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投稿遅くなりました。
今回はお父様のターン。
(あんなお母様、初めて見た……)
自室のソファに座って、ルイーズは少し前の庭での出来事を思い返していた。
ルイーズが木の上のパレを取った話を聞いた時のマリーの様子は、どう考えても普通じゃなかった。
酷く焦ったような表情の中に、僅かに怯えの色を感じたのは多分気のせいじゃない。彼女は一体何に怯えていたのだろう?
前にピエールが言っていたように、ルイーズもジャックも血筋からいえば魔法が使えてもおかしくない。そのことはもちろんマリーも分かっているはず。
(となると、あのパレを瞬間移動させた魔法が問題なのかな?………うーん、わかんないや)
魔法についての知識も情報も、今のルイーズには少なすぎる。しかも、屋敷に戻る前から感じていた体のだるさはどんどん酷くなってきて、何だか頭も朦朧としてきた。
子供部屋にソファがあるなんてさすが貴族だなぁ、なんてどうでもいいことを思いつつ、2人がけのソファにそのまま横になった。今のルイーズの身長だと、肘置きに頭を乗せるとちょうどいい感じに簡易ベッドになる。襲ってくる眠気に勝てず、ルイーズは重くなる瞼を閉じるとすぐに眠りに落ちた。
「─────様!……───嬢様!」
「………う……ん………」
「……起きてくださいませ、お嬢様!」
「………………アンヌ……?」
ユサユサと体を揺すられて、少しずつ意識がはっきりしてくる。目を開けると、ソファの前に膝をついて心配そうにこちらを覗き込むアンヌの顔が至近距離にあった。
「お嬢様……このようなところでうたた寝など……風邪をお召しになったらどうするのです?」
「……はい、ごめんなさい」
「旦那様がお呼びです。書斎に参りましょう」
もうピエールが帰って来る時間かと窓の外を見ると、辺りははすっかり暗くなっていた。思ったよりも長く眠ってしまったようだ。体を起こして立ち上がりそのままドアに向かおうとしたルイーズをアンヌが呼び止めた。
「お待ちください、お嬢様。書斎に行く前にお洋服を着替えましょう」
「え?……あ……そうね、わかったわ」
着ていたワンピーズはすっかりシワだらけになってしまっている。確かにこのまま父に会うのはまずい。アンヌがクローゼットから出したクリームイエローのワンピースに着替えると、ルイーズ達は2階の突き当りにある父の書斎へと向かった。
「旦那さま、アンヌでございます。お嬢様をお連れしました」
「あぁ、入ってくれ」
「失礼いたします」
中から短い返事が聞こえたことを確認して、アンヌがドアを開ける。背中に手を添えられてルイーズが書斎に入ると、アンヌがお辞儀をしてドアを閉めた。
「お父様、お呼びでしょうか」
「ルイーズ。……とりあえず座りなさい」
「はい」
ルイーズが応接セットの椅子に座ると、ピエールも向かいの椅子に腰を下ろした。心なしか疲れた表情をしている。
「ジャックにはもう話したのだが、来週からお前たちに新しい先生が来ることになった」
「新しい先生、ですか」
「そうだ」
「…それは、ベニエール先生の代わりに、ということですか?」
穏やかで博識、それでいてユーモアのセンスもあるベニエール先生がジャックもルイーズも大好きだ。そんな先生が辞めてしまうのかと衝撃を受けるルイーズにピエールが微笑んだ。
「そういうことではないよ。ベニエール先生にはこれまで通り来ていただくよ。…ただし、回数は減ることになるがね」
「そうなのですか?」
「あぁ。ベニエール先生の授業は来週から週1回だ。…ルイーズはもうすぐ8歳、ジャックは7歳になるだろう?そろそろ二人一緒だけではなく、それぞれに学ぶ時期かと思ってね」
「…はい」
「ジャックには剣術と乗馬の稽古のため、ルイーズにはマナーや裁縫、音楽などのレッスンのためにそれぞれ新しい先生が来ることになっている。お前の先生はデュマ前侯爵夫人が引き受けてくださった。デュマ夫人は貴婦人教育においてはとても有名でね、現王太子妃カトリーヌ様の教育をされた方なのだよ」
「え……」
(それほどのすごい方が、どうして私なんかの先生を引き受けてくれたんだろう?)
その疑問を父に直接ぶつけてみたいけれど、7歳の貴族令嬢がそんなことを疑問に思うのは不自然かもしれない。そう思ったら、聞けなくなってしまった。
「デュマ夫人のレッスンが週に2回、それから週1回のダンスのレッスンもこれまで通り続けるように」
「はい、わかりました」
要するに週4回は何かしらのレッスンがあるということだ。これはなかなかにハードだな。貴族令嬢も楽じゃない。
ピエールの話は終わったらしく、ルイーズの返事を聞いて満足そうにしている。てっきり昼間の出来事を叱られると思っていたルイーズは、なんだか肩透かしを食らったような気分になった。そんな娘の様子に気付いたのか、ピエールが軽く眉を上げた。
「……何か話したいことでもあるのかい?」
「え、と…はい、あの……」
「遠慮せずに言ってごらん、ルイーズ」
聞かれてもいないことを話して藪蛇になったりしたら困るなぁ、などと考えて一瞬ためらってしまったものの、父に柔らかい笑みを浮かべて促され、ルイーズは意を決して口を開いた。
「お父様……お母様から今日あったことをお聞きになっていますか?」
「……それは、おまえが木の上にあるジャックのパレを取ったという話かい?」
「はい、そうです」
やはりすでに話は聞いているらしい。それでもあえて何も言わなかったのは、何か理由があるのだろうか?
訝しく思った気持ちが顔に表れていたようだ。ピエールは娘を安心させるように笑みを浮かべてから口を開いた。
「私に怒られると思ったのかい?」
「………」
「ルイーズはジャックを助けたいと思ってやったのだろう?」
「…はい」
「自分のわがままのためであったり他人を害するためであったならまだしも、助けようとしてやったことを叱るはずがない。そうだろう?」
「……お父様………」
水色の瞳を細めて微笑む父の優しさに、ルイーズは涙が出そうになった。どうやら、母の反応に思ったよりもショックを受けていたようだ。
「ルイーズがジャックのためを思って魔法を使ったことについては怒ってはいない。…ただ、おまえが使った魔法は珍しいものでね。使えることが周りに知られると、少々厄介なことになる」
「……だからお母様はあんなに慌てていたのですか?」
「その通りだよ。……通常であれば、魔力が安定するまでは自己防衛機能…つまり自分を守るために無意識のうちに自分でブレーキをかけていて、簡単には魔法は使えないんだよ。いわば魔力に自動でロックがかかった状態とでもいうべきかな。…だが今回ルイーズが意識的にロックを外してしまったことにより、これからは今までよりも簡単に魔法が使えてしまう可能性がある」
「………」
(もしかして、私はとんでもなく面倒なことをやらかしてしまったんじゃ……?)
前世の記憶があるためか、経験則にのっとった判断は同じ年代の子供よりはできるという自負がある。でも、今のルイーズの脳はやはり年齢に見合った発達度合いのようで、考え方が短絡的だったり、思い付きで行動してみたり、すくに感情的になってみたり……とにかく、ままならないのだ。
自分のとった行動に激しく自己嫌悪しているルイーズに、ピエールは優しい口調で続けた。
「起きてしまったことは仕方がない。責めるつもりはないよ。…ただ、今のように魔力の制御ができない状態で無意識に魔法を使ってしまうことはとても危険だ。わかるかい?」
「…はい」
「だからそれを防ぐために、ルイーズには魔力を抑える魔道具を身につけてもらおうと思っている」
「魔力を抑える魔道具…?」
「そう。具体的には、アクセサリーを模したもの…ネックレスやブレスレットが一般的なんだが……」
ピエールは少し考えるように目線を逸らしてから「うん、そうだな」と呟いた。
「ルイーズはまだ幼いし、簡単に外せないものがいいからピアスにしようか」
「…耳に穴を開けるのですか?」
「いや…そうではない。魔力によって耳に止めるんだよ」
前世でも体に穴を開けることには抵抗があって、ピアスは使っていなかった。耳に穴を開けるのではないと聞いてルイーズは安心した。
「そうですか…」
「あぁ。…魔導士団に知り合いがいるから、早速明日にでも頼んでみよう。出来上がるまで何日かかかるだろうから、それまではなるべく外出はしないように。…いいね?」
「……はい」
今度こそ話が終わったのだろう、ピエールはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「そろそろ夕食の支度ができた頃だろう。一緒に行こうか、ルイーズ」
「はい、お父様!」
ニッコリ笑って差し出された大きな手をしっかりと握って、ルイーズは父と共に食堂へ向かったのだった。
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