶民の生活がどの程度か分からないけれど、多分とんでもない金額なんだろうな…。
つい前世の感覚で勿体ないなぁとか考えてしまうけれど、きちんとした本物を身につけるのも上に立つものとしての務めだとデュマ夫人からは指導されている。……いや、待てよ。ひょっとしてこのブレスレット、デュマ夫人セレクトだったり……?
ルイーズの反応を見守っているジェラールは、ニコニコと罪のなさそうな笑顔を浮かべるばかりで真相は掴めない。でも、素敵な贈り物をもらったことは素直に嬉しい。
「ありがとうございます、ジェラール様。とても可愛らしいですわ。大切に使わせていただきますね」
「お気に召したようで嬉しいです。…図々しいことは承知の上で、1つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
「次にお会いする時に、こちらを付けていただきたいのです」
「次に会う時…と言いますと、生誕パーティーになりますが……」
パーティーの時の服装や装飾品はあらかじめ決まっている。困ったように視線をやると、ルイーズの言いたいことを察したのかジェラールが小さく頷いた。
「えぇ、分かっております。生誕パーティーでのお衣装は決まっていると思いますので、個人的にお会いする時にぜひ」
個人的に、ね。…視界の端に見えるアランの笑顔が怖いのはきっと気のせいじゃない。とはいえ、断る理由もない。
「…分かりました。お約束いたしますわ」
「ありがとうございます!楽しみにしています」
嬉しそうに笑顔を浮かべるジェラールが、どさくさに紛れて手を握ってきた。振りほどくわけにもいかずされるがままにしていると、音もなくジェラールとは反対側に座ったアランが、ジェラールの手を引き剥がしてルイーズの手を自分の方に引き寄せた。
「私からのプレゼントは、生誕パーティーの日にお渡しいたしますね。…パーティーの後、少しお時間を頂いても?」
「…えぇ、もちろんですわ」
「ありがとうございます。……楽しみにしております、ルイーズ様」
後半部分を耳元で囁いて手の甲に唇を落とすアランから漏れ出す色気たるや……!!
ルイーズが顔に熱が集まっていくのを感じていると、シャラリとジェラールが箱からブレスレットを取り出す音がした。空いている反対側の手首を持ち上げられたと思ったら、するりと鎖が通される。ブレスレットの鎖をなぞるように手首を撫でながら、ジェラールが満足げに微笑んだ。
「…やはりよくお似合いですね。この次はぜひ2人きりの時に拝見したいです」
「は、はい……」
……こっちの美少年の破壊力も抜群だわ。もう、デュマ家の血筋なんとかしてほしい。
「ルイーズ様はどのようなものでもお似合いになるので、贈る方としては冥利につきるというものです」
そう言ってアランが触れた髪飾りは、ルイーズが王宮に来る前に彼から贈られたものだ。アランの来訪に合わせて付けたことに気づいてもらえて嬉しい。髪を撫でる手と甘い微笑みにウットリしかけていると、反対側の手もゆるゆると撫でられているのを感じた。
───というわけで、両者一歩も譲らず、ルイーズの手を握り続けて今に至る。
部屋に漂うなんとも言えない微妙な空気をまるで読んでいないかのように、マルセラが新しいお茶をテーブルに並べていく。今回はアールグレイだろうか?ほのかな柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。
美少年に挟まれているという緊張を強いられる状況のせいか、喉が渇いてきた。
(お茶に手を伸ばしたいけど手が空いていないのよね…)
2人の侍従はすっかり壁の一部と化していて、口出しする気はなさそうだ。ルイーズが助けを求めるようにマルセラを仰ぐと、優秀な侍女は心得たとばかりに口を開いた。
「……恐れながら、殿下が困っておられます。差し出がましいようですが、お2人ともお手を離してはいただけませんでしょうか」
マルセラの言葉を受けてお互いに顔を見合わせたアランとジェラールは、渋々といった風に手を離した。
「…仕方ないですね。残念ですが、ルイーズ様を困らせることは本意ではありませんし」
「遺憾ながら、同意見です」
ようやく両手を解放してもらえて、ホッと一息つく。マルセラに後でお礼を言っておこう。紅茶を飲んでカップを置いたアランが、思い出したという風に口を開いた。
「そういえば、この前魔力の測定をしたんです」
「まぁ、そうなのですか!…いかがでしたか?」
アランは12歳だから、そろそろ魔力が安定してくる年頃だ。高位の貴族なら、ある一定の水準の魔力は持っているはずだけれど。
「私は風属性の魔法に適性がありました。多少なら戦闘も可能なくらいの魔力もあるそうです。もちろん魔導士になるほどではありませんが」
「…では、学園では魔法の授業も受講されるご予定ですか?」
「その予定です。何事も出来ないより出来た方がいいですから」
「なるほど…そうですね」
アランらしい実利的な考え方だと思う。そう考えると、やっぱり自分も魔法の訓練はやっておいた方がいいのだろう。ゲーム要素以外でも何があるか分からないし。
「ルイーズ様も魔法を学んでおられるのですよね?」
ジェラールの言葉に「えぇ」と頷く。ルイーズが自分で言った覚えはないから、きっとデュマ夫人から聞いたのだろう。
「魔力測定もされているのですか?」
「はい、ちょうど今日の朝に測定したのですが……」
ルイーズの持つチートな魔力について、この2人に話してもいいものかどうか迷ってしまう。
(イザーク様には特に口止めされなかったけど、筆頭魔導士と国王に相談するというくらいだから、多分あまり他の人には話さない方がいいんだよね…?)
途中で言葉を切ったルイーズを不審に思ったのか、ジェラールが声をかけてきた。
「…どうされましたか?何か気になることでも?」
ジェラールに心配そうに見つめられて、思わずドキリとする。これは作られた顔ではないと分かる。普段は表情を作っていることが多いけど、きっと根はいい人なんだろうなと感じるから、あまり邪険にもできないのだ。
アランは口を挟まずに静観することにしたようだ。こういうところが本当に聡い人だと思う。
「……実は少し込み入った事情がありまして、これ以上はお話し出来ないのです。申し訳ありません」
「そうでしたか。こちらこそ、お話ししにくいことを尋ねてしまい失礼いたしました。どうかお気になさらないでください」
「ありがとうございます」
ジェラールもさすがに侯爵家の嫡男なだけあって、この歳できちんとその辺の線引きはできるようだ。デュマ家は代々国の外交を担う家柄で、現在のデュマ侯爵も外相を務めている。物腰柔らかでジェラールとよく似た優しげな顔立ちながら、見かけによらずなかなかの二枚舌らしい。……というのは、兄であるフィリップ談。
ふと窓の方へ目をやったアランが「そろそろお暇しなければなりませんね」と呟いたのを聞いて、窓から射し込む陽の光が夕刻を示していることに気づいた。
「今日はお会いできて嬉しかったです。また来週のパーティーでお会いできるのを楽しみにしております」
にこやかにジェラールがそう言えば、アランも完璧な笑顔を浮かべた。
「今日はお時間をいただきありがとうございました。途中邪魔が入ってしまいましたが、この埋め合わせは近いうちに必ず」
……邪魔ってハッキリ言ったよ、この人。
ジェラールがほとんど分からないくらい一瞬だけアランを睨んだ。
「お2人とも今日はお越し下さいましてありがとうございました。…ジェラール様、素敵なブレスレットをありがとうございます。お気をつけてお帰りくださいね」
この後の2人のやりとりについては考えないようにしよう。…うん、きっとそれがいい。
そう自分に言い聞かせて、ルイーズは婚約者候補の2人を見送ったのだった。
アランとジェラールが帰った後。
「腹黒は大好物だけど、近くで見るものではないわね……」
ルイーズは2人が去った自室で、グッタリとソファーにもたれていた。そんな主人に同情のこもった眼差しを向けるマルセラ。彼女は、先程のやりとりの最中にちっとも自分達の主を諌めようとしない侍従2人に腹を立てていた。
(あの2人…今度会ったらただじゃおかないわ)
王女の護衛も兼ねているマルセラは、しばしば近衛の訓練場に顔を出す。鍛錬のため一階下にある王国軍の訓練場に通っている侍従の2人とは、会おうと思えばいつでもチャンスはある。
この愛らしい我が主を煩わせるものは、何であろうと許せない。
暗器使いを得意としているマルセラは、心の中で2人に向かって投擲を繰り返すところを想像して口許を僅かに上げた。
◇◇◇
実はマルセラさんもチート。
次回は生誕パーティーです。
素敵なレビューをいただき、小躍りして喜んでおります。レビューに恥じぬよう頑張ります…!!
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。




