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結局あのまま解散となってしまった。
ロキシーさんは氷を消したかと思ったらいなくなっていて、トアレ様も帰って行った。ファデル様の傷はエーデリア様の治癒魔術で治ったのでよしということになって、魔物の問題も、なんとまさかの、恐らく私の魔力量の影響だろうということで解決したらしい。魔力量が多いと、魔物が食べにくるそうだ。
酷く申し訳ない気持ちと、あんな偉そうなことを言ったのに私が原因という恥ずかしさもあって、しばらく顔をあげられなかった。先生は優しく諭してくれたけど、私が原因で騎士団の方々が怪我をしたのだと思うと、悲しいのか情けないのか、ともかく胸のあたりがもやもやしてしかたなかった。
先生が小さいころもそういうことがあったそうだ。魔力が多い子なら誰でも経験することで、恨まれることでも、悪いことでもないんだって。だけどどうしても私はそうは思えない。私も他の人だったら不可抗力だから仕方ない、と声をかけることができただろう。心から。だけど、私がいるからこの領に強い魔物が沢山集まっていたのだと聞いて、しかも騎士団に被害が出て、それでも笑ってはいられなかった。領民の人たちに申し訳なくて、もう街になんて降りられないとさえ思った。
対策は取れるらしく、魔力が多い子供は魔力が外から感知できない魔術を掛けてもらうらしい。大きくなると、と言っても十五歳ぐらいだそうだけど、それくらいになると魔物も狙わなくなるとか。子供が好きなんだって。怖い話だ。とにかく、感知を阻害する魔術は先生にかけてもらったから、魔物の問題はもう解決したと思っていいとのこと。なんだか皆の時間を無駄にさせてしまっただけのような気がして、やっぱり申し訳なくて仕方なかった。
ぼんやりと誕生日プレゼント、らしい紙を見つめる。紙といっても今は透明で、数字だけが浮かんでいるように見えるんだけど。
今浮かんでいる数字は九千百四十二。何度か一人で試してみたところ、七つのきまった数字がランダムで出てくるようだった。食堂にいたときに試した三つと、さらに四つ。明日先生に報告しないと。
段々と落ちてきた瞼に今日も疲れたと自覚しながら、意識を手放した。
「はー」
起きたら私の部屋にいた。いや、私は私だけど、シアじゃなくて梨夏の部屋のベッドだ。何回か前、うちに辿りついてからはなぜかこのベッドで起きる。嫌ではないけど、まだ慣れなかった。体も小さいままだ。
「起きたか。今日は大変だったようだな」
起き上がるとドアに寄りかかりこちらを見るアストラを見つけて、それにも今更ながら不思議に思った。どうしてアストラはいつもこっちに来た時傍にいるんだろう。
「ねえ、いつも思ってたんだけど、どうして知ってるの?」
聞くも、首を傾げられてしまった。わからないのかな。
「ねえねえ、何であの紙透明になっちゃったのかな」
「それなら検討はつく」
えっ、と驚くと、アストラは目を細め私を見た。
「その前に、少し話そう」
「なに?」
ベッドから降りるとアストラは部屋を出て、私もその後についていく。慣れた様子で家の中を歩くアストラに不思議な気持ちになりながらリビングまで行くと、キッチンに向かった。
「何か聞きたいことはないか」
冷蔵庫から麦茶を出したアストラにコップを用意していると聞かれ、首を傾げる。
そうだなあ、いくつか聞きたいことはあったけど、改めて聞かれるとわざわざ聞く必要もなさそうなことばかりだ。
「ああ、そうだ。きみは私がここに来るときいつもそばにいるけど、わかるの?」
麦茶の注がれたコップをもってリビングに向かう。アストラは普通にソファに座って、今の私よりも少し小さい姿に違和感を覚える。
「私はどうしてその姿にしたんだろう」
今さらだけど、しきりに首を傾げ見つめていると、アストラは一つ頷いた。
「君が来る、というのはなんとなくわかる。だからその時はいるようにしている。特に意味はないが。この姿に関しては、私の知る所ではない」
それは、そうか。私が勝手にその姿にしてるんだもんね。
うんうんと頷いていると、他には? と聞いてくる。なんだか先生と話してるみたいだ。
「ねえ、きみはずっとここにいるの?」
「ずっとここにはいる。もちろん。だがここは変わっていくはずだった。ひとりの世界で固定されることは、以前ならなかったことだ。私はここにいつまでいるのかもわからない」
「迷惑って言われた気がする。きみは私にいてほしくないの?」
「私も楽しい。その質問には否だ。この姿も、この世界も、存外悪いものではないよ」
その言葉に思わずきょとんとしてしまう。笑うと、不思議そうに首を傾げられた。
「ならよかった、と思って」
「そうか。ほかに聞きたいことはないのか」
じっと見つめられたまま聞かれ、そうだなーと首を傾げる。
「最初の質問以外、今は特に聞きたいことはないかな」
「うん」と頷くと、アストラはまた「そうか」と頷いた。
「簡単に言えば、属性の違いだろう。君の魔玉は特殊だ。それは君に二度目の生を与えたものが付加したものなのか、それともたまたまそうなったのか、二度目の生であるからこそ特殊になったのか、それは分からないが、君は属性ごとに魔力を持っている」
「どういうこと?」
「君は、赤い魔力も青い魔力も、黄色い魔力も緑の魔力も茶色の魔力も、さらに言えば白と黒の魔力も持っている、ということだよ」
ぽかんと目を丸くしてしまった。一体どういうことなのかてんで分からない。
「七つあっただろう。魔術属性も七つだ。どれがどれなのかは知らないが」
「えっ、じゃあ透明になったのはなに?」
「あの紙が、どの魔力を調べていいのかわからなかったんじゃないか」
「そんな適当な!」
思わず叫べば「知らん」と返された。アストラって意外に知らないこと多いよね。
「あれ? 先生に聞いたのは五つだったけど、白と黒ってそう言えば何?」
「光と闇だな。典型的ではある」
「典型的なの?」
思わず首を傾げると、アストラは頷いてから「さて、」と切り出した。
「君に話すべきだろうことができた」
「どうしたの?」
「どうやらここには、もう誰も来ないらしい」
手を組み何やら真剣な様子で宙を見ながら言われた言葉に、どう言うことだろうと首をかしげた。意味がよく分からない。
私が理解できていないことがアストラにはよくわかったんだろう、一つ小さく息を吐いて首を傾げた。言葉を探しているようで、しきりに顎をさすっている。
少しの間そうしていたかと思うと、ふい、と視線をこちらに向けた。
「わかりやすく言えば解雇だ」
「解雇、って……え、誰が、誰に? 何を?」
突然の言葉に目を丸くすれば、アストラも何故か首を傾げた。
「私が、誰かに、何かをだ。そうだな、もしかしたら君たちの言うところの神にかもしれない」
返ってきた言葉に、さらに訳が分からなくなってしまった。
「元々、私自身私がなんのために存在して、さらにここにいて、何をするべきなのかを知らない。誰が私を造りここに置いたのかもだ。私が私として目覚めたとき、私は独りだった。わかるのは不可解なことに頭のなかにあった私の名。その一つの名だけが私の知る唯一だった」
それしか知らずに、この空間に一人置かれていたんだ。
考えるだけで怖いと思ってしまうのは私が弱いからだろうか。自分がなにかもわからない。ここがどこなのかもわからない。自分名前以外を、何一つ知らない。
「私に今入っている知識はどれも、この世界に来た者たちに与えられたものだ。話すことも、聞くことも、人と言う生き物がどういう形をしているのかも、私はそうして徐々に徐々に知っていった。人によって見える姿が違うのだということも、人が来るたびにこの世界が変わるのだということも。まあ、私にとっては最初からそうだったのだから、変わったとはと感じないのだが。この世界はそういう世界で、この世界はこの世界だ。だが、私どころかこの世界がなんのために存在しているのかも、私は知らない。私は常になにも考えず在った。生きているといっていいのかはわからない。私が生きているのかは誰にもわからない。だから私には今のところ死が分からない。だがここに来るものたちはここを死後の世界だと言った。死んだはずなのだから、そうなのだろうと」
そうか、そもそも、わからないってことも知らなかったんだろう。まっさらなまま生まれて、まっさらなまま何もない所に置かれて。感情すらもきっとなかったんだろう。知らないことを知らないのは当然だ。知っているから、知っているということを知る。知ってから、知らなかったのだと知る。
「そうして私はただここに在った。誰がこようと、何が変わろうと、私は在っただけだ。そうしてどれほどの時が過ぎたのかすらも知らないまま、君がやってきた」
突然のことに瞬きをすると、アストラはじっと私を見つめる。
「なぜかは知らない。誰がそう決めたのかも知らない。だが君はどうしてか特別なようだった」
「特別?」
「そう、特別だ。君がやってきたのはついその前まで考えることをせずただそう在った私が、考え始めたころだった。君は最初の一日以降、五年。その年月ここで只管眠りつづけていた。他の者たちと違い、君の世界は一瞬で形成されることはなかった。あの病室の外、一歩出れば落ちてしまう暗闇しかない。窓から外を見れば確かに外があるのに、そこにはいけない。不思議だったよ。初めての事だった」
あの時、あっさり話すものだからてっきり、アストラにとってあれは普通のことなんだと思っていた。違ったのか。
「そもそも、眠ったのに居続けていること自体、初めてのことだった。暫くいた者自体はいたよ。少なからず。だが、彼らも、一度眠れば消えて行った。二度と戻ることもなかった。そうして彼らが消えた後、すぐに世界は書き換えられ、新しい者が来る。今まではそうしてただ来て、行くだけだった。眠った後もここに留まるなんてことは一度もなかった。世界は一瞬のうちに構成され、一瞬のうちに改変されていく」
一度口を閉じたかと思うと、深く深く溜息をついた。
「はずだったのに」
「あ、そっか」
「そう、君は眠ったにも関わらず、消えなかった。あろうことか居続けた。次の者も来なかった」
「じゃあきみは、本当に五年間あの病室に閉じ込められてたんだ」
うわあ、と思わず顔を顰めると、アストラは顔を背け頬杖をついた。
「退屈、という感情を初めて理解したものだ」
「それまで目まぐるしかったんだね」
「それが普通だったから、そういう感覚もなかったがな」
ん? それはそうか、となんだか少し難しくて首を傾げた。
「ある日、君が消えた。五年たった日だ。次が来るのか、と思ったよ。だがおかしなことに、その世界は変わらなかった。まだ君がいるんだと悟った。またそこで退屈に過ごすだけだ。だがさらに不思議なことに、目を瞑ると君が見えた。おかしいだろう。君のいる世界が見えるんだ」
「今も見えるの?」
「いいや、君が向こうにいる時しか見えない」
「へえ……不思議だね」
「あぁ、とても」
お互い麦茶を飲んで一呼吸。アストラは私をじっと見ていて、少し居心地が悪かった。
「そうしてしばらくしたら、また君が来た。きっとまた来るんだろうと思った。実際君は何度もここに来る。何度も何度も、何度も。そうして考えた。もうずっと、ここには君以外誰も来ないのではないだろうかと」
これがさっきの話かとやっと気づいた。
「ということは私のせいだよね」
申し訳なくなって縮こまり聞けば、アストラは少し考える風にしてすぐ首を振った。
「どうして?」
「君の起こしたことなのか、それともそう決めたものが起こしたのかが分からない以上、私にはなにもわからない。何より、この世界がなんのためにあり、何のために迎え入れていたのかもわからないんだ。それが終わるのが悪いことなのか、良いことなのかもわからない」
ああそういうことか、と思うけど、でも私が来てそうなったのなら、私が原因だと考えるのが普通だと思う。アストラはやっぱり不思議だ。
「さて、そろそろ起きたらどうだ。特にやることもないだろうし、試したいこともある」
「試したいこと?」
「何かは教えんよ。さあ起きろ」
「横暴だあ」
「いいから、おやすみ」
なんだかまだ少し違和感の残る頭で朝を迎えた。寝不足だろうか。
日が昇るのが見えて、それに目を細める。まだそんなに早いんだ。あ、ということは、まだエーデリア様も来ていないかもしれない。どうしよう、寝た振りしておいた方がいいかな。それとも起きて待ってるとか? お祈りし返したら、喜んでくれるだろうか。
上半身だけ起こして窓の外を見つめる。薄紫だった空に向こうのほうから徐々にオレンジが広がるのを見て、こういう光景は変わらないんだな、とほんの僅かに寂しさを覚えた。
よくわからない感情に首を傾げていると、コンコン、とドアがノックされる。そのまま向こうからの声掛けもなく、私も声を返さずにいると、音を立てないよう気を使っているのか静かに、ゆっくりとドアが開いていった。こちらを見ておらず、ドアの向こうに障害物がないか見ているのだろうエーデリア様の金の髪が垂れ下がっていて、表情は見えなかった。もうすでに寝間着から着替えているようで、水色、というより、淡い青のワンピースの裾が床ギリギリのところで揺れていた。
ドアを開け切るとまたゆっくりと動いて、衣擦れの音さえあまり聞こえない。相当気を使ってくださっているんだろう。ここで声をかけたら驚かせてしまいそうで、まだこちらに気付いていないうちに寝た振りをしようかとも考えてしまう。
そうこうしている間にエーデリア様は顔をあげて、私を見ると目を丸くした。そこまで驚かせはしなかったようで、困ったように微笑まれてしまった。やっぱり寝た振りの方がよかったかな。
「おはよう、シア。起きていたのね。言ってくれればよかったのに、意地悪ね」
「おはようございます。声をかけたら驚かせてしまいそうだったので」
少し頬を膨らませて近づいてくるとベッドに腰掛け、こちらに手を伸ばしてくる。それに怯えることもなく見つめていると、何故か嬉しそうにはにかんだ。首を傾げると、頬を撫で、「おはよう」ともう一度微笑む。
「勝手に部屋に入ってしまってごめんなさい」
「いいえ何も言わなかった私が悪いんです」
苦笑して手を離し謝ってくるエーデリア様に、慌てて首を横に振る。エーデリア様は目を丸くするとまた苦笑して、それに受け答えを間違えたかな、と少し後悔した。
「時間もあるし、少しお話しましょうか」
優しく微笑むとそう言われて、それにはいと頷く。綺麗な青みがかった緑の眼が細められて、頭を撫でられた。
「そうね、なんのお話をしようかしら」
話題を探しているのか視線を宙に浮かべると黙り込む。そんな様子を見て、昔の話を聞きたいな、とちょっと思った。若いころのお話とか。私と同じくらい、の頃はさすがに覚えてないかな。五歳だもんなあ。
黙って待っていると、エーデリア様が「そうだわ」と、花開くようにふわりと微笑んだ。
「私とお父様の結婚についてはリリシアから聞いているのでしょう? なら、プロポーズされた時の話をしましょうか」
ふふふ、とどこか恥ずかしそうに少女のように笑むエーデリア様に、私も笑って頷いた。プロポーズだなんて、なんだか素敵だ。政略結婚だと言っていたから、そういう初期のラブラブはないのかと思っていた。
「あの人ったら、初めて会った時はもう緊張しすぎて動きがぎこちなくて、挨拶だけなのに汗だくになって帰って行ったのよ。第一印象は変な人だったわ」
悪戯に笑むと思いだしているのか口元が綻んで、幸せそうに目が細まる。不満げに言ってはいるが大切な思い出なのだろう。あんなにも思っている人と、初めて会った時のことだ。
好きな人ができるっていうのは、どういう感情なんだろう。初恋もしないまま今に到ってしまった私には未知の領域だ。でもこれだけ幸せそうなのだから、きっととてもいいものなんだろう。
「二回目にあった時は突然出かけしましょう、なんて言いだしてね、街を二人で歩いたの。とても楽しかった。あんな風に、普通の女の子みたいに扱われることも、異性と二人きりでお出かけすることも初めてで、気恥ずかしくて、嬉しくて」
照れるように手を組み身を捩じらせる姿に私さえも思わず可愛らしいと思ってしまって、恋する女性というのはこういうものなのか、と驚いてしまう。どんな男性でもころっと夢中になってしまいそうだ。というか今、意外な言葉が聞こえた気がする。
「そんなにお綺麗なのに、初めてだったんですか?」
思わずまじまじとお顔を見つめながら言えば、きょとんとして、はにかむ。やだわ、なんて言って頬に手を当て目を逸らした。
「私、若いころはちょっとやんちゃだったから、周囲の人から遠巻きにされていたの。若気の至りというものね。学生の頃は本当に酷かったわ。自分はすごいから、強いから、偉いからって、人を見下してばかりいた。恥ずかしいわね、本当に。でもそれに気づいたのは、卒業した後だった。もう遅かったのね。人間関係なんて人に言えないほど悲しいものになっていたわ。……友達、一人もいなかったの。内緒よ?」
困ったように笑って言いながら、茶化すように笑って口元に人差し指を添えた。この可愛らしくて綺麗で、優しいエーデリア様がそんな人だったとは到底思えなかった。一体何があったんだろう。知りたい、と少しうずうずしてしまう。だけどあまり話したい話ではないのだろう、目を逸らして苦笑していたエーデリア様は「その話は置いておきましょう」、と笑った。
読んでくださりありがとうございます。




