3
「ようこそいらっしゃいました、アラン様」
「突然の訪問にもかかわらず、お会い下さり有難うございます」
歴史の講義の後、指定した時間ぴったりにアランがやってきた。一分の隙もなくスマートにお辞儀をして微笑む端正な顔を見上げる。アランはこの2年間で背が伸びて、ずいぶん大人っぽくなった。もう子供というよりすっかり少年だ。ルイーズとの身長差も広がるばかりで、これからもっと見上げなくてはならないのだろうと、思わず大きくなったアランの姿を想像してしまう。
(背の高いアラン様との身長差、萌える……!!)
一人で勝手にドキドキしていると、アランがパチリと瞬きをして首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「いえ!…どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
アランは人の目があるところでは、決して口調を崩さない。多くの侍女や近衛兵がいる部屋の入り口から中へ入ると、ルイーズたち以外は王女付きの侍女とアランの従者アデルのみとなるため、部屋の中では今まで通りの口調で話してくれる。
王女となったルイーズに敬語を使わないことに初めは難色を示したアランだったが、そうして欲しいとルイーズの方からお願いしたのだ。
「…しばらく来られなくてごめん。今日も本当はこの時間に外宮で勉強会が入っていたのだけれど、講師の都合でキャンセルになってね…。それなら少しでも君の顔を見たいと思って、面会希望を出してみたんだ。会えて嬉しいよ」
「私もお会いできて嬉しいです。…アラン様、また背が伸びました?」
"様"付けで呼ばれることに不満があるらしいアランだが、ルイーズの中では"アラン様"で定着しているので、正式に婚約者に決まるまではとりあえずこのままということで納得してもらった。
「そうかな?そうかもしれないけど、自分では分からないものだね。……そう言うルイーズは、しばらく見ない間にますます綺麗になったね」
そう言ってルイーズの髪を一房掬い上げると、アランはそっと髪に口づけて蕩けるように微笑んだ。ますますイケメンぶりが上がっているアランにぽーっと見惚れていると、いつの間にか片手を取られ部屋の中央に置いてあるソファーまでエスコートされて、気づいたら並んで座っていた。
……イケメンパワー恐るべし。
「これ以上君に惚れる男が増える前に早く僕のものだと皆に言いたいのに……本当にもどかしくてたまらないよ」
「そんな…アラン様に想っていただけるだけでも勿体ないくらいなのに…。婚約者候補の方々も私が王女だから気を遣って下さっているのだと思うと、なんだか申し訳な「ルイーズ」………はい」
ぴしゃりとルイーズの言葉を遮ったアランの顔が怖い。絶対零度の笑みを浮かべて、アランが諭すように言う。
「君の謙虚なところは美点でもあるけれど、同時に欠点でもあるね。自分をあまりに卑下することは、君を大事に思っている人に対して失礼なんじゃないかな」
「……すみません」
「いや、別に謝って欲しいわけではなくて……」
アランが困ったように眉を下げる。前世がごく普通の一般ピープルで転生後も一応貴族の娘とはいえモブ令嬢だと思っていたルイーズにとって、理由もなく自分に自信を持つことはとても難しい。生まれながらにして人の上に立つべき人間であるアランとは根本的に違うのだということを、こういう時に嫌でも感じてしまう。
王族たるもの常に堂々と誇りを持つようにと教育されているけれど、身に染み付いた感覚は1年や2年では簡単に消えてくれない。謙虚過ぎるのも良くないとデュマ夫人にいつも言われて気をつけてはいるのだが、かといって傲慢になってもいけないし、その辺のバランスがなかなか難しいのだ。
アランはルイーズの手を両手で包み込むと、小さく息を吐いて穏やかな笑みを浮かべた。
「…ともかく、僕は君にどうしようもないくらい夢中なんだ。だからもっと自分に自信を持って。でないと、僕の気持ちまで否定されたようで悲しくなるよ」
「はい…わかりました」
君に夢中なんて言われて、嬉しいやら恥ずかしいやら。
(アラン様こそ、私をどれだけときめかせたら気が済むんですか……!!)
「───失礼いたします。お茶でございます」
互いに見つめ合って甘い雰囲気になりかけた絶妙なタイミングで、マルセラがテーブルにお茶を載せた。
「…ありがとう、マルセラ」
「いただくよ。ありがとう」
一口紅茶を口に含んだアランが、ほとんど音を立てることなくカップをソーサーに置いた。
「…これは美味しいね。どこの産地のもの?」
「こちらは南の国から取り寄せたものにございます」
「南の国というと、デルアーレ王国?」
「左様でございます」
飲んでみると、苦味の少ないスッキリした口当たりの後に、みずみずしい茶葉の香りが 鼻に抜けていく。デルアーレ王国といえば、国王の姉、すなわちルイーズの伯母にあたるマリアンヌ王女の嫁ぎ先で、海に面した穏やかな気候の国だと聞く。やっぱりこの世界でも、お茶の葉はそういった気候のところに育つらしい。
美味しい紅茶を飲みつつ、お茶受けとして出されたマカロンのようなお菓子をいただく。グランシェール王国はフランスに似た文化の国なので、食文化もフランスっぽいものが多くてとても美味しい。グルメ大国バンザイ。
1時間ほどアランと談笑を続けた頃、ドアをノックする音が聞こえすぐに部屋の隅に控えていたモニークが応対に出た。小声でやり取りする様子を見るに、ノックをした近衛兵もモニークも少し困惑気味のようだ。チラリとルイーズ達の方を見たモニークが、恐る恐るといった様子で歩いてきた。気のせいか、アランの方を気にしているような…?
「…殿下。内宮の入口にデュマ侯爵家のジェラール様がいらしていて、殿下へのお取次を願い出ているそうです」
「え、ジェラール様?」
驚いて咄嗟に隣を見てみると、アランが思いっきり苦虫を噛み潰したような顔をしていた。いつも冷静な彼がこれほど分かりやすく感情を表に出すのも珍しい。「あいつ…わざとだな」と低い声で呟くアランの周りに黒いオーラが漂っている気がする。
久しぶりに会えたアランと2人で過ごしたいのはやまやまなのだが、婚約者候補の中であからさまな差別をしないよう父である国王からは言われているし、ジェラールは同い年ということもあって話しやすい相手ではある。
やはり会うべきだろうかと様子を窺っていると、ルイーズと目が合ったアランが諦めたように長い溜息をついた。
「僕には彼を拒否する権利はないよ。どうするか決めるのはこの部屋の主である君だ」
「……アラン様、申し訳ありません。───モニーク、ジェラール様をお通しするよう伝えて」
「はい、かしこまりました」
モニークがホッとしたような表情で近衛兵に返事を伝えに行く。何とも言えない気分でルイーズがアランを見ると、優しい眼差しでポンポンと頭を撫でられた。
「…謝らなくていいよ。多分それが王女として正しい対応だろうからね。別にこんなことで君を悪く思ったりはしないから…だから、そんな顔をしないで」
「アラン様……」
ルイーズの頭の上にあった手が、するりと頬まで滑り下りてくる。
「僕としては、この状況を君が少しでも残念に感じてくれていたら嬉しい限りだけど」
頬に手を添えられたままいたずらっぽく微笑まれて、キュンと胸が高鳴る。
(……あぁ、やっぱりこの人が好きだ。こんな素敵な人に好意を寄せてもらえるなんて、私は本当に幸せ者だな)
「……久しぶりにお会いしたので、もっとゆっくりお話したかったです。近いうちにまた会いに来て下さいますか?」
アランのグレーの瞳が優しげに細められる。
「もちろん会いに来るよ。これから王城に来る時は、どんなに短い時間でも、君のところに顔を出すことにする」
「はい。楽しみにしています」
微笑み合ったルイーズ達に、ドアの外から近衛兵がジェラールの到着を告げた。
次回は、腹黒対決 (笑)
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。




