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階段を下りてしばらく歩くと、外宮へ続く扉の手前に近衛の制服を着た男性が立っていた。デュカス副団長と同じくらいか少し年上くらいに見えるその男性は、ルイーズ達が近づくと胸に手を当てて騎士の礼を取った。
「待たせたな、バルド」
「いえ。…王女殿下、お初にお目にかかります。第3近衛団の団長を拝命しております、バルドと申します」
「バルドは普段は俺の護衛をしているが、今日はこれから外宮に付いてきてもらうことになっている」
「よろしくお願いします」
「はっ」
バルド団長は制服の上からでもわかるほどガタイが良く顔つきも厳つい感じで、いかにも軍人って人だ。デュカス副団長の方はもう少し細身で、物腰も柔らかい印象。2人でちょうどバランスが取れている気がする。
「近衛団には第1から第3まであって、第1近衛団は国王と王妃の護衛、第2近衛団は王太子とその家族、そして第3近衛団は王太子以外の王子と王女の護衛をしている」
歩きながらフィリップが近衛団について説明してくれた。つまり、ルイーズ達の護衛を担当する近衛団のツートップがこの2人ということらしい。
「どの近衛団に所属するかは、襟につけた紋章の数でわかるようになっている」
後ろを歩くバルド団長の制服の襟を見てみると、紋章が3つ付いている。なるほど、これが第3近衛団ということね。
しばらく歩くと、王城に来てすぐに通された応接室の前を通り過ぎた。
(お父様が向かった方向からして、この先はお父様達が働いているところかな…?)
「この先には、行政に関わる政務官達の執務室がある。レーヌ伯爵もここで働いているはずだ」
「……はい」
廊下を行き来する人は皆、ルイーズ達の姿を見るとやはり脇に避けて通り過ぎるまで頭を下げている。どうやら王城内ではこういう決まりになっているらしい。
「あとここには大臣が集まって閣議を行う部屋や、裁判が行われる法廷なんかもある。上の階に国王や王太子、それから各大臣の執務室がある」
階段を上って2階の廊下を歩き始めたところで、向こうから中年の貴族男性と息子と思しき少年2人が歩いて来た。これまでとは違って、その男性はルイーズ達の姿を認めて僅かに目を見開いたかと思うと、わざとらしいほどの笑顔を浮かべて近づいて来た。
「これはこれは王子殿下。このようなところでお目にかかるとは珍しい」
「……オルセー侯爵か。アルトゥールも久しいな」
「ご無沙汰しております、殿下」
「次男のラウルは初めてお目にかかりますでしょうか?……ラウル、王子殿下にご挨拶を」
「……お初にお目にかかります。ラウル・ド・オルセーと申します。以後お見知りおきを」
「フィリップだ。よろしく頼む」
恰幅のいいオルセー侯爵に対し、長男の方はヒョロリとした少年だ。体型は正反対だが、抜け目のなさそうな顔つきや、慇懃にしていながらどこか人を小バカにしているようなところが、この親子はソックリだなとルイーズは感じた。次男はまだ背が伸びきっていないのか、全体的に長男よりも小柄で、見た目も父親と兄には全然似ていない。
(これがオルセー侯爵ね……。娘は父親に似ているのかしら?)
ルイーズと目が合った侯爵が、初めてその存在に気がついたというように芝居がかった様子で大仰に手を広げた。
「おや、こちらの可憐なお嬢さんはどちらのご令嬢ですかな?……もしや、こちらが噂の……?」
とっくに気づいているだろうに、わざとらしい発言に些か呆れつつルイーズが隣を見上げると、フィリップは明らかに気分を害した様子で顔を顰めた。
「……これは妹のルイーズだ。今日は俺が王城を案内している」
「そうでしたか!いやぁ、噂に違わぬ可愛らしい方だ。ぜひ我が家の次男のところに来ていただきたいものですな」
(このオッサン……私が庶子だと思って、完全に舐めてるわね)
ルイーズを値踏みするかのように、不躾な視線を寄越してくるオルセー侯爵。父親の失礼発言に慌てた様子でラウルが声をあげた。
「ち、父上!!私には婚約者がいますし、侯爵家の跡取りでもない私のところになど、王女殿下に失礼ではありませんか!」
「何を言っている、ラウル。ナタリー嬢はまだ正式な婚約者というわけではないだろう。王女殿下とは歳もそれほど離れていないし、ちょうど良いではないか。……殿下も後ろ盾がレーヌ伯爵家だけでは心許ないでしょう。我が侯爵家ならば外国との貿易においても顔が利きますし、何より───」
「───侯爵、そなた何か勘違いをしているのではないか?」
勝手な物言いを続ける侯爵にとうとう我慢ならなくなったのか、フィリップが途中で遮った。
「……勘違い、と申しますと?」
「ルイーズは母の実の子供──正妃の子として扱われることになる。すなわち、兄や俺と同じくガルニエ公爵家が後ろ盾となるわけだ。その王女を侯爵家の跡取りですらない息子の相手として所望するなど…そなたの王家に対する忠誠はその程度のものと判断されてもおかしくないな」
「な、なんと…そのような……!」
さすがの侯爵も分が悪いと思ったのか、少し焦った表情に変わった。
「…もういい。これ以上お前の話に付き合っている時間はない。今日のことは陛下に報告させてもらう」
「っ…殿下、お待ちください!!」
「どうかお引き取りを、侯爵殿」
「………」
これ以上食い下がるのは得策でないと感じたのか、バルドに抑えられてオルセー侯爵は大人しく脇に避けてルイーズ達に道を譲った。息子たちも父親に倣って廊下の脇に下がる。
「…行こう」
「はい」
侯爵親子に一瞥もくれず、フィリップは再び廊下を歩き始めた。各大臣の執務室、王太子殿下と国王陛下の執務室を順番に案内してもらい、さらに少し歩くと隣の建物との渡り廊下のようなところに出た。
「……不快な思いをさせてしまったな。すまない」
ポツリと呟かれた言葉に隣を見上げると、フィリップが眉間に皺を寄せてルイーズを見下ろしていた。
「……いいえ。お兄様が私を庇ってくださって嬉しかったです。ありがとうございました」
「当然のことをしたまでだ。妹を侮辱されて平気でいられるほど、俺は出来た人間ではないからな」
憮然とした口調の中に、フィリップの真っ直ぐな性格が滲み出ている気がする。王太子であるアンリと比べると自由な印象が強いフィリップだが、さっきオルセー侯爵を諌めた時の堂々たる態度は、まさに王子様そのものだった。
それにしても、ルイーズが王妃の実の子供と同じ扱いだというのは初耳だ。しかも、ガルニエ公爵家が後ろ盾につくという。なぜそこまでしてくれるのだろう?ソフィーがガルニエ家のレオンの婚約者だったからなのか、祖父が亡くなった原因がレオンを助けるためだったからなのか…。
「……あの、お兄様」
「なんだ?」
「先ほどのお話…本当なのでしょうか?」
「…お前が正妃の子として扱われるという話か?」
「はい。…あと、ガルニエ公爵家が後ろ盾になってくださるというのも…」
「あぁ、本当のことだ。正式な発表はこれからだったのだが……オルセー侯爵の物言いに腹が立って思わず言ってしまった。まぁ、言ってしまったものは仕方がない。父上には正直に頭を下げるさ」
「お兄様……。私のために、申し訳ありません」
フィリップはルイーズの名誉のために、まだ非公表の情報を漏らしてしまったのだ。それ自体は決して誉められたことではないが、そこまでしてルイーズを庇ってくれたことは本当に嬉しいと感じる。
「いや、俺が勝手にやったことだ。気にするな。……ルイーズは髪と瞳の色は父上譲りだが、顔立ちはソフィーにそっくりだな」
フィリップの口から、いきなり生母であるソフィーの名前が出てきたので驚いた。
「……お兄様は、ソフィーお母様のことをご存知なのですか?」
「あぁ。お前の母親、ソフィーがここに来たのは俺がちょうどお前と同じくらいの頃だった。母上の侍女という肩書きではあったが、実際には母上の話し相手とか俺達兄弟の遊び相手という感じだったな」
「……遊び相手、ですか?」
「そうだ。…ソフィーは魔法が得意でよく兄上と魔法練習場で手合わせをしたり、俺の勉強を見てくれたりしていた」
「そうだったんですね…」
「特に兄上はソフィーととても仲が良かったから、俺はてっきり2人が結婚すると思っていたんだ。だから突然ソフィーが伯爵家に戻ってしまって、亡くなったという報せを聞いた時には本当に驚いた。母上はもちろん、兄上の落ち込みようは尋常ではなかった。…まぁ、ソフィーが亡くなる前に子供を産んでいて、その子の父親が父上だと聞いた時には更に驚いたけどな」
「………」
フィリップの話は、父の話を聞いて想像していたのとだいぶ違う気がする。ルイーズを身籠もったということは、要するにその…国王のいわゆるお手つきになったってことだと思うんだけど、今聞いた話とはかなり隔たりがあるような…。
「ま、とにかくお前は俺達と同じ正妃の子供として扱うと父上が決めた。だから、お前はこの国の正式な王女だ。……そういえば、そのピアス。魔力を抑えるためにつけてるんだろう?」
「え…見ただけで分かるのですか?」
「俺も魔導士の端くれだからな。そのピアスから魔力を感じることくらいはできるさ。それがお前の体内魔力を吸収したものだってこともな」
「すごいです、お兄様!」
ルイーズは本物の魔導士が目の前にいるということに今更ながら気づき、ちょっと興奮してしまった。
「これから魔法訓練場に行こうと思ってる」
「本当ですか?」
「あぁ。俺と他の魔導士との手合わせを見学させてやろう」
「ありがとうございます!」
オルセー侯爵とのやりとりですっかり重くなった気分が一気に高揚するのを感じながら、ルイーズはフィリップと共に足取りも軽く魔法訓練場へと向かったのだった。
今回初登場のオルセー侯爵ですが、この話で初めての悪役ですかね?
なかなか自分では言わないセリフばかりなので、楽しんで書いています(^ ^)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




