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いい加減無属性でアストラと遊ぶのも飽きてきて、他のこともやりたくなってきた。魔法陣とか、精霊魔術とか、興味はまだまだある。
考え込んでいた先生はメモに何かを書き始めて、それをアストラとともに見守る。急に静かになったことに気がついたのか先生は私たちを見て目を丸くし、すぐに罰の悪そうな顔をするとすみませんと謝ってメモをしまった。メモ、続けててもよかったのに。終わるまでは待てたと思う。
「お待たせしました。先ほど呪文魔術の基礎は行いましたが、何か気付いたことはありますか?」
どうぞ、と促され、気付いたこと? と首を傾げた。何かあっただろうか。
「そう言えば、先生。リリシアが魔術師と魔法使いは違うと言っていました。魔術と魔法は違うのでしょうか。それに、生活魔術が使えるだけじゃ魔術師とは言わないとも」
質問の意図とはずれてしまったがずっと気になっていたことを聞く。予想外の質問だったのか先生は目を丸くすると、少し考えるように顎を撫でた。
「そうですね、魔法と魔術は違います。魔術は今私たちが行っているものですね。呪文や、魔法陣、精霊などに助けてもらい行うものです。決まりがあり、なにもかもができるわけではない。しかし魔法とは呪文や魔法陣などを使うこともあるそうですが、魔術とは次元が異なります。本当に、なにもかもができるのです。もちろん実行する者の魔力量に依存するものではあります。その点では人が使うもので現存している魔術では、無属性魔術が最も魔法に近いといわれ、それでもなお、魔法を再現できる者はいないといわれています」
「魔術はなんでもできるわけじゃなくて、魔法はなんでもできるんですか」
いまいちよくわからないまま繰り返せば、「そうです」と満足げに頷かれてしまった。私からすると魔術だって相当なんでも出来そうだし、違いが分からない。先生、私理解できてません。
困った、と心の中で頻りに首を傾げつつ、先生の説明の続きを聞く。
「魔術師についてでしたか。あまり正確な括りはないんです。魔術師だと自称すれば魔術師ですし、十分魔術師と呼べるだろうに魔術師ではないといえば魔術師ではない。私の様に学園都市などで魔術を専攻した者は当然魔術師ですが、そうでない者は特に区別が付きにくい。実際に魔術を行ってもらうしか判断基準がありませんから。しかし生活魔術しか使えない状態で魔術師と名乗れば、周囲からは詐欺師のように扱われるでしょうね。なので、生活魔術以外の魔術が使えないものが魔術師を名乗ることは早々ありません。自ら炎の中に飛び込む人はいませんから。そもそも生活魔術とは基本的に全人類が共通して使うことのできる魔術であり、それが使えることは自慢にもなりません。認識として、あたりまえのようなものですから。ですので生活魔術も使えないというのはよほど魔術適性がないといえます。もちろん、それが劣っているというわけではありません。基本的に人は才能を持っており、一つの適性が極端に低い場合、他の一つの適性が一際高いか、他のすべての適性が平均より上、ということになりますから、すべてにおいて劣っている人はいないのです」
ぽかん、と思わず口を開いてしまった。この世界がそう出来ているのか、それとも前の世界でもそうだったのか。運動も勉強も、美術も工作も、何もかもできない人って言うのはいた。周囲に馬鹿にされて。でもこの世界ではそれがないという。それとも前の世界でも、あの子にはとりわけ誰にも負けないような才能があったんだろうか。あの子の未来を知らない私にはわからないけど、もしかしたらあったのかもしれない。私にも、何かあったのかな。
ふと思い返しそうになって、アストラにポンと足を叩かれて我に返った。内心首を振る。今は今を生きているんだから、過去の自分に出来たかもしれないことを夢想するなんてなんの意味もない。それよりも今の私に出来ることを考えた方がよっぽど有意義だ。
そう言えば、前にも学園都市という名前をきいたことがあるような。学校の名前なのか、それとも学区のような意味だろうか。授業が終わったら先生に聞いてみよう。
「それ以外には?」
聞かれ、なんの話をしていたんだったか、と思い返す。あ、そうだ呪文魔術で気づいたことだ。
「湧水の呪文ですが、あれは水を出す魔力と水を宙に保つ魔力は別物なんでしょうか?」
先ほど抱いた疑問を口にすれば、先生はきょとんと目を丸くした。それに思わず瞬きを繰り返せば、先生が顎を擦る。また小さな声で何かを言っているが、やはり考えている時の癖なのだろう。
「考えたことがありませんでした」
言われ、今度はこちらがきょとんとしてしまった。思わずアストラを見れば、アストラも私を見上げる。
「そうですね。火は火を燃やし続けていますから、魔力を消費するのはわかります。ですが水は出したら終わり、ですよね。水を存在させ続ける魔力などはいらないはずですから。宙に浮いていることをまず疑問に思うべきでした」
うんうんと一人頷きながらメモを続ける先生にこれはまた時間がかかるだろうかと思っていれば、先生が湧水の呪文を唱えた。思わず宙を見るが、そこに水は浮いていない。あれ、と首を傾げれば、先生は楽しそうに「なるほど」と一人頷いている。見て見れば地面には滲みが出来ていた。つまり、宙に浮かさず水だけを出した、ということだろうか。
「わかりました。湧水の呪文は恐らく全員がそうだ、と思っている固定観念で、宙に出ていたのです。つまりこの宙に浮くこと自体は湧水の呪文にはまったく関係がないということですね。ここに関わってくるのは無属性魔術かもしれません。物を浮かせるものがあるというのは教本で見ましたよね?」
「あ、えっと、はい」
わくわくしている、と言わんばかりの顔で突然話しだした先生に困惑しつつ頷く。確かにあった。
「あ! なるほど、そういうことですか!」
みんなそういうものだ、と思いながら発動させているから、無意識に無属性魔術も同時発動してそうなっていたのだ。呪文魔術はイメージが大事、みたいなことを言っていたから、みんな本当に無意識に、周囲が使うまま認識を植えつけられていたのだろう。湧水は宙に出るもの、と。
「ええ、そういうことです!」
やけに嬉しそうな先生に理解は出来ないものの、なんとなく私も嬉しくなりながら頷く先生を見た。先生は楽しそうにメモを書き、はっとしたように私を見た。
「ええと、他に質問は?」
完全に忘れていたようだ。思い出してくれてよかったけど、メモは大丈夫ですか?
「あとは今ので思い出したんですが、魔力色が無属性なのと、無属性魔術は関わりがないんですか?」
「ああ、それはあくまでも魔力色がないのを無属性、と呼んでいるだけで、無属性魔術に特化しているというわけではないんです。一部で蔑称として無色や色なしと呼ばれているのはそのせいですね」
蔑称、があるのか、と思わず目を丸くすると、先生も失言に気付いたのか口を押さえ、目を逸らした。もう言ってしまった後に口を押さえても仕方がないと思います。
「ともかくそういうわけで、魔力色の無属性と無属性魔術は特に関わりはありません」
誤魔化すようにそう締めくくった先生に「そうですか」と頷き、あと他に何か聞きたいことはあっただろうかと視線を逸らす。
「あと、そうだ。無属性魔術は魔力に物を言わせて魔術を行使するんですよね? どうして属性魔術だとそれができないんですか? あと魔力色についてですけど、どうして先生は白と黒を飛ばしたんですか?」
無属性繋がりでついでに質問して、その後すっかり忘れそうになっていたことも追加した。聞いてから前に質問は一つずつと言われたことを思い出したけど後の祭りだ。先生は一つ一つ頷くと、口元を擦った。
「まず、無属性魔術は確かに魔力に物をいわせて魔術を行使します。ただその際使われる魔力は通常の属性魔術を使うものとは違う魔力を使っている、とされています。ですので無属性の時、魔力の色が見えないんです。未だ詳しく解明されていないのでお答えできないのが残念なのですが、そういうところも魔法に近い、と言われる理由ですね。そして属性魔術はそうではない」
確かに魔石を引っ張った時、魔力を外に出した気がしたのに色は見えなかった。なるほどと頷くと、先生も満足げに頷き「次ですが」と視線を外す。
「まず魔力色の説明を詳しくしてしまいましょうか。エーデリア様とロキシーはどちらも青ですよね?」
「はい」
頷く。ファデル様に治癒魔術を使っているときに見たエーデリア様の魔力色は確かに青だったし、ロキシーさんが治癒魔術を使ったときも青だった。
「でも、青は青でも色が違いました」
「その通りです。魔力色が露わす特化はなにも一つではありません。たとえばエーデリア様は少し緑が入っていましたよね。あれは風にも適性がある、ということを露わしています。それと少し暗かったので、闇にも少し適性があるのでしょう。ロキシーは完全に水と闇です。氷の魔術は水だけでは使えませんから、その妖精であるロキシーの魔力色もまたそうなっているんです」
あくまでも特化のメイン色があって、それ以外にもそれほどでもないけど他よりは得意、というサブ色があるのか。それが混ざって魔力色を作る。そういえばロキシーさんは雪の妖精じゃなくて氷の妖精なんですね。
「そして闇と光を主色に持っている人はほとんどいません。特に闇はそうですね。あくまでもこれは副色として混ざっているものなのです。闇は真っ黒の魔力をしていると言われています。黒のなかにどのような色を混ぜても変化はおこりません。だから万が一闇特化のものがいたとしたら、その人は自分が他になにに向いているのかわからないのです。使って見ればわかる、というほど簡単なものでもない。本来魔力色から適性を知り、研磨していくことで特化が現れていくものですから」
「どうしていないんでしょうか」
思わずぽろりと聞けば、先生は目を丸くした。すぐに難しい顔をして首を捻り、唸る。
「それも、解明されていませんね。そもそも世界の魔力色人口などが調べられているわけでもありませんから。もしかしたら実際にはいるのに、闇特化は恐れられるからと口を閉ざしている可能性だってあります」
口元を擦りながらそう言った先生に、「恐れられるんですか」と首を傾げれば頷いた。先生は自分の髪を摘まみ、苦笑する。
「黒は忌み嫌われる色なんです」
――先生は、真っ黒だ。
髪も、目も、その着ているローブすらも。
「私は、黒、好きですよ」
思わず言葉が口をついて出た。先生は目を見張ると一拍、形容し難い表情を浮かべ目を逸らす。
「それは、外では言わない方がいいですよ」
どうして、とは聞かなかった。それくらいはわかる。だけど先生が忌み嫌われているといいながらも、ローブまでその色を選んでいるわけを聞きたいとは思ってしまった。
私は元日本人だ。黒は見慣れている。純粋な黒なんて少ないけど、それでも黒髪も黒目も安心する色だった。自分さえも金の髪に青の目になってしまって、それが少し落ち着かないのだ。
なんとなく、わかっている。多分先生が黒髪黒目でなければ、私は短期間でここまで懐かなかっただろう。失礼な話だ。
じっと待つ先生を見つめながら暫く。先生はもにゃもにゃと表情を変えていたけど一度深く息を吐き、「他に質問は?」と笑った。呪文魔術に関しては言霊だと認識したから他には特に何もなくて、「ありません」と答えた。先生は少し驚いた様子で私を見ると、一つ頷く。
先生は、切り替えが上手だなとたまに思う。
「では説明しましょう。呪文には一定の形があります。まず施行する魔術の属性。火なら火ですね、そしてそれで何を行うか。これを、火よ灯れ、と命令の形で繋げるものが呪文魔術になります。以前説明した決まった形というのはこれのことです。言葉自体が意味を持ち、それを魔力で実現する。もちろんできないことは多々ありますが、それはおいおい勉強していきましょう。この呪文ですが、生活魔術のように単純で短いものもあれば、属性魔術には複雑で長いものも存在します。言葉で魔術を表すわけですから、詳しければ詳しいほどその魔術は固定されていき強力なものになります」
例えば、と言いながら先生は数歩私から離れて、落ちている石を拾い見えるよう地面に置いた。
「雷よ、一矢となり此を撃て」
先生が杖を構えてそう唱えれば、バチッと音がして黄色の光が石を粉砕した。速くてよく見えなかったけど、あの光が雷なんだろう。もう一度、今度は撃てのみを言うと、空から本当に雷のように光が走り石を粉砕する。
なるほど、言いたいことは分かった気がする。でも言葉で表すって意外と難しそうだ。どこまで詳しく言うかでも変わってしまうんだろう。イメージが大事というから、そこまで言葉に左右されるとは思わなかった。
「他にも魔法陣と呪文を合わせた複合魔術などもありますが……」
考えるように視線を逸らすとそう言って隣に戻ってきた。教本のページをめくるよう言われ、めくっていく。目的のページになったのか止められ、覗きこんだ。
「私が得意とするのはその複合魔術なんです。私個人の意見ですが、魔術の行使そのものになれてくると、魔法陣と呪文を組み合わせるものがもっとも楽になります。どちらも使いなれていれば場合によって使い分けることもできますし、例えば持ち歩く魔法陣も基本陣、後程お教えしますが、属性だけを書いたものを使い細かいことは言葉に意味を込めるだけ、という風にも使えます。とりあえず魔法陣に触れて、その後、どれを使っていくか決めましょう。妖精はすでにいますし、精霊魔術に関しては必要ないかと」
では簡単に説明しますね、と教本に書かれた魔法陣を指差す。
「これが魔法陣になります。属性、魔術の種類、形状など、使う魔術の詳しい設定を文字で書くものです。それを円なり、四角なりで覆うものになります」
「魔法陣を描いただけで魔術が使えるんですか?」
教本に描かれた不思議な絵に首を傾げれば、「簡単に言えばそうですね」と頷かれた。なんと、そんな簡単にできちゃっていいのか。
思わずアストラを見れば、なぜか呆れたように肩を竦められた。もしかして馬鹿にされてるんだろうか。
「正確には、魔法陣を描く知識と、魔法陣を作動させるための魔力、そして魔法陣に魔力を伝える方法を学ばなければなりません」
呪文魔術よりややこしくて大変そうだ。全然描ければ使えるなんてことないじゃないですか。
先生はここに属性を描いて、と説明しているが、正直覚えられる自信がない。暗記は苦手なんだって本当に。真面目に教本を見てはいるけど、これ貰っちゃダメかな。
「難しい顔をしているようですが、簡単ですよ。魔法陣は基本的に想像力で魔力が行使できます。こういう魔術になってほしいと思えば、ある程度指定すればどこに向かうかも自分で決めることができるんです。もちろん、転移などになると向かわせる場所を書く必要はありますが、その先が見えていれば、あそこに立たせる、などは目で決めることができます」
と何故か苦笑しながら言う先生に首を傾げつつ、納得。それであの、えー、魔術師長補佐さんは先生をあの部屋に転移することができたわけですね。名前なんだったっけ。あれ、ということは結局魔法陣もイメージが大事、ということなんじゃないだろうか。
「試しに描くだけ描いてみましょうか。魔法陣が無事作動したら休憩にしましょう」
言いながら先生はローブから紙とインク、ペンを取り出して渡してくる。受け取りはするけど、やっぱり書ける自信はない。いくら想像任せとは言え、色々書くことは書くんでしょう。
「ではこの辺りに属性を書いてください。そうですね、初めてですし、簡単なものにしましょう。灯火にしましょうか」
なんてことはないように言う先生に思わず首を傾げた。そんな私を見て先生も首を傾げ、どうしました、と聞いてくる。
「先生、生活魔術は呪文魔術なのでは? 魔法陣でも使えるんですか?」
私の質問に先生は目を丸くすると、ああ、と頷いた。
「灯火と言っても、生活魔術の灯火ではありません。基本的に魔術はどれも互換性がありますが、生活魔術、と呼ばれるものは呪文の生活魔術のみです。生活魔術は他のものと違い、できることが限られています。ですが呪文魔術でも生活魔術ではない灯火もあるんですよ。先ほど説明に上げた炎の例のようなものですね。灯火をまねるというべきでしょうか。他の魔術でもできる、というだけのことなのです」
なんとなく、わかったような、わからなかったような。
内心で首を傾げつつ、紙に描いたまるを見る。改めてここに、と示された場所に火と書くも、まだ練習を始めたばかりの字はよれよれだった。バランスも悪い。それを見て先生は怒るでも、顔を顰めるでもなく、なぜか嬉しそうに笑って頭を撫でてきた。まだ撫でられるのには慣れないけど、褒められているようで嬉しい。
読んでいただきありがとうございます。




