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新たな旅路の祝福を  作者: 稀一
一章
50/54

04

「わあすごい! こんなに広い畑が隠れていたなんて!」

「別に隠れてないけど」

「トフィー!」


 少しと言わずしばらく歩くと、ようやっとアンドレアさん家の畑が見えた。驚いて立ち止った私に眉をよせて首を傾げたトフィーと、それを窘めるアンナに苦笑しながら辺りを見渡す。アンドレアさんのところのものだけではないようで、見渡す限り畑だった。柵に覆われているものもあれば、掘り下げてあるもの、逆に盛り上がっているものなど様々だ。

 邸から見下ろした時は全く気付かなかったのに。そう思いながら振り向いて見れば、なるほど、ここからは街どころか邸も見えなかった。角度の問題だったようだ。丘があるのはわかるけど、邸は見えない。


「ああ来たんだね。こっちだよこっち」


 朗らかな声に振り向けば畑の中からアンドレアさんが手を振っていた。手を振り返すのもどうかと思って会釈をすると、トフィーが無言で歩きを再開するのを見て、アンナが私の手を取る。躊躇いがちに握られた手を辿れば、俯いた口が何かを言いたげにもにょもにょと動いていた。


「私たちも行きましょう?」


 手を握り返し笑えば、アンナは弾かれたように顔を上げ一拍、照れくさそうに頬を染め笑うと頷く。トフィーに捕まったままのアストラがこちらを見ていたが、私たちが歩き出すのを見てだらりと脱力した。


「トフィー、アストラを離してあげて。その子人に持たれるのには慣れていないの」

「乗るのは慣れてるのに? 猫にしては軽いし、おもちゃかなにかみたいだ」


 振り向かないまま首を傾げたトフィーの言葉にちょっと複雑な気持ちになった。猫ではあるのだけど、猫ではないというか、おもちゃのような軽さだけど、生きているというか。あれ? アストラは結局生きているのだったか。前によくわからないことを言っていたような気がする。

 返答に困っているとトフィーが振り向き、手に持っていたアストラをぽいと投げた。アンナの「あっ」と驚く声を聞きながら慌てて走り寄りキャッチすれば、アストラは目をひんむいて口を戦慄かせていた。苦笑して頭の上に乗せると、深呼吸でもしているのか膨らむような圧迫感。


「なんて粗暴な子供だ。動物は投げるものじゃない」


 長く息を吐き出すとそう文句をいうもので、なんだか少しおかしくなってしまう。アストラが子供に振り回されるだなんて、まるで本当のペットかなにかみたいだ。


「だ、大丈夫? その子、アストラちゃん? トフィーがごめんね」


 駆け寄ってきたアンナはそう言うとアストラに手を伸ばし、ゆっくり撫でているようだった。アストラが軽いものだから、その手の重みが直に伝わるようでなんだか不思議な感覚だ。

 アストラは多分大丈夫よと答えながら、とっくに畑に入っていたトフィーがアンドレアさんに話しかけるのを見つつ畑を囲む花を跨ぐ。赤い綺麗な花だ。薄い花弁がフリルのようにふわりとひろがっている。


「その花はカトランダっていって、動物避けになるって言われてんのさ。本当に効くかはわからないんだけど、うちはずっとその花を畑の周りで育ててるよ。見た目がかわいいだろ?」


 両手で緑の葉っぱが入った籠を抱えたアンドレアさんがそう笑い、へえ、と零しながら振り向く。小学校で流行ってた玩具のお守りみたいなものだろうか。実際に効くのかどうかはわからないけど持っていても損はないし見た目も可愛いからもっておく、みたいな。気休めとは違うのかもしれないけど、確かにかわいい。


「領主様の娘さんに畑を手伝わせるなんて申し訳がないんだけど、ほんとうにいいのかい?」

「えっ、あ、ええ、大丈夫です。何事も経験ですし、私が偉いわけでもありませんし」


 小娘はどんどん使ってくださって構わないが、いつのまにか畑を手伝うことが決定していることに驚かずにいられない。トフィーか。さっき先に話していたから恐らくそうだろう。


「あの子供なかなか手ごわそうだぞ」


 別に倒すわけではないから手ごわくても構わないんだけど、なかなか仲良くなれそうな見通しが。もしかしてトフィーは私と友達にはなりたくない?

 アストラの発言に思わず考え始めたところで、アンドレアさんが「うーん」と唸る。なにかと見上げれば、畑を見回して口をへの字に曲げていた。トフィーはアンドレアさんのように籠を持って葉っぱを収穫している。


「さて、今日はモッスの収穫だけだからそんなに手伝って貰うこともないんだけど、どうしようかねえ。リッコラのあたりの雑草でも抜いてもらおうか」


 すみずみまで見てやっと見つけました、という間をおいて仕事を貰えた。ありがたい。服までお借りしてなにもせず戻るのはちょっとどうかと思うので。


「アンナ、よろしく頼んだよ」

「うん。あの、こっち」


 畑の三分の一を占めている畝のところまでアンナに手を引かれついて行けば、どこかで見たことのある葉っぱがずろりと這っていた。これは……、そう、


「芋だ」


 まごうことなく、芋の葉っぱだ。


「イモ?」


 首を傾げたアンナに何でもないと首を振りつつ、どれを抜けばいいのか隣にしゃがんで教えてもらった。ぷちぷち抜いていくのは少し面白かった。






 それから少しずつ三人でボードゲームをしたり、たまに畑を手伝い、たまに街のお店をアンナと歩き周りと遊ぶことが増え、アンナのどもりも消えた。あれは緊張故のものだったらしく、今では引っ込み思案な印象も消え明るく笑顔の可愛い女の子だ。

 日々が充実してきているのを感じるのは気のせいではないだろう。日記のページはどんどん進むし、そのおかげで文字も大分綺麗に書けるようになってきた。それとシオル様との手紙のやりとりも順調で、魔術も剣術もどちらの先生にも満足げな顔をさせてあげることができるようになってきたそんな今日この頃。


「先生、これは?」


 私の手の上には不揃いではあるけれど、小指の先ほどの小さな、ころころとした色とりどりの石が置かれていた。


「これが、以前お話していたエレです」


 これが、魔力の省エネ対策の宝石。手の中のそれは、やわらかく中に光をため込んだ水のようにゆらゆらと光っていた。


 前庭で、杖を持って目のまえに立つ先生を見上げる。先生はなんだか悩ましげな顔をしながら私の手の中を見つめていた。眉間のしわが深い。思わず落ち着かない心地になっていると、先生が眉間を押さえ深い溜息をつきながら視線を外した。


「あの、先生?」

「ああいえ、すみません。どのエレも反応しているなと、改めて確認すると少しめまいが」


 いいながら先生が私の手から赤いエレを取り上げる。手から離れた瞬間光が消え、ただの赤い宝石になったそれに目を瞬かせ、次いで反応ってさっきの光のことだったのかと内心納得。アストラを見下ろせば、呆れたように目を逸らされた。はい、前に説明してもらったのにすっかり忘れていました。

 今まで見てきたものでなんとなくわかってきたが、先生とアストラの説明を合わせた結果私が認識している事実はこうだ。普通の人は一つしか魔力色を持っていない。けど私は七色ある。簡単にまとめ過ぎた気はするけどそうとしか言いようもないので、そういうことらしい。


「それをお嬢様の杖ないし道具に使っていきましょう。いくつも持つわけにもいかないので全部埋め込みたいところですが、そうなるとやはり杖でしょうか。しかし異色のエレを同じ杖に埋め込んだという話は聞いたことがないので、まずは粗悪品のエレで試してから……」


 私に話しかけていたはずが段々一人ごとになりぶつぶつと口の中で呪文のような言葉を唱え始めた先生を見つつ、頭の中では杖を持った私が踊り狂っている。なんせ杖だ。まさに魔法使いのアイテムじゃないか。びっくりするほどテンションあがる。


「一先ず形状などはお嬢様の希望があれば、まとめておいてください。それから一緒に考えて職人に渡しましょう」

「はい!」


 なんだかよくわからないが、いろいろと難しいことがあるようだ。杖といっても職人がいるんですね。当然か。


「今お渡ししたエレは上質な物を用意したので、本番用に取って置きましょう。お嬢様の方で保管しておいてください」

「はい金庫に、しっかりと!」


 最近先生のお出かけが多かったのはそういう理由だろうか。アンナたちと遊ぶ時間がたくさんとれていたことだけを純粋に喜んでいたけど、その間先生が一つ一つ用意してくれたのかと思うとじわじわ嬉しくて仕方がなくなってくる。先生も笑うと袋を取り出し、その中にエレをしまうと私に握らせた。


「今日から持続式の魔術を覚えていきましょうか」


 では、最近父様もあまり家にいない理由は?






 さらにあれから数日。授業の時間も、遊んでいるときも、寝る前までずーっと、杖の形を考えていた。

 けれど考えれば考えるほど杖という形に違和感を覚えてしまうのだ。常に杖を持ち歩くというのは、あまりにも不便じゃないだろうか。持つだけで片手が埋まってしまうし、大きさによっては邪魔にもなりそうだ。先生はよくあの杖を持ち歩いていられる。

 小さい杖にすればいいのかといえば、エレを七つも埋めるとなれば出来るサイズにも限度があるだろう。なにより私は剣術も習っているわけで、将来的には剣を腰に下げることになるかもしれない。二つも長物を持ち歩くのはあんまりにもあんまりだ。かといって杖以外に、となるとペンダント? でもそうすると首が重くなりそう。本物の宝石だし、土台は木。それに石が露出しているのは状態が悪くなるみたいな言い方をしていた。それこそ魔法少女ものの玩具じゃあるまいし、首から下げていては確実に首や肩が凝る。魔法の杖なのだから、アニメの魔法少女みたいに杖を出したりしまったりとか、変化させたりとかできればいいのに。


 シオル様はどうしているんだろう。そもそも剣術の訓練はしていたようだけど、魔術はどうなのか。一度も手紙でも触れていたことがないように思う。


「うーん」


 部屋にいないアストラはおせんべいを食べにあちらに行ってしまった。暢気なものだ。実際アストラってなにを考えて生きているんだろう。私も久し振りにおせんべいが食べたい。


 深く息を吐きながら突っ伏していた机から体を起こす。開けたまま放置していた手紙の返事を書かなければ。いや書かなければというほど急ぎなわけではないの、だけ、ど……。


「――」


 目に入った封筒を手に取る。便箋ではない。封筒だ。ぱかりと少し間抜けに開けられたそれを閉じると、恐らくユーオリアの家紋なのだろう紋様が完成する。机に置かれたシルラグルのそれを手に取り、メモ用紙にぽんと捺してみた。

 先生が言うに、私に一番合っているのは基本陣と呪文の複合だ。口にすることで魔術のイメージが固まるのだろうと言われた。


 口元が緩む。


「決めた」






「判子、ですか?」

「はい、判子です!」


 ぽかんと口を開けた先生を前に、にっこにっこと満面の笑みで頷いた。アストラが蝶々を追っている。


「判子に魔法陣を刻み、そこに魔力を流し、魔法陣を捺していくんです。実際に出来るかどうかは試してみないとわかりませんが、宙に描くのの応用になるかと思います。どうですか、先生!」


 先生は開けていた口を閉じると手を当て、視線を外して考えだした。そわそわと返答を待っていると、目が合う。


「エレはどうするのですか?」

「へ?」


 まっすぐ、先生は私を見つめたまま首を傾げた。


「例えば判子であるとして、判子を七つ作り持ち歩きますか? どのように? 判子の中にエレを埋め込むのであればそれだけで大きさはそれなりになってしまうと思いますが」

「ええっと」


 顎に手を当て僅かに俯く。視線が外れたことにほっとする間もなくその口がまた開いた。


「仮に七つ作り判子を持ち歩くのだとして、形状はどうなるのでしょうか? 杖を七つ持ち歩くのは余りにも不便ですし、そうなるとペンダントですか? となると刻むのはエレに直接でしょうか? エレは硬度は高くありません。刻むのは確かに簡単かもしれませんが、魔法陣を刻むのはお嬢様であるべきです。となると職人ではありませんから、エレが割れてしまう可能性を考慮するとそれなりの練習を重ねなければ」

「あの」


「仮に埋め込むとして木に彫るのだとしても同様です。それも判子ですから、鏡文字になるのですよ? きちんと彫れますか?」

「ひえ」


「いっそエレを砕いてしまいましょうか。大きさは重要ではありませんから、今回揃えた質のものがもう一度手に入る保障もありませんし、割って数を増やし壊れた時の予備にしておくのも悪くありませんね。ですが判子となると手に持ち捺す必要がありますから、手に持てる形状のものということになります。それに緊急時に魔術を使わなければならなくなった時咄嗟に欲しい属性の判子を選びとれるのか、という問題も出てきますし」

「っ先生!」


 ぱん、と手を叩き、口が止まらなくなった先生の意識をこちらに向けた。きょとんと目を丸くした後「はい」と短く返事をした先生に溜息をつき、首の力を抜く。


「先生、指輪はどうでしょうか」


 ぱちりと瞬きをした。その目が私の手に向かい、声を出さぬまま口が「ゆびわ」と力なく動く。それに頷き、例えばと手を掲げる。


「指は全部で十本あります。親指を抜いたとしても八本。つまり七個の指輪それぞれにエレを埋め込み、魔法陣を刻み、はめるのです。指が厳めしい感じにはなりますが、実用性の点では問題ないと思います。指それぞれどこにどの属性をつけるのかを覚えてしまえば例え有事の際でもぽんとひと押し。とは言えこれは最初に言ったようにまず判子指輪に刻んだ魔力がおきたいところにおけるかどうかが問題になります。なので刻むのも、そして刻んだ魔法陣で魔力を置くのも、試してみなければわかりません。なにより先生が言ったように埋め込むとそれなりの大きさになってしまいますから、確かに職人さんに砕いてもらった方がいいかもしれません。まずは質がそこそこのものを使って試してみませんか? 幸い、私のお小遣いもまだまだありますから」


 どうでしょう? と首を傾げると、先生は丸くしていた目を一度瞬かせ、「そうですね」と頷いた。その直後眉間に皺が寄る。え、と驚いていると視線を外し、顎に手を当て、目を細めて唸りだす。低い悩ましげなそれにアストラと顔を見合わせていれば、遠慮がちな小さな声が「お嬢様」と呼んだ。


「ずっと気になっていたことがありまして」


 目を向けても合わない視線。どころか逃げるようにあちこちに向けられるその目に不思議に思いながら返事をすれば、先生は唇を舐めやっと、緊張した面持ちで私を見た。

読んで頂きありがとうございます。

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