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「ではまず、簡単に魔力測定してみましょう。利き手はどちらですか?」
「右手です」
イザークは腰に下げた袋から、いくつかの魔石を取り出した。
「本来魔力測定は学園の魔法クラス分けのために行うものなのですが、王族の方に限っては入学前にある程度訓練しておくことが多いため、このように簡略化した形で行います。こちらにはそれぞれ違う属性を持つ魔石があり、その属性の魔力を持つ者が触れると魔石が光ります。該当する属性への適性が高いほど強く光るという仕組みです」
「なるほど…便利ですね」
「ちなみに、私がやるとこのようになります」
イザークが左の掌の上に魔石を載せると、青と緑と黄色の石が光った。その中でも特に黄色の魔石の光が強いように見える。
「青が水、緑が風、そして黄色が雷です。ご覧の通り、私は水、風魔法が使え、雷魔法に高い適性があります」
「イザーク様、すごいです…!!」
座学では、魔法の適性は普通は1つ、多くても2つと習った。3つもの適性持ちなんて、さすがはガルニエ家。
イザークは、驚くルイーズに穏やかな笑みを向けた。
「王家の方々はもっとすごいと思いますよ。…そういえば先程外されたラピスラズリのピアスは、私が作らせていただいたものです」
「そうでしたか!…では、おと…伯父様が言っていたご友人というのは、イザーク様のことだったのですね」
…危ない危ない。意識していないと、長年の癖でついレーヌ家の伯父のことを"お父様"と呼びそうになってしまう。
「えぇ、そうです。彼とはかれこれ20年近くの付き合いですが、ピエールが魔導士にならなかったのは本当に今でも残念です」
「…伯父様は魔導士になるつもりだったのですか?魔力がそれほど多くなかったとご本人が言っておられましたが…」
「魔力が多くない?…ピエールがそう言ったのですか?」
「はい、そうです」
ルイーズの言葉を聞いて、イザークは沈痛な面持ちになった。
「それはきっと、貴女様に余計な心配をかけないようにとの彼の配慮なのでしょう。あのレーヌ前伯爵の息子である彼の魔力が少ないはずなどありません。彼は学園で優秀な成績を修め魔導士としての将来を嘱望されていたのですが、あのようなことがあってその道を諦めてしまったのです」
「……そう、だったのですね………」
「急に伯爵位を継がなくてはならなくなり、魔導士になるべきか随分悩んでいたのを知っています」
レーヌ家の父も母もそんな素振りは見せなかったから、今まで全く知らなかった。
(私、自分のことでいっぱいいっぱいで、お父様のことなんて考えたこともなかった…)
沈黙が下りた訓練場の重苦しい雰囲気を振り払うように、イザークが明るい声を出した。
「───少し湿っぽい話になってしまいましたね、申し訳ありません。測定を続けましょう。……殿下、右手を出していただいてもよろしいですか?」
「はい、わかりました」
ルイーズの小さな掌の上にじゃらりと魔石が載せられる。イザークの手から離れて一瞬光を失った魔石が、ルイーズの手の上に載って一斉に光り出した。
「……え、」
「まさか…こんなことが………」
(全部光ってる……!?)
手に載せられた魔石は全部で5つ。赤、青、黄、緑、茶色の全てが光っているが、その中でも青と緑の石が強く光っているように見えた。
イザークは信じられないという顔で目を見開いたまま固まっている。ルイーズの掌にある魔石をガン見した状態で、イザークが口を開いた。
「……畏れながら、私は全ての属性をお持ちの方を初めて拝見しました。記録の中でもこれほどの魔力の持ち主の話はほとんど聞いたことがございません」
「そうですか……」
(……これって、いわゆるチートってやつ?)
どうやら自分は『君バラ』ではヒロインのライバル、『プリロズ』では攻略対象らしいから、それくらいの設定があってもおかしくないと思う。
もしこれがチート能力だとすると、ここがゲームの世界だという可能性がますます濃厚になってくる。
「殿下、ひとまずそちらの魔石は回収させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい」
イザークが口を広げた巾着袋に魔石を入れる。袋をロープのポケットにしまいながら、イザークが申し訳なさそうな表情をした。
「本日は予定どおり手の上で風を起こす練習をいたしますが、先程の測定結果を受けまして、今後の練習につきましては兄と少々相談いたしたく存じます。陛下にもご報告の上で方針を決めさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
よろしいでしょうかと訊かれても、はっきり言ってルイーズに選択の余地などない気がする。
「……分かりました」
「ありがとうございます」
魔導士としての略礼をとった後のイザークは、すっかり師匠としての顔つきに戻っていた。
この後、手の上でピンポン球のような軽いボールを浮かせる練習をした。少しずつ浮かせる高さを上げていったり、ボールを上下させたりして、風の向きや強さを調節する練習だ。
1アルス(2時間)近くが経ち、魔力でキャッチボールができるくらいにまでなったところで、イザークが訓練の終了を告げた。
「今日はここまでに致しましょう」
「はい。どうもありがとうございました」
「次回の訓練の日時は、また改めてご連絡いたします。…ピアスを忘れずに付けておいてくださいね」
「分かりました」
訓練場の結界を解除してルイーズに一礼すると、イザークは執務棟の方へ戻って行った。
「……殿下。少しお疲れのようですが、昼食はお部屋に運ばせましょうか?」
柵の外で待っていたマルセラが気遣わしげに尋ねてきた。こういうところで彼女は本当に気が利くと思う。確かにこの後ジャンやシャルロットの相手をしつつ食事をするのは少々気が重い。ピアスを耳に付けながらルイーズはマルセラに頷いた。
「えぇ、そうしてもらえると助かるわ。ありがとう」
「いいえ、とんでもございません」
さっきのイザークの様子だと、次の訓練まではしばらくかかりそうだ。楽しみにしていた魔法実技訓練が延期になった上に、予想外のチートが発覚したためこの先の予定も不透明になってしまった。
この世界に魔法が存在すると分かった時はものすごく興奮したけれど、王女の身では魔導士にはなれないことを知ってしまった今では、持っていても無駄な能力のような気がする。
それでもゲームの設定として付いてくるのだとすると、一体どこで使う場面があるのだろう?
(『プリロズ』でのルイーズのルートって、どんなストーリーだったっけ?)
弟から聞いた話を頑張って思い出そうとするが、悲しいほどに何も出てこない。それにもし思い出したとして、その能力を使うことはクラウド皇子と関わることを意味するのではないか?という危惧もある。
(……あれ?ってことは、もしかして魔法の訓練をすることによって自分でフラグを立ててる…!?)
自ら希望して始めた魔法訓練だったが、このまま続けてもいいのかどうかよく分からなくなってきた。なんとなくモヤモヤした気分を抱えながらルイーズが部屋に戻ると、王女付きの侍女の1人であるモニークが待ち構えていた。
「王女殿下、お待ちしておりました!外宮より伝令でございます」
「慌ててどうしたの、モニーク?」
「ロッシュブール公爵家のアラン様が、午後に訪問の許可を求めていらっしゃいます」
「……アラン様が?」
「はい。何でも午前中に騎士団訓練場にご用事があるそうで。その後、こちらに来られるとのことです」
アランはこうして王城に来る時はなるべくルイーズのところに顔を出してくれるのだが、最近は忙しいらしくしばらく会っていない。誕生日当日に花束を贈ってくれたし来週のパーティーでも会えるのに、急に来たいなんてどうしたのだろう?
今日は昼食後に歴史の講義があるが、その後は特に何もない。
「歴史の講義の後ならお会いできるとお伝えしてくれる?」
「かしこまりました。ご準備の時間を含めてお返事いたします」
「よろしくね」
久しぶりにアランに会えると分かり、さっきまでの沈んでいた気持ちがスッと軽くなっていくような気がする。我ながら単純だなと思うけれど、嬉しいのだから仕方がない。
どのドレスを着ようかな?とウキウキした気分で、ルイーズは汗を流すためにバスルームへ向かったのだった。
暑い日が続きますが、皆さまどうかご自愛くださいね。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。




