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今回の前半は前世の記憶。
ようやく話の核心に触れる部分まで来ました。
その日、両親は親戚の結婚式のため泊まりで家を空けており留守だった。私が大学のサークルの飲み会から帰ってきたのは日付が変わる少し前。もう随分遅い時間だからとっくに寝ていると思っていた高校生の弟は、リビングでゲームをしていた。
「…ちょっと祐貴、あんたまだ起きてたの?」
「あ、ねーちゃんお帰りー」
「ねーちゃんお帰りー、じゃないでしょ。今何時だと思ってるのよ?」
「えー、いいじゃん。テスト終わったばっかなんだし、明日休みじゃん」
「確かにそうだけど…」
「ねーちゃんも見てみろよ!俺の努力のおかげで、ようやくセカンドステージに入ったところなんだから」
「……努力ってあんたねぇ…たかがゲームじゃない」
「なに言ってんだよ!プリロズはRPGとギャルゲーの両方が楽しめる珠玉の一品なんだぜ!」
「はぁ…。あ、でもセカンドステージってことは、冒険パートが終わったのね」
「そういうこと。あー、やっとカミーユ様とルイーズ様に会えるよ〜」
「ヒロインは?攻略対象じゃなかったっけ?」
「え〜…マリベルは攻略簡単すぎてつまんないって話だからなぁ。高嶺の花を頑張って落とすのが醍醐味っていうか…」
「そういうものなの?」
「うん、そういうもんだよ。……ほら、これからムービー始まるから見てみて。とにかくクオリティ高いから」
テレビの画面には、銀髪に緑色の瞳を持つ主人公が留学先である隣国の王立学園の門をくぐる場面が流れている。どうやらオープニングのムービー画面らしく、セカンドステージの登場人物が出てくるようになっているようだ。
出てきた女の子は3人。ハニーピンクの髪に空色の瞳の可愛い系の女の子。それから、黒髪に緑の瞳のちょっとキツめの美少女。最後に、金髪碧眼の品の良さそうな子。
「うひゃー、やっぱルイーズ様はお美しい!」
「ルイーズって最後の子?」
「そう!この国の王女様なんだよね。ファーストとセカンド通して、彼女がこのゲームの攻略最高難度」
「ふぅーん…」
「で、その次が──」
それからも弟のゲーム談義は止まることなく、結局寝たのは明け方近くになってからだった…。
◇◇◇◇◇
目が覚めるとすぐにルイーズはガバッと起き上がった。そして───思い出した。前世にも弟…祐貴という4つ下の弟がいたんだということを。
弟は祐貴。で、自分の名前は────
……ダメだ。出てこない。さっき見た記憶の中では大学生だったけれど、その後どうなったかもやっぱり思い出せない。自分のことを思い出そうとすると、ピタリと思考が停止してしまうのだ。
この世界に転生してきたってことは、きっと前世で自分はもう死んでいるのだろう。一体いつまで生きたのか、どうして死んでしまったのか、分からないことだらけだ。
何か自分自身に関する記憶にロックでもかかっているんだろうか?
(祐貴、今頃どうしてるのかなぁ……)
前世の家族のことは気になるが、このタイミングで弟のことを思い出したということは、この先に新たに思い出す可能性も充分にあるということだ。
今はこれ以上考えても仕方ないので、ルイーズはさっき見た夢の内容で思い出せるところをノートに書き出してみることにした。…もちろん誰かに見られた時の用心に日本語で。
前世の弟がハマっていたゲーム『Princess of Roses』通称『プリロズ』は、RPGと男性向けシミュレーションゲーム(いわゆるギャルゲー)が合体したゲームソフトで、テレビでもポータブルゲーム機でもプレイできる。いつも弟はゲーム機でやっていたが、あの日は両親がいないということで大っぴらにテレビ画面でプレイしていたようだ。
自分自身ではあまりゲームはやらなかったが、弟にゲームの話をされることが多く、何だかんだで結構詳しくなってしまった。実はこのゲーム、これよりも前に出て大人気となった乙女ゲームをベースに作られている。
『君にバラの花束を』通称『君バラ』は、なんちゃってヨーロッパ風の世界観を元に、平民出身のヒロインが貴族の養女となり、王立学園で名だたる名門貴族のイケメン達と恋愛を繰り広げるという、典型的な乙女ゲームである。自分で『君バラ』をプレイしたことはないので、このゲームについて知っているのはヒロインの名前ぐらいで、攻略キャラの名前さえ分からない。
『君バラ』のストーリー自体は何ということもないのだが、その中に出てくるライバル役の悪役令嬢と王女が可愛いと一部の熱烈な男性ファンを生み、調子に乗ったゲーム製作会社が今度は主人公と攻略対象を入れ替えてギャルゲーを作ってしまった。それがこの『プリロズ』だ。
『プリロズ』の主人公は、『君バラ』の隠しルートの攻略キャラである皇子。ルイーズの記憶によると、15歳になって父親である皇帝の後継者の資格を得るために1年間冒険の旅に出る話がファーストステージ。無事に資格を得て帰ってきた後、隣国の王立学園に1年間留学する話がセカンドステージだったように思う。
……で、問題はこれから。夢に出てきたセカンドステージのムービー画面を見て弟が叫んでいた王女様の名前が「ルイーズ」、その前の弟の発言に「カミーユ」という名前も出てきている。とはいえ、この世界のルイーズは王女様なんかじゃないし、どちらも女子の名前としては珍しくないものだ。
……でも、もしここが本当に前世のゲームの世界なんだとしたら?これから生きていく中で、ゲームの強制力に否応なく従わざるを得なくなる場面があるとしたら?
ただでさえ"獣人の子孫"だなんてファンタジー要素満載の事実を聞いたばかりなのだ。異世界転生の可能性はかなり高いと思う。
だとしたら、ゲームの流れ自体を変えるなんて大それたことはできないとしても、少なくともヒロインに振り回されて後悔せずに済むように、自分の出来る範囲だけでも何とかしたい。…というより、できるならむしろ関わりたくない。でも、あんな中途半端な記憶で一体どうすれば……?
悩んだルイーズは、今の時点で分かりそうなところから手をつけることにした。
まず『君バラ』のヒロインの名前は、マリベル。家名はわからないけど、多分下級貴族だったと思う。貴族名鑑で調べてみようか?…いや、まだこの歳だと養女になっていないかも。じゃあ、とりあえずこっちは保留。
あとは『プリロズ』の主人公。皇国といえば隣のファールシュタッド皇国がパッと浮かぶけれど、主人公のデフォルト名ってなんだっけ?弟のゲーム内では当然のごとく『ユウキ』だったからなぁ。
ルイーズは屋敷内の書庫で、ファールシュタッド皇国に関する本を調べることにした。こういう時に、語学を学んでおいて良かったと思う。ファールシュタッド語で書かれた皇室の家系図のページを探す。最新の情報かどうかは分からないけど、少し古くてもうまくいけば───
「……クラウド・フォン・ファールシュタッド皇子。本当にいたわ」
───家系図の一番下、現皇帝の子供たちの中に自分より1つ年下の皇子を見つけた。
4つ下に第2皇子がいるが、後継者というのだから多分クラウド皇子の方で間違いないだろう。
(この人が『プリロズ』の主人公…?あと数年後にグランシェールに留学してくる人物なの……?)
思いのほかあっけなく見つかって、なんだか拍子抜けしてしまう。でも、仮にこの皇子が本当に学園に留学してくるとしても、今のルイーズに出来ることは何もない。どうしたものか。
書庫の椅子に座って途方に暮れていると、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。ルイーズは慌てて日本語のノートを隠した。
「…姉上。そろそろ昼食の時間だって、母上が」
「もうそんな時間……」
壁の時計を見ると正午少し前。朝食後から記憶を書き起こして調べ物をしていたけれど、思ったより時間がかかってしまったようだ。開いたままの本を見たジャックが、不思議そうな顔をした。
「…これ、ファールシュタッド皇室の家系図?言葉も得意だし、姉上そんなに皇国が好きなの?」
「いいえ、特にそういうわけではないけど…ちょっと興味があって」
ファールシュタッド語が得意なのは、たまたま前世で大学の第2外国語がドイツ語だったから馴染みがあって覚えやすかっただけだ。ちなみに、前世では子供の頃父親の仕事の都合で中国にいたことがあるので、中国語も少し話せた。英語も得意だったし…要するに語学オタクだったわけだ。
「ふぅん、そうなんだ。僕はファールシュタッド語はあんまり好きじゃないなぁ」
ルイーズの発言に興味がなさそうに返事をしたジャックが、封筒を差し出してきた。
「はい、これ。姉上に手紙が来てるよ。アラン様とカミーユ様から」
「え、もう!?」
昨日の今日で早すぎる…。この世界には郵便局があるわけではないから、手紙や荷物は送る度に使いを走らせることになる。確かに王都内だから届けるのにそんなにかからないだろうけど…。さすがは公爵家ということだろうか。
「ありがとう、ジャック。…ジャックにもカミーユ様からお手紙届いてるの?」
「え!?……まぁ…うん」
モゴモゴと返事をするジャックの顔がほのかに赤い。これはやはり思ったとおり……。
つい口許が緩みそうになるのを必死に堪える。幸いジャックは気づいていないようだ。
「ジョアン様からは来ていないの?」
「あぁ、うん。ジョアン様は文を書くのが苦手だから、もう少し練習してから書くって」
「そうなのね」
これはまた男の子らしい理由で微笑ましい。渡された封筒を見ると、カミーユからのものは習いたてだけれど丁寧に書いたことがわかる女の子らしい文字、アランからのものは2歳年上の男子が書いたとは思えないほど整った文字が書かれていた。
(アラン様、安定のスペックだわ……)
ルイーズは開いていた本を閉じ、椅子から立ち上がった。
「どうもありがとう、ジャック。本を片付けてから行くから、先に食堂に行っててくれる?」
「うん、わかった」
確かに疑わしい点はいくつもある。でも、そのどれもが今の時点では未確定要素だ。来るかどうか分からない未来に疑心暗鬼になるよりも、今は自分の毎日の生活をきちんと送ることを考えたほうがいい。
ジャックが書庫から出て行ったのを確認すると、ルイーズは本を棚に戻して、ノートと手紙を置きに部屋へ戻ったのだった。
お読み下さりありがとうございました。
評価、ブクマもありがとうございます!
とても励みになります。
2020年1月6日追記:
ファールシュタッド皇国の皇子の名前をクロードとしていましたが、クロードはフランス語読みなのでクラウドに変更することにしました。よろしくお願いいたします。




